第3章 高校生活のトラブルのあと
あの嵐のような昼休みのあとも、授業は問題なく進む。
教室から出ていった吉井達もいつのまにか席についていて、気付けばいつも通りの光景だった。
ただ少し違ったことは…
「まこっちゃーん!いつもなに読んでんのさ」
前の席の猿渡が誠に話しかけてくることだった。
「あ?誰だおまえ?」
「ひでーよー!もう2週間、前の席にいるんだぜ?名前くらいおぼえよーよ」
「あー、たしか蟹渡だっけか?」
「昔話か!」
「違ったのか、そうかザル渡か」
「おしーなー!調理器具混ざってんなぁ」
「もういい。フライパン、なんのようだ」
「ついに面影なくなった!猿渡だよ!猿渡将!」
「おまえ煩いな、猿なんとか」
「まこっちゃん辛辣すぎるよぉ!もう呼び方はサルでいいよぉ」
猿渡はめそめそと泣き真似をしているが、誠の辛辣な反応などなんでもない様子だ。楽しそうですらある。
一方誠も表情は変わらないが、その声色に嫌悪や拒絶はなかった。
猿渡は話を続けた。
「まこっちゃん、怖い人かと思ったけどなかなか良いところあるんだなって思って、興味が沸いたんだよ!」
「あ?なんの話だ?」
「いやお昼サクラちゃん助けたでしょ?」
「サクラ?あぁ…ただ俺は、俺の飯の時間の邪魔だったから追い払っただけだ。助けた訳じゃない」
「そっか!まこちゃん優男だねぇ」
「サル。人の話聞いてたか?」
すげなく対応しながら、実際のところ誠は内心驚いていた。同世代の人間とこれほど会話が続くことが久しくなかったからだった。
彼にとっては普通のコミュニケーションでも、口は悪く、なおかつ正論を叩きつけるため、相手は逃げてしまうのだ。
だが猿渡は逃げることはせず、誠の言葉を笑いに変える。
誠にとっては初めての人種であった。
「うん!もちろん!バッチリ聞いてるよぉ!だからこれからも仲良くしようぜ誠!」
「馬鹿かお前は、気安く呼ぶな」
猿渡の裏も表も無いような言葉に、誠はいつもみたいに返したが、照れ臭いように顔を隠して言葉と態度が合ってないように見えた。
その日一日の授業は終わり帰宅時間になった。
誠は鞄に教科書を詰めて教室を後にする。
昇降口から靴を履き替えて出たところで後ろから声をかけられた。
「む、宗方く…ん」
最初誠は自分が呼ばれてることに気づかず、歩みを進めた。
「宗方くん!待ってください!」
今度ははっきりと聞こえた。誠は歩みを止めて後ろを振り返った。
後ろから一生懸命走って近づいてくるサクラの姿があった。
「おまえは…、なんか用か?」
「い、いや用って訳じゃないんですけど…」
「そっか…じゃぁな」
「いや…待ってください!」
再び帰ろうとする誠をサクラは引き留めた。
「なんなんだ?用があるなら言え」
「あの…お昼はありがとうございました。ちゃんとお礼言ってなかったから…」
「あぁ別にお前の為じゃない…気にするな」
「で、でも助けてくれたのは事実だから…」
「そうか…まぁどういたしまして」
真っ直ぐにお礼を言われる経験がなかった誠は照れた。サクラの方を見ずに不器用に返した。
「用はそれだけか?」
「うん…」
「そうか…じゃぁな」
また誠は歩みを再開する。
サクラはそのすこし後ろを歩いてついてきた。
「おい…おまえまだなにかあるのか?」
「いや…わたしもこっちなんです…」
「そうなのか…」
また二人の間にすこしの沈黙が続く。
するとサクラが口を開いた。
「あの…宗方くん…本好きなんですか?」
「あぁそうだな」
「そうなんですか…わたしも好きなんです…」
「小説書いてるんだったな」
「はい!そうなんです!書いてるとわたしじゃない他の誰かになれるような気がして…」
「そうなのか…」
「はい!読むのも書くのも大好きです…」
「そうか…」
悪意や企みも何もない素直なサクラには誠もいつものような皮肉を並べることはない。ぎこちない会話がぽつりぽつりと続いた。
やがてイレギュラーな状況に慣れてきた誠はサクラの方を向いて質問を投げ掛けた。
「おまえは…一人でいても平気なのか?」
誠からの不意な質問にサクラも少し驚いた。
「い…いえお友達は欲しいですけど…でもわたしなんかが話しかけても…」
サクラはすこし俯き言葉を紡ぐ。
「中学からずっと一人だったので…もう馴れてしまいました」
そう言ってサクラは寂しそうに笑った。
その姿をみた誠はまた前を向く。
「馬鹿かお前は…」
誠の言葉にサクラは何を言われているのか分からず真意を尋ねるように彼を見る。
「泣いてる時に笑うやつがあるか…」
サクラの目からは涙が溢れていた。
「うそ…なんででしょうか…?」
信じられないという様子で自分の頬に触れるサクラ。ぽろぽろと涙が伝い流れていく。
「知るか…でも欲しいなら友達作れよ」
「でも…どうやって作ればいいかわかりません…」
「あぁそうだな…俺も知らん」
誠がそう言うとサクラはまた俯く。
「だから…お前の友達づくり、俺が手伝ってやる」
サクラは顔をあげて、誠の横顔を見た。
まだ誠の言葉は途切れず話を続ける。
「お前がいじめられると…騒がしいし、迷惑だ…だからそうならないように手伝ってやる」
「なんで…そこまで…」
「決まってるだろ。俺の為だ」
誠はしっかりとサクラの目を見て、そう言った。
「まぁ俺も一人だからな…なにが出来るかわからんが知恵ぐらいは出してやる」
「はい…っ、ありがとうございます!宗方くん…っ!」
誠は目を見開く。
――そんな顔も出来るのか――
無邪気な笑顔。心から嬉しいという顔。
不器用だけれど前に進もうとしている。
力になってやりたいと、柄にもなく誠はそう思った。