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夢巡り、天の川号と共に  作者: 笹原 蛍雪
第一章
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第四話 決断

視線は下へと向けられる。その背は今にも地面へとへばりつきそうなほど、低く曲がっていた。


「つまりそれはどういう?」


その事にミルが言及しても、彼はただ口を紡ぐだけ。


ただここまででミルは、彼自身でここが自分のいる世界とは違う……夢であるということを、自分のような人間に会わずに理解していたという証拠だと察した。

ふと、彼の椅子の背にある棚にある写真がミルの視界に映った。


「モノクロの写真。キミの若いころの、かな?それは」

「ああ…そうだね」

「つまりそれが」


ミルは一瞬、何かを言いかけたが、すぐ口を閉じて再び思案し始めた。

そうしてまた、三人の間に静寂が流れる。パキパキと薪の燃える微かな火の音だけが鋭く響く。

そんな静寂に耐えられなくなったのか、リンがふと声を掛けた。


「ヴェナーディさんって狩人、なんですよね」

「うん、そうだね」

「どうやって、生活してるんですか?」

「それはもちろん魔物を狩ってそいつらから得た色んな素材を売って……」

「魔物の素材を…どなたに?」

「それは呪術師や占星術師さ。彼らが使う妖術や占術にはそういうのがいるからね」

「ええッと、なんとか術というのは……?」

「ああ、妖術や占術ってのはいわゆる国の未来を視たりすることさ。国が絶対とする正教の一派から派生した占いでね」


彼の口から幾つもの、知らない単語が連発される。リンは、ただ気になって聞いたのが、何倍にもなって答えが返ってくる気分になった。ミルと列車の中で話したあの時と同じ気分に。

ちょっとは自分の世界に繋がる何かがあると思って聞いたが、聞けば聞くほどリンの頭の中は混乱していった。


「ええっと…」

「まあ、国からしたら彼らの言うことは絶対らしいんだけど」


それでも彼は、淡々と喋り立てる。事実のように、一切の感情も入れずに。


「僕は根っから彼らを信用してはいないさ。無差別な魔物狩りを提案した彼らだからね」


淡々と語っている割には、話は長い。それだけ、何か思うところがあるのだろうか。

ミルとリンはその背中をただじっと眺めていた。


「もちろん、仕方なく、仕方なく請け負ってるよ。けどまあ、それも今はできなくなって……」


ハッとして彼は顔を上げる。少し喋り過ぎたことに気付いたのか、彼は申し訳なさそうに右手を後頭部へと回した。


「いや、ごめん。今言ったことは忘れくれると助かるよ」

「え?は、はい」


最初から置いてかれていたリンの、間抜けで遅れた相槌を待っていたかのように、壁にもたれかかっていたミルが彼女に外に出るように目で合図をした。


「すいません、少し外に出てきます」

「構わないよ」


男はそれを了解したが、それとは別に少し、自分の頭の中を整理したいという顔をしていた。その証拠に、男はまた地面を見つめ始めていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「彼のこと、何か分かったかな」


外に出てすぐに、ミルはリンに声を掛けた。ミルもまた淡々と話す癖があるが、どこか優しさが垣間見える言葉遣いは、リンを少しだけ安心させる。

そしてその言葉には、すでに何かを掴んでいるかのような自信が垣間見えていた。


「ううん、狩人がどうやって生活してるのかも知らなかったです」


小屋の方を後ろ目でまじまじと見る。視界には、うっすらと明かりを漏らす小窓と、悩む彼の顔。


「でも、喋っている時、何処か寂しい顔だった…」

「そうだね」


二人は、彼との会話を一つ一つ思い出していた。

特にミルは、彼の言っていた「国」が気になっていた。ゆっくりとその丘から見える景色を見渡す。少し遠くに、扇状に広がった明かりの数々が見える。

きっとアレが、彼の言っていた国なのだろうとミルは静かに見つめた。


「あそこで何があったのか。ボクは、仕事上どうしても、分かってしまうんだ」


「仕事上?」

「ボクの仕事は誰かを諭すとか、そんな優しい物じゃない。抜けられなくなった夢を昇華させる。これがボクのやるべき事」


それがどういう意味なのか。リンはまだその時は理解していなかった。けれど、ミルがやろうとしていることが何かということだけは、リンにも伝わっていた。


「だからね、ボクは彼の過去も、思っていることも覗くことができる。もちろんその上でどう昇華させるのが最適か見定めるんだ」


たしかに、リンに記憶がないことを、ミルは一瞬で判断していた。

そう考えると、本当にこれはただの仕事としてこなしているだろうか。そんなにさっぱりと夢を終わらせていいのか。リンは少しだけ不思議に思った。

けれどそんな不思議を紐解く間もなく、ミルはリンに告げた。


「…ここまで来て、そして彼とも会ったということは、君もそれなりには彼と関わらなきゃいけない。夢から醒めさせる仕事人として」

「…?」

「キミはどうしたいかな。過去を、思いを。彼のそれらを君は聞きたい?」


ミルは問い掛けた。

そもそも仕事人ですらないリンに、仕事をさせるという事は、とてもリスクの高い事なのだ。彼の夢にあまりに干渉してしまい、良からぬ方向に進めば、あるいは早まらせるなんて事をさせてしまえば。良い結果で彼を夢から覚めさせる事はできない。


「なんて。そんなに重く考えなくていいんだよ、ボクがいるから」

「でもそれを知ってしまったら私は…」

「キミにも責任はまとわりついてしまう。でも、君は知りたがっている。どうかな」

「何で知りたがっているって」

「分かるんだ、リン。記憶の無いキミが、でも一歩ずつ進もうとしているのが」


ゆっくりと向けられた視線に、不可解な奥行きを感じるリン。まるで世界と自分の、車掌と自分の、そんな心の距離感を感じているかのように。

息が途切れるように、鼓動は強くなる。

それは彼女が想像していた悪いイメージのせいだった。


もしそれを聞いて、そのせいで彼によくない形で干渉してしまったら。

例えば、夢で自害するものなら、もう起きる事はないだろう。


だとしても、そこにヒントがあるのかもしれない。


リンはゆっくりと口を開いた。

リンの……彼女の下した答えは。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

二人は煉瓦造りの小屋に戻った。戻りながら、さっきのミルの言葉を思い返していた。

ただゆっくりと、聞かされた真実とミルが感じた彼の思いを照らし合わせる。その感覚はまるで自分の頭の中で、パズルでも紐解いていくかの様だ。

そして小屋の中に居た彼が二人に声を掛ける頃には、その推理ゲームは心理戦へと移り変わっていた。


ミルの言った言葉。


「夢から醒めさせる仕事人として」


この意味はきっと重く大きい。いやむしろ右も左も分からないリンにとっても、本当に重い。あるいは、その質量こそ彼女が聞かされた彼の過去によるものだった。


「僕のことでも話してきたのかい?」


「は、はい」


リンは不思議な緊張と葛藤を感じていた。

緊張は、下手に出れば彼が良からぬことをするきっかけになりかねない、というミルからの念押しからなるもの。そして葛藤は、リンがミルから聞いた彼の真実が本当なのかを問いただすべきか否かという板挟みの感情。

勿論ミルの言う通りそうするべきじゃない。きっと彼自身も過去を自分なりに飲み込んでいるのだろうし、これ以上の問答は意味のないものになるだろう。

リンはそれを分かっていたし、恐らくミルもそれを分かっている。けれど、本当に彼の今の思いがそうなのか、そこに疑問を感じていた。


「ええとリン、だっけ?」

「っ!?はい!!」


急に声を掛けられてリンは取り乱すように相槌を返した。


「僕のこと、実は知ってる?」

「少し、だけ……」


彼の発言が、リンの心の中を見透かしている様な気もして、リンは茶を濁すように返した。


「そっか。まあ別に、自由に詮索してくれても構わないけどね」

「それは『したところで』ということかい?」


ミルはまたさっきと同じ位置で彼を問い詰めた。ただその表情は、先ほどよりもまだ柔らかい。


「そのつもり。優柔不断な故にいつも何かを失う僕だからね」

「だから、夢から醒めても意味なんてない」


ミルの言葉に、ヴェナーディは一瞬呆気にとられた。それもそのはず、その言葉は


「まさか、本当に僕の心を読み取っているようだ」

「その、まさか。ボクだって、ただの探偵職じゃないんだ」


ミルは腕を組みながら、彼を見ていた。見ながら、彼をどうするべきなのか。そして、どうすればその最適解へと、彼自身の行動を誘導できるのかを考えていた。


「……あの、ヴェナーディさん」


リンが口を開く。


「私も聞きました、あなたのこと。でも、分かんないことがあって」

「何だい?」

「あなたは、ちゃんとすべきことをしようとした。そして、私にはそれが良いことだと思えるんです」


月明かりは、もう小窓から差し込まない。ちょうど真上か、あるいは別の方角に行ってしまった。その場を灯すのは、揺れながらも確かなランプの灯火だけ。


「そして、あなたは目を覚ましても良い状況にある。ならなぜ、目を覚まさないんですか?」

「覚ましちゃ、いけないんだ」


彼は答えた。勿論、そう答えることもミルたちには分かっている。


「一応、尋ねます。それは、何故ですか?」


「……僕自身が、あの子を助けたい一つの理由さ」


彼は、席に座った。そしてゆっくりと息を吐く。そうしながら、横目でミルの方を見た。相変わらず車掌は、落ち着いた表情をしている。それは彼に、思っていることを嘘で誤魔化せないことを悟らせた。


「……分かった。話すよ、バレてるなら隠しても意味がない。それでまあ……正直、僕自身はこの仕事が好きじゃないんだ。魔物の全部が全部、悪い奴ってわけじゃない。いやむしろ、害を与えてるのはまっぴら人間側なのさ」


彼は内に秘めていた思いを全て曝け出した。



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