第八話 偽物の願い
「感謝してるよ、ミレアさん」
狩人が居た小屋の外壁に寄りかかりながら、ミルは隣の少女に話し掛けた。
赤髪の彼女はゆっくりと首を横に振った。
「それは、私の方です。夢の中の私に会わせるという選択肢、そのきっかけを与えてくれたのはあなたですから」
「いいや、君に会わせようとしたのはボクじゃない。リンだからね。ボクは何もしてないさ」
二人ともが、リンたちの向かった方向を見ていた。
「でも会うことを許してくれた、私なんかに会わせてくれることを」
「……むしろ、彼を留まらせず覚まさせようとしてくれたことに感謝したいよ」
車掌は帽子の位置を直しながら、礼をするかの様に頭を下げた。
「もちろん。私だって彼と一緒にいたいですよ?でも」
「彼の心に後悔を生む、そして本物の自分に顔が立たなくなる。なんて、普通は思わないさ」
「え?」
彼女は意外そうにミルの方を振り向いた。
「夢はあくまで夢。そしてそれは彼の逃げ先、現実逃避の先、そして理想的な桃源郷。もしあの時、君が留まるように語りかければ、彼は一生醒めずに彷徨うだけだったの
かもしれない」
車掌の言葉に、偽物の少女は下を俯き押し黙る。
「ましてや、あなたは彼が作った妄想だ。彼のなりたい様に、あなたもなりたいはず」
そう、彼が願う事は目を覚まさぬ事。ならば寧ろ、彼の理想である偽物の気持ちは本当の思いと異なる。
それでも彼女は、空を見上げながらしっかりと言葉を返した。
「そうかもしれません。でも、私は彼と私の過去を知る私。そしてあなたたちという存在を知る私。だから、敢えてあんなこと言ったのかもしれません」
竜の子は、さっきまで見ていた方向に振り向き直し、自分の言葉を噛みしめる様にゆっくりと頷いた。
「…ふふっ」
「ん?何かおかしい、ですか?」
「いやいや、彼の過去を視た時の本物のミレアさんと違うなと思ってね」
そう言うとミルはいつものように目を閉じ、腕を組み直した。
「そうですか?」
「彼も目を覚ましたら苦労するかもね」
「そんなこと!……ちょっとあるかも」
「かも?っと、そろそろお別れですか」
竜の子の周りに、光の粒が現れる。その体も次第に景色を透過するように薄くなっていった。輪郭も、容姿も、何もかも褪めていく__彼の夢がそうなるにつれて。
「そうみたいですね」
それでも、彼女は満足している風に言った。
「色々とお世話になりました」
「世話したさ。仕事だもの」
その返しに彼女はクスッと笑った。手を振ると、そのまま空に誘われるように消えていった。
「……後は頼んだよ」
偽物の少女がいた場所に向けてボソッと呟く。それは夢を醒ました彼に向けた言葉なのか。はたまた、現実で彼を待つ少女に向けた言葉なのか。
その答えは示さないまま、ミルはリンのいる方向に歩いていった。
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彼を見送ったリンと合流しての帰り道。
深い森を抜けると、見覚えのある列車がお出迎えしていた。それを目指しながら、ふとリンは声を掛ける。
「ちゃんと、ごめんなさいって言えたんですかね?」
「さぁね?」
二人はこの夢の残りの時間を最後まで堪能するように、ゆっくりと歩いていた。
「でも、あの狩人はもう迷わないと思うよ。きっと」
思いを伝えられるなら、とミルは苦笑いで付け足した。
狩人が見せたこの世界もあとちょっとで消えてしまう。何もなくただ真っ白な地平線の裏紙に投影された彼の夢は、もう少しで。
天の川号の側まで来ると、リンはゆっくり周りを見渡した。
まだ完全には消えていないその世界が、淡い色合いを彼女の瞳に映す。
「夢が醒めるまでって、あっけないですね」
「あぁ、そうだね」
「なんかちょっと寂しいような、そんな気がします」
そう言って俯くリンの肩に、ミルはそっと手を置いた。
そしてまた、初めて会うときのような優しい声で。
「一期一会、それがこの仕事だよ。リン」
車掌も同じ空を見上げる。
一方は初めての寂しさを感じながら、その幸せを祈り。
一方はいつも通りの新鮮さを感じながら、自分の言葉に、彼女と会うまでの後悔を覚え。
二人はその世界を後にした。




