3 公爵家の使用人②
日の光がまぶしくて目をあける、使用人部屋のカーテンは薄いようだ。枕元に置いた懐中時計を見るとまだ早朝だった。もうひと眠りしようかと思ったがなんだか目が冴えてしまったので起きることにする。音をさせないようにそっと部屋の窓を開けると朝の冷たい空気が入ってきた。
公爵家では使用人は屋根裏に住んでいる。すぐ下の階は倉庫の階層でさらにその下が公爵様や貴族達の生活スペースだ。
屋根裏だけあって窓からの景色はすこぶるいい。周囲の建物を見下ろしながら髪をブラッシングし、朝日が昇るのを眺めた。
ダイアナに教えてもらった起床時間になったので部屋から出る。ちょうど彼女も部屋から出てきた。
「おはよう、よく眠れた?」
「まぶしくて早起きしてしまいました」
するとダイアナはにやりと笑って、寝坊をさせないために家政婦長がわざとやってるのよ、と言った。家政婦長というのは昨日最初に声をかけてくださったひっつめの女性で名前はジャンナさんというそうだ。
食堂ではみな決まったメニューを食べるらしく、同じ料理が盛られたプレートがたくさん並んでいた。そのうちの一皿をとりダイアナと並んで食事を済ませた。最後に出入り口に設置された鏡で身だしなみを確認し、使用人用のドアを通って仕事場へ出る。
ベラ夫人の仕事部屋に着いたわたしはまず窓を開けて空気を入れ替えた。そして今日もまた黙々と書類を片付ける。
いくつかの発送したい郵便物ができたところでそれを出しにいくことにした。部屋を出て家令か家政婦長を探す。すると昨日叱られたメイドにあった。
「こんなところをウロウロして。また貴族様にあっても助けてあげないわよ」
彼女は不機嫌そうにしながらも心配してくれているようだ。
「すみません、郵便物を出したくて。どうしたらいいかご存じですか?」
「そういうのは朝のうちに勝手口に出しておくの、そうすれば郵便屋さんが回収してくれるわ」
ということは今日はもう間に合わないのか。どうしてもではないができれば今日にでも発送したい、それでなくても仕事は遅れ気味なのだ。
そこへ運よく家政婦長が通りかかった。
「家政婦長」
「どうしました?」
「できれば今日中に郵便物を出したいのですが、外出してもよろしいでしょうか」
「発送手続きはできるのね?」
「はい、大丈夫です」
わたしの返事をきいて家政婦長はわたしたち二人を見て言った。
「では二人でお行きなさい。ひとりではなにかあったら困りますからね」
「やったぁ!」
先ほどまで不機嫌そうにしていたメイドは急に笑顔になる。
「遊びに行くのではありませんよ」
なぜかわたしまで家政婦長にギロリとにらまれた。
「あんた、名前は?」
「メイフラワーと言います、昨日こちらに来たばかりです」
「あたしはステラよ。もうすぐ1年になるわ」
わたしたちは並んで歩きながらいろいろな話をした。
「あんた、ベラ夫人の部屋でなにしてるの?」
「なにって書類を作ったりとか」
「え?!あんた、文字が書けるの?」
「それなりに学びましたので」
通りを馬車が走ってきたので端によったが、その馬車が目の前で止まって驚いてしまう。
「お嬢様!」
中から転がるように飛び出してきたのは我が家の家令、オリヴァーだった。
「オリヴァー、こんなところで会うなんて偶然ね」
「馬車も使わずにどうなさったのですか?」
「いやだわ、オリヴァー。わたくしは公爵家の使用人よ」
それを言うとオリヴァーは泣きそうな顔になった。
そうなのだ、わたしが使用人になると決まって一番に怒ったのはお父様でもお母様でもなくこの家令だった。手塩にかけてお育てしたお嬢様が使用人になど!と大反対してくれた。でも命じたのが前公爵夫人だと知るとさすがの彼も顔を青くするしかなかった。
「とにかくお乗りください、そちらのお嬢様も」
もう老人の域に達しているオリヴァーなのに力は強く、わたしたちは馬車に押し込められた。そうして郵便局で手配し、公爵家の裏口近くで下ろしてもらう。
「オリヴァー、ありがとう。おかげでとても早く用事がすんだわ」
「お出かけの際は絶対にお声かけください」
「わかったわ」
使用人であるわたしにそんなことはできるわけがなかった、きっとオリヴァーにもわかっている、それでも彼は言いたかったんだろう、大切なお嬢様のために。
去ってゆく馬車を切ない気持ちで見送っていると、ステラが話しかけてくる。
「あんた、いえ、あの、あなた様はお貴族様ですか?」
その言い方に思わず吹き出してしまい、彼女はまた不機嫌になった。
「今はもう違います、あなたと同じ公爵家の使用人であなたの後輩です」
そういうと途端にステラはご機嫌になる。
「そ、そうよね、わたしのほうが先輩よね!教えてあげるからしっかり勉強しなさいよ」
「はい、がんばります」
意気揚々と歩き出したステラの後ろについていった。