銀髪の少女の死闘
「オークの頭は…これで良いかな…。」
女神様から別れてから一ヶ月。この世界でいう所の第六魔王暦31年五月起週炎の日。私は北の都市ノウスギアを訪れていた。その目的はもちろん、この都市で行われる剣術大会だ。
この大会はかなりの規模らしく、この大会ならあの子も参加するんじゃないかと思ったわけだ。女神様からはその子は剣士をしていると聞いたので、そう予想したのだ。
で、剣術大会の受付を済ませた私は、冒険者登録も行い、今はノウスギアの外で依頼をこなしている。
「後は…ゴブリンの角を十個か。これが終わったら、戻ろうかな。」
剣に付いたオークの血を振り払い、鞘に剣を納める。そしてオークの頭を、沢山収納出来るポーチにしまっていく。
全ての頭をポーチに仕舞うと、私はゴブリンを探し始めた。
以前にも言ったが、私は剣術を習っていた。そのため、オークやゴブリンと戦うことが出来た。現在はオーガまでも相手することが出来る。
「グギャッ‼︎」
「ギギャッ‼︎」
少し歩いていたら、ゴブリンの鳴き声が聞こえた。でもよく聞いたら、妙に活発的だ。
私は静かに移動し、ゴブリン達の様子を見る。
「ギャギャッ‼︎」
「うう…。」
何と十匹のゴブリンが、女の子を痛めつけていた。
「だ、誰か…助けて…。」
ゴブリンに踏まれたり、殴られたりしている中、女の子は誰かに助けを求める。
…私が行かなきゃっ‼︎
「やめろ‼︎」
私は剣を引き抜き、女の子の方へ駆けた。女の子やゴブリン達が私に気づき、目を大きく見開く。
「セイッ‼︎」
私はまず、女の子を蹴っているゴブリンの首を斬った。その直後、ゴブリンの首がボトッという音を立てて、落下する。
それを見た周りのゴブリン達が、私を敵と認識したのか、襲いかかってくる。
「お、お姉さんっ⁉︎」
様々な方向からゴブリンの武器が押し寄せる。私はその一つを斬り落とし、その他は身体で受けた。これは避けた時に女の子に当たらないようにするためだ。
「ぐっ…⁉︎」
思ったよりもゴブリンの力は強く、私の口から血が流れる。
「…やあっ‼︎」
私は痛みを堪え、一匹のゴブリンを斬っていく。またしてもゴブリン達が襲いかかってくるので、使っていない片腕を盾として犠牲にする。
「くっ…まだまだ‼︎」
私は更に一匹、二匹のゴブリンを絶命させる。残りは六匹。
「グギャッ‼︎」
動きを止めてしまった瞬間、ゴブリンの棍が私の腹に当たった。激しい痛みで、意識を失いかける。
剣術が得意とはいえ、多数戦はキツい…。もっと修行すべきだった…。
「ハァ…‼︎」
私は棍を持ったゴブリンを斬り、その勢いでもう一匹を狩る。
「お、お姉さん…‼︎」
倒れていた女の子が、私に声をかけてくる。
…くっ、今は反応出来ない…⁉︎そっちに気を配ったら、死んでしまう…‼︎
「お姉さん、あれを…‼︎」
…な、何だ。何があるって言うんだ。
私はゴブリンを斬ろうとした。が、ゴブリンの反応がおかしい。一体、何が…。
ドシッ‼︎ドシッ‼︎
な、何の音だ…?この大きな足音は…?
私が足音がする方を見た瞬間、私は唖然としてしまった。何と、こちらにやってきたのはさっき倒したものよりも、更に大きなオーガだった。
「グオオオオオオオ‼︎」
オーガはこちらを見ると一喝した。大地が揺れ、木々もざわざわと騒ぎ立てる…。
「…‼︎」
私は何か嫌なものを感じ、後ろに退避した。その次の瞬間、オーガの武器が目の前を通過した。
私の周りにいたゴブリン達はオーガの一撃で直ぐに消え去る。その様子を見た女の子は「あっ…」と悲鳴を上げてしまいそうになる。
「グオオオオオオオ‼︎」
オーガがまた武器を振った。私は立ちすくんでいる女の子を抱え、何とか私の肩を掠める程度に被害を抑える。
「…ッ⁉︎」
私の肩から血が滲み出る。そして尋常じゃない痛みが私を襲う。
「お、お姉さん⁉︎」
「…ハァ…あ、貴方は早く逃げて…‼︎さも無いと、あのオーガに殺されるわ…‼︎」
女の子にさっさと逃げるように言うが、女の子は私を心配して動かない。
「グオッ‼︎」
「…‼︎」
私は女の子を抱え、オーガの攻撃を避ける。が、背中に攻撃を受けてしまう。
「いっ…⁉︎」
痛すぎる…⁉︎こんな痛み、前にも感じたことは無い…⁉︎
「お姉さん⁉︎」
「さあ、早く逃げるのよ…‼︎私は…このオーガをどうにかするから…‼︎」
私は地面に落っこちていた自分の剣を拾い、オーガの攻撃に備え、両手で持って構える。
「グオオオオオオオ‼︎」
私が死なないのにキレたのか、オーガが急に暴れ始め、武器をぶんぶん振り回してきた。
私は剣で何とかその迫ってくる武器を弾いていく。弾く度に衝撃が腕に走り、痺れてしまうが、ここで止まったら私の命は無い。
「グオッ‼︎」
オーガが武器を力一杯振り下ろしてくる。私はすぐさまその攻撃を避けるのだが…。
ボトッ‼︎
何と、オーガの攻撃で出来た裂け目の先にあった左腕が、消滅していた。
激痛が走るが、それ以前に絶望が大きかった。
「がああああああああああ⁉︎」
私はあまりの痛さ、絶望感に、女らしさも感じない叫びを発してしまった。
ここまで来るともう、立ち直れないかもしれない…。私はショックのあまり、その場で座り込んでしまう。足が震え始め、吐血をしてしまう。
「グオッ‼︎」
無慈悲なオーガが私を蹴り飛ばす。無抵抗の私は空中を舞い、岩に激突する。
蹴りと衝撃のせいで胸鎧が粉々に割れ、頭から血が流れてくる。もう視界は真っ赤だ…。
「わ、私はまた死ぬの…。」
私はもう生きるのを諦め、目を瞑った…。
「御守さん、君が諦めるなんて….何があったんだい?」
…この声は…確か、あの子の…。
そういえば、私って一度諦めようとしたことがあったっけ…。その時、あの子は私を止めてくれた…。その結果、私はそのことをやりきることが出来たんだよね…。
今もまた、諦めようとしている…。これじゃあ、また彼に言われちゃうし、それ以前に彼に会うことも出来ない…。
彼に会うためなら…彼を助けるためには…‼︎
「…諦めない…‼︎」
私は目を開け、今まさに振り下ろされたオーガの武器を避けようとする…。
今の私では目の前に迫った剣を避けることは出来ない。だけど、諦めればあの世だ。あの世で後悔したくない…‼︎
パリンッ‼︎
私の中の何かが破れた。それを感じた途端、奥の底から力が湧き出てきた。
何かを破った今の私なら、オーガの攻撃を避けれるかもしれない…‼︎
私はオーガの振り下ろし攻撃を避けることに成功した。
「グオッ…⁉︎」
オーガが私が避けたことに驚き、動きを止める。私はその間に息を整える。
…何だろう、オーガの振り下ろし攻撃がさっきよりも遅く見えた。気のせいだろうか…。
「グオオオオオオオ‼︎」
オーガが再度、私に向かって武器を振る。私はその武器目掛けて剣を目一杯振った。
バキッ‼︎
私の剣とオーガの武器がぶつかった瞬間、何とオーガの武器が折れた…。オーガは驚き、一、二歩後ろに下がる。
…気のせいでは無い。今のもオーガの動きが遅く見えた。間違いない、私は新たな力に目覚めたんだ。
私はオーガにトドメを刺そうと、剣を構える。
パキッ‼︎
何かが軋む音がしたので、私は剣を見た。
長い間使っているだけあって、刀身にヒビが入っていた。
…この剣も限界か。ヒビが入っているのを見ると、あと一撃で折れるだろう。私には予備の剣が無い…。この剣には申し訳ないが、最後の一撃に使わせて貰おう…‼︎
「グ、グオオオオオオオ‼︎」
オーガが武器を失ったことに怒ったのか、再度暴れ回る。
…あのオーガを一撃で仕留めるには、心臓を貫かなくてはならない…。しかし、あんなに動かれては狙いも定まらない…。どうすれば…⁉︎
私は周りを見渡す。私の足元にはゴブリンの死体やゴブリン達の武器が転がっている…。
…そうだ、ゴブリンの武器だ‼︎ゴブリンの武器を全力で投げて、それにオーガを注目させれば…‼︎
私はゴブリンの武器を数本拾う。殆どが砥がれていない剣達だが、まだマシだろう…‼︎
「はあっ‼︎」
私は右手を使い、思いっきり剣を投擲した。剣は真っ直ぐに飛んでいき、大きな岩に衝突する。
ガキンッ‼︎
オーガが剣のぶつかる音を聞いたのか、そちらに向きを変える。すると、私の前にはオーガの背中が現れる。
「はあああああああ‼︎」
私は全力で駆け、オーガの背中に数本のゴブリン剣を刺す。
「グオッ⁉︎」
オーガは背中に痛みを感じたのか、振り向く。が、もう遅い。私は既にゴブリン剣に脚を引っ掛けていた。宙吊り状態のため、頭に血が昇る。それでも尚、私は剣を構えた。
「はあああああああ‼︎」
私はオーガの心臓目掛けて、全力の突きを放った。
心臓に当たったのかは分からないが、オーガは吐血した。
「お願い…倒れて…‼︎」
私はもう祈るしか出来なかった。
脚も限界が来たようで、ゴブリン剣から脚が離れてしまう。そして私は頭から着地してしまった。
「ぐっ…⁉︎」
何とか身体を起こし、オーガの様子を見る。
オーガは私が身体を起こしている間に倒れたようだ。白目を剥き、脈を図ると絶命しているのが分かった。
「た、倒した…。」
私はオーガを倒したことで緊張が解れてしまい、その場にへたり込む。それと同時に、奥の底から湧き出た力も使い切ったのか、身体にグッと負担がかかる。
私は力を使い果たし、その場で大の字になって倒れる。もう、右手の指先を動かすような力すら残っていない。
「ハァ…ハァ…ハァ…。」
私はあまりの疲労感に森の中で目を瞑ってしまう。そして、間もなく私は深い眠りについてしまった…。