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6 ベラ夫人の来訪

ようやく体調が安定したベラ夫人が引継ぎの為におみえになった。

あのパーティの後、公爵様からお話はなかった。王女様が王宮へ戻る際、公爵様を伴われた為、会話をする機会がなかったのだ。

それにしても、王女様は公爵様に並々ならぬ思いをお持ちのようだが、公爵様はどうなんだろうか。あの方は誰に対してもお優しいからよくわからない。

そういえばメアリーの結婚披露宴で彼女のご主人が言っていた。

「ジュリアンには本命のご令嬢がいましてね」

「アル、余計なことを言うな!」

いつもスマートな公爵様がひどく慌てていたから、あれは本当のことなんだろう。

しかしそれが誰のことなのか、皆目、見当もつかない。彼が誰か一人を特別扱いしている様子は全く見受けられない。

ともかくわたしの解雇通達はなく、こうしてベラ夫人からの引継ぎを受けることになった。


お会いしたベラ夫人は物腰柔らかく優しそうではあるが、かなりのご高齢だ。あれだけの仕事量をこなすのは体力的に厳しいと想像できる。

「メイフラワーと申します」

一瞬驚いた顔をしたがすぐ笑顔に戻って、よろしく、とだけおっしゃった。


業務の説明が一通り終わってお茶の時間になる。お茶の入れ方はダイアナに教えてもらった。手順を思い出しながら支度をしているとベラ夫人がおっしゃった。

「そういうのはこの娘に任せて、あなたはこちらへいらっしゃい」

夫人の真向かいの席を勧められる。使用人は貴族と同席はしない。どうしたものかと迷っているとベラ夫人付きのメイドさんはその席にわたしのお茶をサーブし笑顔で促された。これは逃げられそうもない。おずおずと席についた。

「それで?伯爵令嬢のあなたが使用人の真似事をしているのは何故?」

そうか、ベラ夫人はわたしをご存じだったのね。

「オルドリッチ前公爵夫人からご用命を頂きました」

「まぁ、彼女が?」

どおりで優秀なわけね、と夫人は笑った。

公爵様(ジュリアン)はなんて?」

「特になにも」

そう告げると、ベラ夫人はなにやら思案されているようだったが、しばらくして口を開いた。

「そうね。あなた、もう少し華やかな服を着なさい。それとあなた専属のメイドをつけましょう」

仕事着をあまり華美にしてはいけないと思ったから、これを選んだのだけど。それに専属メイドがいる使用人なんて世の中にいるのかしら?たぶん家政婦長(ジャンナさん)にだって専属はいないはず。

「あの、わたくしにメイドは不要かと思いますが」

わざとなのかベラ夫人はわたしの意見などまるで聞こえてないかのように振る舞った。

「今すぐ着替えてらっしゃいな。それとアンダーソンとジャンナをよこしてちょうだい」

ベラ夫人に追い立てられるように部屋を出されてしまい、執事室で仕事をしているであろうアンダーソンさんにベラ夫人の伝言を伝えるために向かった。

執務室にはアンダーソンさんはいなかったが代わりにジャンナさんがいた。

「ベラ夫人からのご伝言です、家政婦長と執事長にお部屋に来てほしいそうです」

「わかりました」

「それと、わたくしはもう少し華やかな装いに着替えるようにとおっしゃいました」

その言葉にジャンナさんは黙ってしまう。可哀そうなものでも見るような視線がいたたまれなくて、

「それほどに見苦しいでしょうか」

と聞いてみる。

ジャンナさんはそれには答えず、着替えてきなさい、と命じた。


手持ちの衣装で一番上等なものは一人では着られない。仕方がないのでわたしが元貴族令嬢だと知っているステラに手伝ってもらうことにした。

「ステラ、少し手伝ってもらえますか?」

「いいけど、なにを?」

「着替えです」

「誰の?」

わたしは誰にも聞かれないように小さな声で言った。

「わたくしのです」

ステラの大きな瞳がさらに大きくなった。なにか言いたげにしていたがひとまずわたしの部屋に連れて行った。

「ベラ夫人に華やかな衣装に着替えてくるように言われました」

ステラが口を開くより早く理由を伝えた。ここの壁は薄いのだ、ステラが大声で話をすれば、部屋に残っている誰かに聞かれてしまうかもしれない。

「どうして?」

「わかりません、でも、命令なので」

わたしは納得していなかったが、それはステラも同じだった。

「貴族ってよくわからないわね」

「わたくしもわかりませんわ」

わたしたちは文句を言いながらも着替えをした。

ステラは、髪はさすがに結えない、というので、ハーフアップっぽくなるようにまとめた。メイクは少し濃くして衣装に負けないようにする。

着替え終わって思わずため息をつくとステラは急におどおどし始めた。

「どうしたんですか?」

「メイフラワーってやっぱり貴族なんだなって」

自分ではわからないがそういうものかもしれない、完璧な装い、完璧な振る舞いをして相手を黙らせたこともある。

そうか、わたしは今ベラ夫人から貴族令嬢としての振る舞いを求められているのだろう。ならば演じてみせようじゃないか。

「ありがとうございます」

自分が貴族であること、それを求められていることに気づかせてくれたステラにお礼を言う。ステラはどぎまぎしながら、どういたしまして、と言った。

この姿で使用人用通路を闊歩するわたしに同僚は一様に振り向いたが、わたしはしっかりと顔を上げその視線を受け止めながらベラ夫人の仕事部屋へと戻った。


部屋からはちょうどアンダーソンさんとジャンナさんが出てくるところだった。二人はわたしの装いに驚いたようだが黙って進路を譲ってくれた。そう、貴族ならば使用人に譲ってはならない。

それでも小さく、ありがとうございます、と礼を言った。

貴族の振る舞いはしていても、わたしは彼らの役職には遠く及ばない。

ベラ夫人は満足そうに微笑んだ。

「話はアンダーソンとジャンナにしておいたわ、二人に従うように」

「はい、かしこまりました」

「ジュリアンにはきついお灸をすえておくわ」

「あの、それはどういう?」

ベラ夫人は楽しそうに声を立てて笑い、公爵邸から去っていった。

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