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コラボ企画[空翔ぶ燕]作品

アメニアウ

作者: 葵枝燕

 時間帯的にこんばんはですが、ここはいつもどおりのご挨拶を。こんにちは、葵枝燕です。

 この作品は、空乃 千尋様とのコラボ企画となっております。空乃様撮影のお写真をお題に、葵枝燕が文章を綴る——題して、[空翔ぶ燕]企画です。企画名は、僭越ながら私が名付け親です。一応、由来があるのですが——長くなると思うので、後書きで披露させてくださいませ(今回第六弾なので、前回までの作品からご覧の方はご存知かと思いますが、はじめましての方もいるかもしれませんので、ご理解のほどよろしくお願いいたします)。

 そんなコラボ企画第六弾の今回のお題が、「紫陽花(二〇二一年六月四日)」です。本文の中間に入っている写真が、お題として提供いただいたものとなっております。

 切なくもどこか妖しい、そんなお話になったかなと、個人的には思っています。

 本文に、写真が入っております。ぜひ、合わせてお楽しみくださいませ。

 雨が降りしきる薄暗い石畳の道を、()()(ざき)(れい)()は走っていた。彼の足が地面を踏む度、足元で音を立てて(みず)飛沫(しぶき)が跳ねる。嶺司の履く黒い革靴の中は、もうびしょ濡れで、その不快感といったらなかった。そんな雨の中を、嶺司は傘もささずに走っている。

「クソっ」

 何度目になるかわからない悪態が、嶺司の口から溢れた。それは、この悪天候に対するものでもあったし、会社を出ようとしたときの数時間前の自分自身に対するものでもあった。

(まさかこんな降り続けるなんて——ああほんと、ツイてない)

 会社を出るときに見上げた空は、ただの曇り空だった。遠くで雷鳴が聞こえていた気はするが、降ることはないだろうと、そのときの嶺司は判断した。その結果、嶺司の黒い傘は、会社の入り口に置かれた傘立てに立てかけられたままとなった。そして、嶺司の予想は外れ、雨は降り始めた。豪雨や横殴りの雨というわけではないが、止む気配も見せないまま、ただ降り続けている。道中で傘を買おうにも、この辺りにその手の店がないことは知っていたし、後戻りする時間がないこともわかっていた。だから嶺司は、目的地の最寄駅に着く直前には、こうなる覚悟を決めていた。

(ずぶ濡れになろうが、それは俺の責任。あのとき傘を持って出てさえいれば、こうならなかった。……でも)

 何度も何度も、言い聞かせるように頭の中で唱えてみるが、やはり納得できるものではない。自分の非を自分で認めることは、途轍もなく難しかった。それでも、今の嶺司にできるのは、前へ、目的地へ向かって進むことだけだった。


挿絵(By みてみん)


 嶺司は、ふと足を止めた。

 目の前には、続く石畳と、道の両側に咲く紫の紫陽花(あじさい)の花群達。雨に濡れた石畳と紫陽花は、薄暗い世界の中で輝くように存在していた。

 何度も訪れているこの場所に、こんな風景があったのかと、嶺司は放心したように(たたず)んでいた。しかし、それもごく短い間のことで、嶺司はまたすぐに前へと歩を進めた。

(急げ、急げ)

 命じながら、嶺司は石畳を踏みつける。そして、少し進んだところでまた足が止まった。目の前に、奇妙な人物を認めたからだった。

 その人は、女性に見えた。腰まで届く長い黒髪が、美しく艶めいている。()(なり)(いろ)の地に、青や紫の紫陽花が描かれた和服を着て、足元には黒い鼻緒の下駄を履いていた。中空を見上げているその目は、長い前髪で覆われて、そこにどんな表情を宿しているのか、嶺司には判然としなかった。そして、その人は、この雨の中、傘をささずに立っていた。嶺司のように、傘を持っていないわけではない。その人の手には、(あか)い和傘がしっかりと握られていたのだ。

(変な人だ)

 そう思いながらも、嶺司はその人から目を逸らすことができなかった。惹きつけられるように、ジッと視線を注ぎ続けていた。

 やがて、その人が嶺司へと顔を向けた。その人が驚いたように目を見開くのと、嶺司が思わず半歩後退(あとずさ)るのとは、ほとんど同時だった。

「こんばんは。生憎(あいにく)の雨ですね」

 見開いた目を優しく細めて、その人は嶺司へそう声をかけた。口元にも、優しげな笑みを浮かべている。

「あなた、傘はお持ちではないのですか?」

 涼しげな声が、なぜか嶺司の思考を搔き乱していく。だからこそ、その問いに、

「え、あ……忘れて、しまって」

と、嶺司は正直に答えてしまっていた。

「それは災難でしたね。よろしければ、この傘をお使いになって?」

 その人はそう言って、嶺司に紅い和傘を差し出してくる。その傘を握る指の先、形のよい爪は艶やかな(とき)(いろ)に染められていた。その爪に()()れていた嶺司は、我に返り慌てて首を横に振った。

「あなたが濡れてしまうじゃないか」

「私なら、大丈夫ですから」

 嶺司は、その声に静かな圧を感じた。受け取らなければいけないような、そんな気にさせてしまうほどの圧が隠れていた。

 だから嶺司の手は、自然とその和傘の()を握っていた。

「ありがとう、ございます」

「いいえ。どうか、道中気を付けて」

 そう言って、その人は道の奥へと手の平を向けた。その先には、嶺司の目的地があった。嶺司は、また足を前へと伸ばした。

 その人と擦れ違う、その(せつ)()

 その人が呟いた言葉が、嶺司の耳を揺さぶった。サッと振り向いたが、そこにはもう、誰もいなかった。


 石畳の先に、その家はあった。

 (つぎ)()——表札に書かれた名を確認し、嶺司は引戸をノックしようと手を伸ばす。しかし、手が戸へ届く前に、内側から戸が引き開けられた。

「うおっ!」

と、情けない声を上げて、嶺司は固まった。行き場をなくした手が、宙で止まる。

 一方、戸を開けたその人は、そんな嶺司に一瞬驚いたものの、すぐに破顔する。

「いらっしゃい、ミネくん。無事なようでよかったよ」

 (つぎ)()(こう)(すけ)——大先生と名高い作家だ。そして、嶺司は、今年度からこの継木先生の担当編集を任されている。

「こんなにずぶ濡れになって……。タオルを準備していて正解だったようだ」

 持っていた白いタオルを嶺司に差し出しながら、継木先生は嶺司の手元に目をやった。

「おや、傘は持っていたんだね」

「あ、この傘は……」

「きみのではないんだろう? ()()()くんから、話は聞いているからね」

 嶺司にとっては“会社で席を並べる先輩”、継木先生にとっては“前の担当編集者”である男の名を出し、継木先生はいたずらっぽく笑う。なるほど、傘を会社に忘れたことは既に筒抜けだったわけだ——恥ずかしさと共に安堵も感じながら、嶺司はタオルに顔を埋めた。

「それにしても、どこでその傘を?」

「あ、その、そこでお会いした人が持たせてくれて——」

 言葉を続けようとして、嶺司は思い出した。

「そういえば、その人、妙なことを言ってましたよ」

「妙なこと?」

 嶺司は、擦れ違うその寸前に耳を揺さぶった、あの言葉を継木先生に伝えるため、口を開く。

「『あの方に、どうかお身体を大切になさってと、伝えてくださいませ』——そう、言ってました」

 明確な名を言われたわけではない。それでも、あの人が言っていた“あの方”は、目の前にいる継木耕輔その人ではないかと、嶺司には思えたのだ。

「そう、か」

 継木先生は、そう言ってから、

()(ゆみ)は——彼女は、どんな様子だったかい?」

と、問うてきた。嶺司は、

「お元気そうに見えましたが」

と、感じたままに答えた。

「それはよかった。——さ、濡れたままでは風邪を引いてしまう。上がっておくれ」

 継木先生は、そう言って、嶺司を家の中へ招き入れた。その言葉に甘えて、嶺司は、閉じた傘を下駄箱に立てかけてから靴を脱ぎ、継木先生の後について廊下を進む。二人の足音が、奥へ奥へと向かい、やがて聞こえなくなったとき、継木家の玄関先はまた雨音混じる静寂へと戻っていった。

 下駄箱に立てかけられた紅い和傘から、ポタリポタリと(しずく)が落ち続けていた。

 『アメニアウ』のご高覧、ありがとうございます。

 さて。ここから色々語りたいので、お付き合いのほどを。多分、長くなります。

 前書きでも書きましたが、この作品はコラボ企画です。名付けて、[空翔ぶ燕]企画。「空」=空乃様から一文字拝借、「翔ぶ」=お題から想像力膨らませて文章書くイメージ(「翔」という字には、「とぶ」の他「めぐる」や「さまよう」という意味もあるそうで、その意味も含めて「翔ぶ」を採用しました)、「燕」=葵枝燕から一文字——そんな由来で生まれた企画名です。

 そんな今回のお題は、「紫陽花(二〇二一年六月四日)」でした。本文中間の写真が、お題となったものです。

 さぁ……というわけで、ここからは登場人物について語ります。

 まずは、出番の多かった()()(ざき)(れい)()さんについて。編集者の男性です。今年度から、大先生と名高い(つぎ)()(こう)(すけ)先生の担当編集になりました。雨の中、傘を会社に忘れて濡れ鼠状態となったまま、継木家に向かっていた際、謎の女性に出逢います。作中で垣間見えるかと思いますが、意外とビビりです。ちなみに、“嶺司”という名前の名付け親は私ですが、“志野崎”という名字の名付け親は私の姉です。実は当初、名前のみ出す予定でいたのです。しかし、継木先生がフルネームな以上、彼にも名字も必要かなと思えてきたんです。そこで姉に、「何かいい名字ない?」と訊いたところ、「三文字で“シノザキ”がいい」ということでこれになりました。“嶺司”は、漢字と読みが一緒に浮かんできたので、そのまま採用しました。

 次に、(つぎ)()(こう)(すけ)先生について。大先生と名高い小説家の男性です。最近担当編集になった嶺司のことを、「ミネくん」と呼んでいます。これには理由があり、自身の代表作に、姓が「(みね)」、名が「(つかさ)」という登場人物がおり、その字がそのまま名前になっている嶺司のことをそう呼んでいるのです。若い頃に奥様に先立たれています。基本和服を着ています。名前は、“コウスケ”という名が浮かび、“耕”という字を入れたくなり、ここに落ち着きました。

 そして、本編で名前が一度しか出てこなかった()(ゆみ)さん。雨の中びしょ濡れで走っていた嶺司さんが出逢った、着物姿の女性です。形のよい爪の持ち主で、その爪を、艶やかな鴇色に染めています。黒い髪は、腰までの長さのストレートヘアで、前髪も目を覆いそうな長さです。作中ではっきりと書きませんでしたが、継木先生の奥様です。十七歳のとき、当時二十二歳の継木先生と結婚し、十八歳で男女の双子を出産、しかし、二十歳を目前に病死している——そんな設定がありました。なので本当は、「雨の中、傘もささずに立っているのに、濡れていない」という描写を入れたかったんですが……入れられなかったです。ちなみに彼女の名前は、英語で“虹”を表すrainbowから取っています。rain=雨とbow=弓に分けられることから生まれた名前です。ずっと出したかった名前をここで出せて嬉しいです。本当のことをいうと、最後まで、というか今も、名前を出そうか悩んでいるのですが、出したい思いを抑えきれないので、そのままにしたいと思います。

 最後に、名前だけ出てきた()()()さんについても、語っておきましょう。嶺司さんの職場の先輩であり、継木先生の前の担当編集だった、男性です。色々な意味で、仕事はできる方かな、と思います。というか、嶺司さんをつい心配してしまう人、なのかもしれません。名前は、なんとなく「シヅカ」って付けたくて、こうなりました。ちなみに、継木先生の息子という設定にしようとしてたんですが、ゴチャゴチャしそうなのでやめました。

 雨弓さんが形のよい爪の持ち主だったり、その爪を鴇色に染めていたりするのは、私の爪がモデルで、私が最近までその色のマニキュアを塗っていたからです。また、雨弓さんが着用している「()(なり)(いろ)の地に、青や紫の紫陽花が描かれた和服」や「黒い鼻緒の下駄」は、私が実際に持っているモノがモデルです。あと、雨弓さんの前髪が長いのも、やっぱり今の私がモデルです。視界が塞がるしうざったいので、早く切りたいものですが、ね。

 前回は写真の世界に飛び込んでみた感じですが、今回も飛び込んでみた——ようで、私の中では写真をお話に取り入れてみた、という感覚で書きました。

 タイトル『アメニアウ』ですが、今までで一番悩んで考えて付けたタイトルです。前回も同じことを書いたのですが、それ以上に時間がかかりました。書き上げてからタイトル付けるまでに、三日が経っていました。ちなみに、「雨似合う」話で、「雨に逢う」話で、「雨に遭う」話——というのが、タイトルの由来です。色々と色名が出てくるので「色」も入れたかったのですが、ふと浮かんできた現在のタイトルが気に入ったので、空乃さんとも相談して、このタイトルに落ち着きました。

 さて。これで語りたいことは語れたでしょうか。何か忘れてる気がしなくもないですが……思い出したら書きたいと思います。

 最後に。

 空乃 千尋様。今回も、ステキなお題をありがとうございます! お題の紫陽花の写真が、すごく妖艶に見えたので、とりあえずそれを意識したはず、だったんですが、切なさが上回っちゃったかもしれません。今回も、拙く至らない点もあったかと思いますが、色々相談に乗ってくださり、ありがとうございます! 次のコラボもできますように。それから、いつもありがとうございます!

 そして。ご高覧くださった読者の皆様にも最大級の感謝を。もしご感想などをTwitterにて報告される際は、ぜひ「#空翔ぶ燕」を付けて呟いてくださいませ。

 拙作を読んでくださり、ありがとうございました!

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