第2章 高校生活とトラブル
入学式が終わって約2週間ほど経過した。
誠は相変わらず授業中以外は小説を読む生活を繰り返していた。
教室ではわずか3日程度でヒエラルキーのピラミッドが完成し、仲が良いもの同士で集まって過ごしている。
その光景は友達を作る気がない誠にはただの騒音でしかなかった。
友達同士で談笑するなか、入学式から変わらない光景もあった。
それは隣の席のサクラだった。
彼女は他とは違い、積極的に話しかけ友達づくりに勤しむ訳ではなく、ただ机に向き合いノートになにかを一生懸命に書いていた。
しかしそんな彼女のことを誠が気にするわけがなく、授業はいつも通り進み、お昼休みになった。
誠は嬉々として早苗に作ってもらったお弁当を目の前に用意する。
普段無表情で過ごしているこの男も、食べ物への興味は人並み以上にあるのだった。
誠がお弁当の焼き鮭を口に運んでいると、隣の席から耳障りな女子生徒の声が聞こえた。
誠は眉を顰め「またか」とぼそりつぶやく。
「サクラ!!なにしてるの?早く売店であたしたちのご飯買って来てよ!」
クラスでピラミッドが作られるということはわかりやすくいうと、弱肉強食が生まれるということだ。
サクラは自己主張もせず、気が弱い。
まるで猫が複数いる檻の中に迷い込んだネズミだ。
それは1週間前から始まっていた。
順応性の高いクラスメイトはその光景をなにもないかのように振る舞う。
「よ、吉井さん…おかねは…」
「そういうのはまず買って来てからでしょう?」
「う、うん」
そう言ってサクラは教室を出ていった。
しばらくするとサクラがパンとジュースを複数買って教室に帰ってきた。
「もう、サクラはトロいんだからー!」
吉井はサクラの手にあるパンとジュースを乱暴に奪い取った。
「暇だからサクラがいない間に見ちゃった!これは何かしら?」
そう言って吉井はサクラが一生懸命書いていたノートを見せびらかした。
取り巻きがサクラの席を囲んで退路を断っている。
まるでいじめのテンプレでもみているような光景、それでもサクラを擁護するようなクラスメイトは一人も現れなかった。
「そ、それは…わたしの…」
「うん?わたしのなに?あんた小説なんて書いてるの?気持ち悪いわねえ!」
「いや…それは…」
「なによ?どうせ自分の願望だだ漏れの小説でしょ!ほんとっ目障りだわ!」
吉井はサクラに対して一方的な言葉の暴力で殴りつける。
サクラはただただなにも言い返せず、暴力に耐えるだけで、そして誰も止めようとしなかった。
人はトラブルに巻き込まれることを嫌う。
この場合もそれは同じく、クラスでの小さくて絶対的なピラミッドに逆らうことができなかった。
ただ、どんな場合においてもイレギュラーの存在はいる。
「おい。そこの女」
「はっ?だれのことよ!」
「お前は馬鹿なのか、ギャーギャー騒いでんのはお前しかいないだろ。その耳は飾りか?」
言葉の暴力を止めたのは、ピラミッドに入らず一人を貫いてきた誠だった。
「あんたいきなりなんなのよ!」
「あっ?隣の席でギャーギャー騒いで耳障りだ。飯に集中できないだろ。自分の強さを主張したいならよそでやれ、迷惑だ」
「なによあんた!友達もいないぼっちのくせに!」
「お前が言ってるお友達とやらは、お前と一緒になってへらへら笑ってるそいつらのことか?そんな友達なら俺には必要ない」
誠はただただ怒るわけでもなく、諭し仲裁する訳でもない。淡々と辛辣な言葉を吉井に浴びせた。
「はぁ!なにこいつ!ほんとムカつく!大嫌いだわ!」
「それは意見が合わないな、俺はお前に興味すらわかない」
吉井はサクラの机を叩いて、勢いよく席を立つ。
「ほんとムカつく!いこ!」
吉井の取り巻きも吉井の言葉に席を立った。
「サクラ!あんたもよ!」
吉井がサクラに席を立つように言う。
吉井と誠の口論をクラスは静まりかえり固唾を飲んで見守っている。
サクラは席を立とうとした。
「おい、おまえは大事なもの馬鹿にされて、それでいいのか」
誠はサクラに目を合わせずにそう言った。
誰がとは言っていないが明らかにサクラに向けての言葉だった。
その言葉はサクラの心に届き、強くこぶしを握って声を絞り出す。
「よ、吉井さん、わたし行かない…」
か細く今にもかき消えそうな声は、彼女が今最大限に出来る抵抗だった。
それはまるで窮地に陥ったネズミが猫に噛みついた瞬間だった。
「はあ?なんなのよ!」
思わぬ反抗に吉井は顔を真っ赤にしながら取り巻きを連れて教室から荒々しく出ていった。
吉井と誠のトラブルは10分もなかっただろう。
騒ぎが落ち着いたのを見て、クラスメイトたちはぎこちなくもまた雑談を再開し始めた。
サクラが誠に目を向けると、箸で焼き鮭をつかんでいた。
「む、宗方くん…ありがとう」
サクラがそういうと誠は鮭とご飯を頬張りながら「ん」と答える。
長い黒髪で表情はわかりにくいが、サクラはすこし微笑んでいた。しかし誠はお弁当に夢中で、無感動に次のおかずを摘んだのだった。
友達を作るのが苦手な二人の出会いだった。