4 里帰り
公爵家の使用人はひと月に一度ほど休みをもらえる。非番の者同士で街へ繰り出したり、普段できない用事を片づけたり、だいたいの使用人はそうやってすごすらしいが、わたしは心配しているであろう家族に顔を見せに行くことにした。
持ってきた衣装の中で地味ではあるがギリギリ貴族令嬢に見えなくもない装いを選んだ。使用人用の出入口から庭園に出て裏門へと回るその途中でまたしても公爵様に会ってしまった。
「お出かけですか?」
ステラに教えられた通り、端によって黙って頭を下げていたのに話しかけられてしまう。このまま黙っているのが正解なのか、話しかけられた以上は応じるべきか。自分が伯爵令嬢として接した他家のメイドはどういう態度だったか、必死で記憶を探るも思い出せない。
なにも答えないわたしに公爵様はくすりと笑って、
「ひょっとしてお忍びだったかな?」
と言い、
「貴女がどちらへ出かけようと咎めたりはしませんから、わたしに送らせてもらえませんか?」
さっとわたしの腕をとって歩き出した。
当主が使用人のエスコートをするなど、さすがにこれは許容できない。
「公爵様、いけませんわ」
わたしの抗議に彼は少し悲しそうな顔をする。
「わたしのエスコートではご不満ですか?」
いえ、逆です、公爵様が使用人のエスコートをするなどあってはならないことです。しかし一介のメイドが意見していいのだろうか。少なくとも伯爵令嬢のわたしは役職を持たないメイドに注意を受けたことはない。
「どちらへ行かれる予定だったのでしょう」
公爵様は何事もなかったかのように歩き出し、外出先について質問をされた。
「伯爵家に顔を出そうかと思いまして」
こんな風にエスコートされて会話までして、ステラが見たら卒倒するかもしれない、どうか誰にも見られませんように。
わたしの胸のうちなんてお構いなしの公爵様は足を止め、わたしをしげしげと眺めてから、
「あなたはそういう装いが好みですか?」
と聞かれてしまった。令嬢としては地味で使用人にしては豪華なドレス、その中途半端さが見苦しかったのだろう。使用人の令嬢が実家に顔を出すときはどのラインが正解なんだろう。少なくとも今回のドレスはNGということか。
そのまま正面玄関に用意された馬車に乗せられた。御者がわたしを見てぎょっとしている、たぶん使用人(同僚)だと気が付いたんだろう、大丈夫、わたしもぎょっとしています。
伯爵家に着くと出迎えてくれたのは家令のオリヴァーだった、わたしの来訪はあらかじめ伝えてあったが公爵様付きとは思わなかっただろう。それでも顔色一つ変えずに対応する彼は頼もしい。なるほど、見習うべき先輩は身近にいたということか。
「おかえりなさいませ、お嬢様。ようこそお越しくださいました、公爵様」
案内されたサロンには両親とすぐ上の姉がいた。
「メイフラワー、おかえりなさい!」
姉は力いっぱい抱きしめてくれた。両親は公爵様に挨拶をしている。
「あちらでの暮らしはどう?」
小さな声で姉に聞かれ、わたしは心配させない程度の微笑みで問題ないことを伝えた。
「驚いたわ、急なことだったものね」
「なんとかやってます」
「にしても、地味なドレスね?」
姉にも言われてしまった。
「公爵様も良い顔はされなかったわ」
「それはそうでしょう」
そこで両親との話が終わった公爵様がこちらを見た。
「では、わたしはこれで失礼するよ」
「お送りいただきましてありがとうございました」
見送りのため、ホールに出た。公爵様はわたしにだけ聞こえるような声でお聞きになった。
「戻ってきてくれるのかな?」
わたしは職務放棄をする人間だと思われているのか?そんなことはしない。お勤めはお勤め、きちんと義務は果たします。
「もちろんです、遅くならないうちに公爵家に戻ります」
その返事を聞いた公爵様は途端にとろけるような笑顔になり、わたしの手をとって指先に口づけをした。
「待ってるよ」
極めつけに吐息が触れるほどの距離で囁いて、彼は意気揚々と伯爵家を後にした。
あとに残されたわたしが放心して立ち尽くしたのは言うまでもない。
そうだった、彼はあんな風にいつだって優しくて親切で、時折、色気を見せる方だったわ。
熱くなった頬を両手で隠し、屋敷の中へと入った。
「彼女にドレスを仕立ててくれ」
「彼女?」
旦那様は少し顔を赤らめて、言わなくてもわかるだろう、とおっしゃるが、どなた様のことなのか、まったく心当たりがない。
「あんな地味な服装で里帰りさせるわけにはかない」
そこで例の妄想の花嫁のことだとわかった。しかしこんなにはっきりと妄想を語りだして、旦那様は大丈夫だろうか。これは医師の診察が必要かもしれない。
ひとまず、かしこまりました、と承諾の意を伝えた。