第三話 目的地まで
いつもの運転席。車掌は慣れた手つきで、列車内の装置とメーターを確認し始める。そしてそれが終わり次第、ミルは決まってこの台詞を彼にぶつけるのだ。
「やあ、調子はどうかな?」
その一言で、いつもの掛け合いが始まる。
「ん?良好だよ、結構」
「それなら良かった」
「ミルちゃんお得意のメンテナンスのお陰さ」
「はいはい」
掛け合いは終わり。ミルは一通りの作業を終え、窓からの景色をふと見た。まだ周囲の景色は変わっていない。正面の方を向き直すと、再び彼に喋り掛けた。
「次の夢まで、後どれくらいかな?」
「そんなには掛からないと思うね。けど」
「けど?」
腑に落ちないことがあるのだろうか。彼は言葉を詰まらせた。
「…境界線をまだ通過していないんだ」
「まだ彼女の夢の中、ってとこかな?」
「そう。ま、方角は間違ってないから、このまま進めばこの夢域は出るんじゃないかな」
夢域、それはミルの所属する組織が冠した、夢の区域の通称。
ただこれは誰かの夢に対してではなく、あくまで今まで救ってきた夢から映し出される特徴を元に、統計的に割り出した地図のようなもの。
彼女はおもむろに、左手首に巻いていた方位磁針の様な形状の機械を取り出す。そこには、確かに向かっている向きと同じ方向を指す針があった。
「…とりあえず天ちゃんにはそのまま進んで貰おうかな。確か次の夢域は、F2だったはず」
「OK。ついでに少しだけ、スピード上げるよ!」
大きな汽笛の音が響き渡った。それと同時に、段々と列車の揺れる音色が姿を変えていく。それは加速していることの何よりの証だ。
ミルは椅子に深く腰掛けると帽子を脱ぎ、上を向いてゆっくりと目を瞑った。
「そういえばあの女の子」
「ん?」
ミルは片目を少し開いた。
「あの子はどうするつもりなんだい?」
どうするつもり、とは多分リンについてだろう。ミルはそう思って答えを返した。
「彼女の記憶が全て戻してから考えるよ。これについては想定外だし」
「いやいや、そうじゃなくってね」
「え?」
ミルは思わず両目を開く。視線をそのままにして。
「あそこに置いていくことだって、それこそできたじゃない?」
「……そうだね」
「何か、彼女に惹かれるものでもあるのかい?」
彼の質問に、ミルは表情を変えた。暗く、そして重く……心の奥底に眠っていた過去と対面するかの様に。
「天ちゃん、そういうんじゃないよ」
「そっか。いやね、大枠は知ってるさ。ただ何を目的にそうしてるかは知らない。少なくとも、僕はね?」
ミルをよく知っているからなのか、相棒は鋭くミルを突く。
「夢から連れ出した理由、ね」
演技風に前かがみになると、右肘をつく。口元に手を当て、車掌は余所の何もない場所を見つめた。
列車は音を立てながら、夢の中を進んでいる。そんな夢の先には、もちろん惹かれるような夢や人々がいるのも事実だ。そして、組織の中にはそれ自体を目当てにしている人や部署も、事実。
夢を醒ますことが仕事の基本ではあるが、もし無事に醒ますことができない場合は夢に落ちている人間を連れ出すことが許されている。ただ、彼ら夢に落ちた人々をその後どうするかは決められていない。法律のような分かりやすいルールなど、何もないのだ。
極端な話、当人がどう思うかはつゆ知らず、自由に扱うことができる。
友人のようにも、奴隷のようにも、研究材料のようにも扱える。
「何も君を疑ってるわけじゃない。けど、自由に連れ出して、彼女に何ができるんだい?」
「何もだろう、けどね」
ただ、夢に落ちる人たちの中でも組織に有益な人たちは居る。
同じように夢を研究するもの、自ら夢に関するエネルギーを生み出すもの。そういう人たちは率先して、連れていかれるという。
「ボクからすれば、有益も無益も変わらず、奴隷紛いなことはするべきじゃないよ」
「僕たちは夢をちゃんと醒まそうとしている方だろ?だからこそ、僕は彼女を連れ出したわけを知りたいのさ」
「ふぅん…」
「何も君を疑っているわけじゃないんだ!ただ、この間も奴隷商売が問題になっていただろう?」
「そうだね。ボクも今回保護を建前にしているけど、理由が違う以上やっていることは近いのかもしれない」
「けど、君の本音は違う。キミがそういう人じゃないことは知っているさ」
「…ははっ。どう、なんだろうね」
ミルはリンとの出会いを思い浮かべた。
記憶を失ってこそいるけれど、確かにそれはミルが求めた少女だったことを。自分ばっかり(特に顔)に反応しているけれど、彼女にも同じように魅力があり、その魅力はリンに求めていた懐古の思いだったことを。
「相棒に隠し事はよくないだろう?彼女を夢から連れ出した目的を教えて欲しいんだ」
「…単なる気まぐれだよ」
何でもなかったかの様な作り笑いをして車掌は言葉を返した。そんなミルの内心をこれ以上掘り起こすつもりも彼には無かったのか、この話はここで打ち切られた。
けれど、おしゃべりな彼の口は止まらない。
彼がまた、口を開いた。
「ってことはまあ、この天の川号の中で、君は彼女と同棲するってことかい?」
「うん。えっと、何かマズかったかな?」
「そりゃあマズイよ?」
「え?」
「僕からもさ、一言くらい紹介させて欲しいんだよ!」
彼は語気強く答えた。まるで呼応するかのように、汽笛も強く鳴り響く。
「そ、それは」
ミルの目が泳いだ。
「何か困ることでもあるのかい!!」
追及する様に、彼はミルを問い詰めた。「困るほどのことじゃ無いけど」と付け加えて、ミルは口を開いた。
「君の言葉はさ、ボクには聞こえるけどリンに聞こえるのかな」
「あっ」
彼は列車である。そんな彼の思っていることは、夢の住人であるミルにならばこうして言葉として伝わる。夢に住む人だからこそのことであるのだ。
しかし、リンはどうだろうか?
「…諦めます」
少しショボくれた態度で天の川号はそう言った。
「まあまあ、そんながっかりしないで」
ミルがそう彼を慰めていた時。車窓から見える景色は一変、何も無い真っ白な景色に包まれた。
「おっ、境界線。あの夢域を通過したね」
「そうだね」
ミルは崩していた姿勢を戻した。
「もうちょっとで、次の目的地かな」
再び景色が入れ替わる。そこに広がっていたのは、どこまでも続く広い草原と森丘。少し遠くの方には……城下町だろうか?古臭い色をした大小の建物があった。奥には城がそびえ立つのも見える。
「F第二区域とはよくいうよねぇ?Fantasyから取ってるなんてさ」
「そうだね」
「夢域の大まかな区域図が出た途端、みんなF夢域に来たそうじゃないか!全く」
「みんな好きなんだよ。そういう夢」
そう、ここが次の夢。
天の川号は、そんなFを関する夢域の上空を走っていた。
一方の二号車。
彼女の座る机にも、うっすらとその明暗の変化は表面に映し出されていた。
夢域を通過してすぐ、リンは窓にへばりつくように駆け寄っては、外の景色に心を躍らせていた。
「うわぁ、トカゲに翼生えてるのが飛んでる…!」
リンは窓から見えるその景色に息を呑んだ。
突き抜ける雲と一面の青空。その先に一望できる世界は、それこそファンタジーという表現が相応しい、そんな姿の世界だった。
「あっちのは……空飛ぶ木船?」
記憶のない彼女だが、やはり染み付いた常識……的な感覚というものはある。センサーがビリビリと震えているのだ。こいつは知らない、見たこともない、と。
だから今のリンには、ある感情が芽生えていた。一種の冒険心という奴だろうか?リンは目をキラキラと輝かせ、新たな世界を前にその心を高鳴らせていた。
ということで、少し駆け足で投稿しました「夢巡り、天の川号と共に」を書いている笹原蛍雪と申します。
昔書いた作品を完結させるべく、そして何よりリメイク作品として完結して世に生み出すべく、もう一度この子たちの物語を書いています…!
最近流行りのガールズラブを、あのころすでに取り入れてた私天才!!!!とか思いながら書いていましたが、なんかそういうのって書いてる途中ですごく空しくなりますよね。でも、だからこそ今改めて書き直しながら、本当はこうだったんじゃないか、この設定がいいんじゃないか…なんて空想を重ねながら作品を書いております…。
さて、この作品のテイストとして、シリアスだったり…感動ものだったりとハラハラした展開が続いたりする作品だと思います。
ただ定期的(土日の20時)に少しづつ投稿するつもりですから、皆さん気軽に読んでいただけたら嬉しいですmm
それでは引き続き、「夢巡り、天の川号と共に」を皆さんよろしくお願いいたします~~~!!!