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2 公爵家の使用人①

伯爵令嬢が他家で労働をするということはまずない、でも前公爵夫人(女帝)に逆らうなんて絶対に無理だ。


「ロイ、ここでいいわ」

翌週、わたしは約束通り公爵家にやってきた。裏門近くで馬車を止めてもらう。使用人が堂々と馬車で正門をくぐるわけにはいかない。御者のロイが下ろしてくれたかばんを受け取った。

「送ってくれてありがとう、みんなによろしくね」

「お嬢様」

ロイは泣きそうな顔をしていた。わたしはなんでもないように微笑んでみせ、彼に背を向け裏門まで歩いた。


扉をノックするが反応がない。二回目は強めに叩いてやっと扉が開いた。

「なんだ?」

不機嫌そうに応じた門番に笑顔で言った。

「本日からこちらでお世話になりますメイフラワーと申します」

使用人に姓は必要ない、名前だけを乗った。

「聞いてないな」

「オルドリッチ前公爵夫人のご推薦を頂戴しております」

前公爵夫人(女帝)の名前を出すと途端に扉を開けてくれた。

「それはどうもどうも!今日は特別バタついてましてね。まぁあんたのことは屋敷の誰かが知ってるでしょうよ」

門番は、庭園の道沿いに歩いていけば勝手口がある、と教えてくれた。礼を言って奥へ進む。

バタついているというのは本当のようで入口から見える廊下を幾人もの人が右へ左へ走りまわっていた。誰に話しかけていいものか迷っていると、髪をひっつめにまとめた女性が近づいてきた。

「そこでなにをしてるの?」

「メイフラワーと申します。オルドリッチ前公爵夫人のご推薦で本日からこちらで勤めさせていただくことになりました」

どうぞよろしくお願いします、と頭を下げる。

彼女は明らかに不審な顔し、通りかかった若いメイドになにかを言いつけた。このひとも聞いてないんだろうか、と不安になっていると、家令と思われる男性がやってきた。

「大奥様がよこしたメイドが来ているそうですね?」

「メイフラワーさんとおっしゃるそうよ、あなた、なにか聞いていて?」

「いいえ、全く。ですが、大奥様が手配されたのなら優秀な方なのでしょう」

家令はわたしのほうを向いてにっこりと微笑んだ。あまり期待されても困る、慌ててわたしのできる範囲を説明する。

「それほどでもありませんが帳簿は一通りできます、それに語学も」

「そういうことならベラ夫人の代わりでしょう。申し訳ありませんが早速仕事にとりかかって頂けますか?事情は歩きながら説明します」

「わかりました」

ひっつめの女性にお礼を言ってから家令の後ろをついていく。

「ベラ夫人というのはこの屋敷の会計をお願いしている方なのですが体調を崩してしまいまして、ご高齢でもあるため代わりの方を探そうかと話をしていたところなんです。ご存じとは思いますがオルドリッチ家は外国との取引も多いので、帳簿と外国語の両方ができるメイフラワーさんには期待してますよ」

案内されたベラ夫人の仕事部屋は書類が山のようになっていたが、家令(アンダーソンだと名乗った)にはすぐ出て行ってもらった。なんでもオルドリッチ公爵の花嫁が今まさにこちらに向かっているそうだ、とんでもなく忙しい時に来てしまい申し訳なく思う。

「さて、やりますか」

わたしは腕まくりをして書類の山に取り組んだ。


だいたいの目途がたったのはずいぶん時間がたってからだと思う。さすがにお腹が空いてきた。仕事部屋から廊下に出てみるが人の気配はない。先ほど家令に案内された道順を思い出しながら歩く。

「メイフラワー嬢?」

声をかけられ振り向くと公爵様だった。輝くブルーの瞳に、透き通るような銀に近い金髪をした美しい貴公子はオルドリッジ公爵ことジュリアン・ファフスナー。

彼とはほんの10日前ほどに会ったばかりだけれど、ずいぶん疲れているように見える。そういえばパーティ皆勤賞の彼が先日は欠席していた、なにか大きなトラブルでも抱えているのだろうか。

「公爵様、お邪魔しております」

お辞儀(カーテシー)をしようとして慌てて頭を下げた。わたしの今の立場は公爵家の使用人で貴族令嬢として対面しているわけではない。思えばずいぶん変わってしまった、先日、彼と食事を共にしたあの夜がひどく懐かしい。

「いつ、こちらへ?」

「朝からお邪魔しております、ご挨拶が遅れまして申し訳ございません」

「わたしこそ留守にしていて申し訳ない、それに祖母が無理を言いまして」

「とんでもございません、オルドリッチ前公爵夫人にはよいご縁をいただきました」

貴族の端くれでありながら労働階級に落とされたことは正直つらいが、ベラ夫人の仕事はなかなか興味深く、こういうことでもなければ知りえない世界だったと思う。そういう意味では前公爵夫人(女帝)に感謝するべきだろう。

わたしの言葉に公爵様はついっと目をそらし、それならよかった、と小さく応じた。そこに通りかかったメイドが慌ててかけよってきた。

「旦那様?!す、すみません、失礼いたします」

彼女に手を引っ張られてその場から早足で離れさせられた。廊下の見えにくいところに作ってある使用人用の扉をくぐってすぐ、彼女に叱られた。

「旦那様と口をきくなんて!」

「申し訳ありません、お声かけ頂きましたのでご挨拶をと思ったのですが」

「挨拶なんてしなくていいの、黙って頭を下げる!いいわね?」

「わかりました、以後気を付けます」

ほんとにわかってんのかしら、と彼女はわたしに聞こえるように独り言を言い、

「食堂を教えてやれって言われたの」

と使用人用のそれへ案内してくれた。そこにはたくさんの仲間がいて思い思いに休憩をしていた。

「早く食べちゃいなさいよ」

そういうと彼女はいってしまった、公爵家のメイドともなるとたくさんの仕事を抱えているんだろうか、とても忙しそうだ。

ワンプレートにまとまった昼食を食べる。

「まだお見えにならないの?あちらのお屋敷はとっくに出たんでしょ?」

「朝には公爵家(こちら)に届けたって言ってるらしいわ」

「でもいらしてないよね?」

どうやら花嫁様はまだ到着していないようだ、ということはお屋敷内のバタバタはまだ続くのだろう。

黙って食事を済ませ食器を片付けると、またベラ夫人の仕事部屋へ戻った。


しっかり日が暮れたころ、家令が部屋にやってきた。

「任せっきりで申し訳ありませんでした、こちらの用件は片付きましたので」

「夫人が到着なさったのですね」

「いえ、それが公爵様の冗談だったようで」

花嫁が冗談ってどういうこと?

詳細を聞きたかったがすぐ気持ちを切り替えた。使用人は余計なことにクビをつっこんだりはしない。さようでございますかと返答し、どこまで終わったかの報告をする。

「さすが大奥様の見込んだ方ですね、素晴らしい。今日はもうお疲れでしょうから続きはまた明日。誰かにあなたの部屋を案内させますのでここの片づけをして待っていてください」

そういって家令は部屋を出て行った。言われた通り書類や筆記具の片づけをしていると昼間のメイドとは別のメイドがやってきた。

「あなたがメイフラワーね、初めまして、わたしはダイアナよ」

「メイフラワーです、よろしくお願いします」

「あなたはわたしの隣の部屋よ、困ったことがあったら遠慮なく言ってね」

ダイアナは明るい笑顔で言った。

「アンダーソンもひとが悪いな、ちゃんと到着してるじゃないか」

「そんなはずは」

「さっき廊下で会ったんだ、でも夫婦の会話を(さえぎ)るメイドはあまりいただけないな」

きちんと教育しておくように、と旦那様は言い残して、鼻歌でも歌いそうなほどウキウキと部屋を出ていかれた。

旦那様は廊下で花嫁と会ったという、しかしわたしには到着したという連絡は来ていない。

いったい誰とお会いになったのか謎だが、旦那様は子供のころ、時々こういういたずらをなさっていたから、これもいたずらなのだろうと思うことにした。

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