第6章 高校生活と印象の変わり目
月曜日。サクラと美容室に行ってから、最初の登校日。
結論から言うと、誠のもくろみなは成功した。
「「「え……?」」」
その朝サクラが教室を開けると、ざわついていた教室が一瞬にして静まりかえった。
知らない顔の、それも可愛い、女子が当然の様に入って来たからだ。髪を切ったサクラだ。
しかしクラスメイトは誰かわからないため混乱が巻き起こった。
サクラはそんなクラスメイトの動揺の原因が自分だとは夢にも思わず、いつも通りに誠の隣の席に座った。
「宗方くん…おはようございます」
「あぁサクラおはよう」
さくら…? …木村さくら?
教室中に「えぇー!!!!」という声が響き渡った。
気づけばサクラは駆け寄ってきたクラスの男女に質問攻めにされていた。
誠は騒がしい隣を尻目に相変わらず本を読む。万が一サクラが助けを求めたなら、助ける用意はしながら…。けれどもその必要はなさそうだった。
そんな誠に話しかける男がいる。
「まこっちゃん!サクラちゃんどうしたの?」
「なんだハゲネズミ?サクラはいつもどおりだろ?髪型変えただけだ!」
「まさかの秀吉のあだ名で呼ばれるとは思ってなかったよ…。へえ、髪型変えただけねぇ」
「サルおまえ案外頭いいんだな!」
「まこっちゃんそれは心外だよ!見た目での差別だよ!なんでサクラちゃんこうなったの?」
「まぁ本人の覚悟みたいなものじゃないのか?知らないが…」
誠は無表情でとぼける。
「またまた、まこちゃんが知恵を出したんでしょ?」
「さぁな…」
サクラは初めての質問攻めに目を回している。
そのうちチャイムが鳴り響き、サクラに押し掛けた人達は解散となった。
その帰り、くたくたになったサクラに捕まった誠は途中まで一緒に歩いていた。
「宗方くん…疲れました…」
「あぁお疲れ様…一躍人気者だな」
「そうなんですかね?なんかよくわからなくて…」
「まぁあのぼさぼさが、変わったんだ。珍獣みたいな珍しさで来てるんじゃないのか?」
「珍獣…なんか素直に喜べません…」
「でも友達っぽいものはすぐに出来そうだな…結果的に作戦成功だ!」
「はい…そうですね」
「どうした?なんか不服か?」
「いや…なんでもないんですけど…これは本当の友達と言えるんでしょうか?」
「さぁな…」
誠はサクラの問いに肯定も否定もしなかった。
***
サクラが人気者となり、二、三日経った。サクラの周りには最初程ではないが、人がいるようになった。
最初は戸惑っていたサクラもそつなく質問に答えるようになった。
お昼休みもサクラは一人でご飯を食べることがなくなった。
そして、それに伴って誠とサクラの会話が減った。
「まこちゃん!サクラちゃん人気者になったねぇ」
「あぁそうだな」
「なにまこちゃん寂しいの?世話を焼いた手のかかる子供が旅立つみたいな?」
「お前は馬鹿か?そんな訳ないだろ…サクラは欲しがっていたものを手にいれたんだから」
「欲しがっていたものねぇ…でも前のほうが孤立しながらもいきいきしてたような気がするけど!」
「そんなことは知らん…」
お昼休みも終わり、次は視聴覚室に移動だった。
誠が移動する頃にはサクラはすでに取り巻きに連れていかれたようだ。
誠は視聴覚室に着くと後ろの端に座る。
何かの動画を流していたが気にせず少しの明かりで本を読んでいた。
「ちょっとあんた…」
「.........」
「ねぇって!」
「……」
「ちょっ!シカトするんじゃないわよ!」
ようやく誠は自分が呼ばれていることに気付く。
「おまえは!………だれだ?」
「なんで覚えてないのよ!そして溜めすぎよ!」
「なんだギャー子か…」
「だれよ!それ!私は吉井よ、吉井樹里よ!」
「へぇ。…なんのようだ?」
「反応うすっ!」
隣に座っていたのはサクラをいじめていた吉井だった。
吉井はそのまま話を続ける。
「木村サクラを変えたのはあなたでしょ?」
「いや俺じゃない…あいつは自分で変わろうとしただけだ…まぁサクラの努力のお陰じゃないか?」
「そんな訳ないじゃない!あの木村サクラが外見も内面も前とは別じゃないのよ!」
「お前がサクラの外見も内面もちゃんと見てなかっただけだ…ところでお前はなんでアイツをいじめてたんだ?」
「理由なんてないわ…」
「理由なくいじめるやつがいるか」
「………」
吉井は口を堅く閉ざし沈黙している。
「わかっているんじゃないのか?」
「………」
「……何のために話しかけたんだ?」
吉井は観念したように目線を下にしたまま誠を見ず、ゆっくりと口を開いた。
「……強いていえば羨ましかったのかも知れないわね…」
「羨ましかったか…」
「そう…この小さな教室で周りを気にしないで小説を書いているあの子が…」
「馬鹿か…。たとえ嫉妬しても、いじめていい理由にはならないだろ…」
「そうね…それは本当に申し訳ないことをしたと思うわ」
「あぁ…」
「ねぇ…宗方?」
「なんだ?」
「木村サクラは私の事許してくれると思う?」
唐突にそんなことを言う吉井の表情は暗く、冗談で言っているようには見えなかった。
「そんなこと俺が知るか」
「そうよね…ごめんなさい」
「お前は馬鹿なのか?」
「なんですって?」
「子供でも知ってるぞ…悪いことしたときはまずはごめんなさいだろ?…許すとか許さないはやってみないとわからないだろ?」
「そうね…」
「あぁそうだ…まずはやるべきことを、お前はやるべきだ」
「わかったわ…話は変わるのだけども、そのお前って呼び方止めなさいよ!名前で呼びなさい!」
「嫌だ!俺は認めたやつの名前しか覚えん!」
「なによ!その信念!武士かっ」
「名前で呼んで欲しければ…一歩踏み出してみろ」
「あんたのことなんてどうでもいいけど!わかったわよ…ありがとう!」
吉井と誠が話しているうちに、授業が終わりそのまま放課後となった。
誠が帰る頃にはサクラの姿はもうなくなっており、誠も気にせずに昇降口に向かう。
誠が昇降口につくと、誠の下駄箱の前にはサクラが待っていた。
「宗方くん…」
「おう…サクラか。どうした?」
「ううん…宗方くんと帰ろうと思って、待ってました」
「そうか…じゃあ帰るぞ?」
「うん!」
二人は昇降口から出て歩き始める。
「サクラ、取り巻きはどうした?」
「うーん…連れ去られそうになったので振りほどいてきました…」
「お前はアイドルかっ」
「違います!珍獣です…」
そういってサクラはジト目で誠をみる。
「そんな目で俺を見るな…」
「私はすこし拗ねてるんですよ!」
「あまり自分のこと拗ねてるとは言わないぞ?サクラは珍しいやつだな」
「もうまったく宗方くんは…」
「サクラ、今の生活はどうだ?」
「うーん…どうなんでしょうか?よくわからないのです」
「なにがだ?お前が望んだものじゃないのか?」
「確かにお友達が欲しかったのですが、なんだか今の私の周りにいる方々はお友達とは違うような気がするんです」
「違うか…」
「そうです…上手く言葉に表せないのが歯がゆいのですが…」
「まぁそうだな…友達なんて関係はその人次第なんじゃないか?」
「その人次第ですか?」
「そうだ…人によっては一度話しただけで友達って言う奴もいるだろ?」
「まぁそうですね」
「友達なんて曖昧な関係はそいつの価値観で決まるんだと思うぞ?」
「そういうものですか…宗方くんはお友達欲しいと思わないんですか?」
「あぁ少なくとも価値観が違うやつと友達になろうとは思わん」
「宗方くんのお友達の価値観ってなんですか?」
「そうだな…そいつの為に本気で怒って、本気で泣けるかじゃないか?」
「それは…素敵ですね」
「あぁ…そうだな…サクラはどうしたい?」
「そうですね…私も出来るなら宗方くんが理想とする価値観のお友達を作りたいです…」
「そうか…」
サクラは涙目で誠の方を見る。
「宗方くん…だから、また手伝ってくれませんか…」
「……」
誠から返事が返ってこないことに、サクラは不安になる。
「ダメですよね…めんどくさいですもんね…宗方くんにとってはなんの得もないですし…」
下を向いてぶつぶつと言っているサクラのおでこに衝撃がくる。
「いたぁ…」
おでこを抑えながら涙目で誠を見た。
「お前は変わらんな…俺はなんも言ってないだろ?」
「でも…」
「でもじゃない!そもそも俺はまだお前の友達作りを終わらせた記憶はない!それに俺は友達を作ってやると言った…最初から上辺だけの友達を作る気はない」
「それじゃ…これで終わりじゃないんですね…!」
「だからそうと言っているだろ?」
「だって宗方くん最近冷たい気がして…前より話しかけてくれないし…」
「いやお前が取り巻きに連れ去られているだけだろ…」
「それは…確かに…」
「だからこれからが本番だぞ!」
「はい!お願いします!」
多少のすれ違いはあったものの、誠の不器用な言葉にサクラは救われていることに気が付いた。