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夢巡り、天の川号と共に  作者: 笹原 蛍雪
第一章
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第六話 夢の中の邂逅

「これが、僕がここに来るまでの全てさ」


狩人は深々と、そしてゆっくりと息を吐いた。


「本当に、それが全て、だね?」


ミルは、じっと彼の顔を見る。睨みつけているのかと勘違いするくらいにまっすぐ。


勿論それが全てじゃないことくらい、二人には分かっていた。

そして狩人自身も、二人の表情を見て、それ以上を知っていると分かっていた。

それでも頑なに、彼はそれ以上を喋ろうとしなかった。


「……なぜ、それ以上。この後の事を語ろうとしないのかな?」


ミルの目の中の光は、静かにそこに佇んでいた。ただ一点を見つめて。

少しだけ、邪険な雰囲気が部屋に流れる。


「それとも、口にすることが怖い?自分の決心が揺らぐから」

「僕が?いまさら」

「それじゃだめだ。キミの想い人に気持ちは伝わらない」

「もう、ここぐらいで……」


リンが声を掛けるが、ミルはまだ止めない。

特にミルには、彼と出会った最初から、彼が記憶しているもの全てが視えていた。だからこそ、自分なりのやり方で彼に詰問しようとしていた。


「キミの心は、想いは、その程度じゃない。だからこそ、その後自らの足で」

「ダメですよ!」


そんな応対に耐えかねてか、リンが少し声を荒げて止める。そんな自分にハッとして彼女が車掌の方を見ると、車掌は少し驚いた表情で固まっていた。

視線が交わると、ミルは意識が戻った様に「あぁ、ごめん」と口をつぐんだ。

一方のヴェナーディも同様に、目を見開いてリンの方を見ていた。


「きみは…」

「す、すみません。その、怒鳴っちゃったりして…ミルも 」

「いいや、うん。むしろ、久しぶりに気を掛けてもらったよ。ありがとう」


彼は場を和ませるように表情を緩め、彼女を宥める。ミルもいつもの優しい表情のまま首を横に振った。

そんな二人を見て少し恥ずかしくて下を俯くリン。

それでも少し俯きながら、ぽつりと言葉を落とした。


「でも…もしできるなら、教えて欲しいんです。どうして、目を覚ましたくないのかを…」


その言葉に呼応するかのように、彼は言葉を返した。


「本当は、僕は怖くなっただけなんだ。現実というか、自分の葛藤というか……」


彼は俯き、言い訳のような口ぶりで言葉を吐いた。


「夢から覚めた時、そこから先にある現実に自分が耐えていけるかどうか、怖くなったんだ。男らしくない、弱音だけどさ」


それが自ら夢を醒まそうとしない理由。

彼が話していない部分を知っているからこそ、彼がそうしたい理由が二人にもよくわかった。


「あなたは自分と向き合おうとした。だから彼女と出会ったんですよね…?」

「それも、彼女に伝わらないのであれば、意味はないんだ。それに」


その後、きっとどうなるかは分からない。根拠もない話だが、それでもリンは精一杯考えた上で、諭す様に声を掛けた。


「やっぱり、怖いんだ…その。また、失うことがさ。だけど、夢に閉じこもれば、その結果を知る必要がない」

「でもそれじゃあ…」

「そう。逃げてるだけ。でも、いいじゃないか。もう」

「…だからキミは夢に落ちた。そうだね?」


家族を失って、次は昔の友達まで。それに怯える気持ちが実際にどれほどのものかは分からない。それでもリンもミルもある程度の気持ちを汲み取ることはできる。

でも、だから夢に逃げることは違う。

それは仕事としてではなく、人として。二人とも同じ認識だった、

ミルは初めて、彼との対話の中で姿勢を変えた。


「もし、あの子がどう思っているか聞けたら、答え次第で君は夢から醒めるかい?」

「どうかな。もし夢の中で彼女と会えたなら、だけど」

「だったら、本人に聞いてみるのも一つの手かもね」


ミルはそう言ってヴェナーディに近寄った。そして、その手で彼の目を塞ぐ。


「その上で、キミがどうしたいか。ボク達に教えて欲しい」


車掌が何か合図をすると、そのまま彼は深い眠りに誘われた。それはまるで夢の中で夢を見る様な……そんな不思議な気分を狩人は感じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夢に迷い込んでからというもの、狩人が五感で感じたのは、暗い空間だった。何か冷たいものが渦巻く様な、そんな空間。

ある程度歩き続けると、そこが中央と思わしき場所から仄かな光が溢れていた。

そしてその光を背に、目にしたことのある輪郭を見つける。そう、あの子の影。それは段々彼に近付き、こう言葉を投げた。


「夢の中でも、ちゃんと考えてるんだ?」

「君のことを、か」


彼がそこから目を逸らすと、それを見た彼女はもっと近付いて、ぎゅっと抱き付く。

それは狩人にとって、まるで昔のあの間柄の様な感覚だった。

けれども。


「いいや、君はこんなんじゃない。夢のまた夢の、理想の姿でしかないだろ」


彼女を手で押し退けながら、彼はそれを拒んだ。ただ、その突っ張られた腕を優しく掴んだ竜の子が呟いた言葉は、ヴェナーディを惑わせる。


「でも、理想の私はここにいる。君にとっての一番だと思う私は、ここにいる」


彼女は、狩人の手が自分の体に触れるように動かした。確かに、そこには柔らかくて温かい人肌と、昔から変わらない硬い鱗の翼がある。


「……ね、私でしょ?」

「……ミレア………ミレ、ア…」


狩人の頬を伝って、熱い何かがその顔の輪郭から溢れた。次第にそれは量を増す。

何もかもを思い出すほど、より強く。


「僕は……君に、酷いことをした……」

「それでも、あなたは私を助けに来た。あの後一人で復讐しに行って……結局捕まって、処刑されかけた私を、ね。それに、分かってる。再開した時も本当は、私を止めに来たんだよね」


またぎゅっと、それも今度は二人互いに抱き合った。ちゃんと、想いを込めて____いやそれでもまだ、足りない程に。


「私も最初は、あなただと思わずに殺そうとした」

「それでも君は、僕に気付いた。あの」

「ネックレスがあったから」


重ねるように、彼女は言葉を返した。抱き締めていた右腕を引いて、彼の胸元からそのネックレスを取り出す。


懐かしき日々の思い出。今も鮮明に、思い出すことができる。そんな日々を語ろうと、彼が口を開いた時。

それを見計らっているかのように、ミレアは腕をゆっくりと解いた。


「ううん。ダメだよ、私は現実じゃない」

「いや、でも君は…今、僕にとっての一番って」

「一番だけど、夢のもの。君が思う、私だからね」


そういって彼女は俯いた。。

なぜなら言葉とは裏腹に、本心は違うから。醒めて欲しい気持ちなど無い。彼の夢の中とはいえ、彼女の想いは現実のその子と同じものなのだ。

もっと話したい、一緒に居たい。

けれど夢の中のミレアには、それが彼をここに留まらせる原因になり得ると分かっていた。だから彼女は、彼女自身に素直になってはいけなかった。


「早く本物の私に会ってあげて」


涙を堪えて、夢の中のミレアは自分に言い聞かせるように言った。


「きっと君と昔話をしたい私が、向こうでずっと待ってるから」

「…分かってる、でも」

「今度は一人じゃない、本物の私があなたの側にいる。だからきっと…きっと、怖くないよ」


彼女が堪えたと思っていたそれは、彼女の気付かない内にもう、流れていた。

狩人はただ、それを見てぎゅっと唇を結んだ。そしてただ一言。


「分かった。ありがとう」


最後に彼女の名前を言い残して、その場を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「実はボクがやったことは、リスクのある行為なんだ」


彼が眠ってからしばらくして。ミルはリンにそう話かけた。


「リスク?」


既に外の窓からは、夜明けと思しきオレンジの灯りが、地平線から昇り始めるのが見えていた。


「そう。彼にとって大切な人と会わせるリスク」


それは、どういうことか。

ミルが言うには、夢を見ている人が会いたい人は、夢を見ている人をその場に留まらせたい気持ちを持っているという。それは気持ちが強ければ強いほどそうなるそうだ。だから、夢から覚めない可能性がある。


「でもボクは、そのミレアって子にリスクを賭けてみた」


狩人が横になって寝ている隣で、リンは少し呆然としながらその話を聞いていた。


「夢が醒めるキッカケはね、なんでもいいんだ。ただそれが、本当に夢を醒ましたい理由であった方が良いからね」


ミルはそう言って、腰を下ろしているリンの頭を撫でた。流石に夜明けまでずっと見張っていたからか、リンも少し眠気に限界が来ている。


「眠いかい?」

「うんん、眠くは……ないよ」


目をこすりながら、リンはミルの方を見上げた。もちろん、その言葉に説得力はない。


「でもきっと……それって、優しい……やり方、だよね?」

「ん?」

「わたし、が……どなっちゃった、からで……ありがと、う」


眠気に勝てず、リンの言葉は次第に途切れていく。

ふわぁと欠伸をしながら、体育座りでリンは聞いていた。

そんな様子に思わずミルは


「キツかったら、少しは寝ててもいいんだよ?」

「そう、だね……そう、す…」


最後まで言い切らずに、ミルもその状態のまま寝落ちしてしまった。


「…またボクが先に、起きてるパターンね」


ミルは小さな溜息を吐いて、帽子を取った。


「本当は、マニュアル通りのやり方にするつもりだったけどね。心に揺さぶりかけて、無理矢理起こすっていう」


着ていた上着を脱いで、彼女の肩に被せる。隣に同じように座り、何でもない壁と床の間でも見ながらミルは呟いた。


「だけどね……キミを見てたら、お母さんを思い出してさ。嫌なことは他人にしちゃいけないって。当たり前だけど、すっかり忘れてた、リン」


ミルもふと目を瞑る。別に眠い訳でもないけれど、何となくそうした。

引っ付いた二人の肩が、ゆるりとしたペースで小さく上下する。

東雲色の雲がゆっくりと、白みを帯びる時間。朝日がもうすぐ昇ろうとしていた。

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