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若庭による推察

ここから「解答編」になります。

 僕の借りて来た『MとCに関するいくつかの推察』は、そこで終わっていた。ダイイング・メッセージの謎に再挑戦する為に、敢えて問題編のみを、貸してもらったのだ。

 僕が頭の中でその内容を振り返っていると、間もなく緋村も読み終えたらしい。短い小説とは言え、やけに早かったなと思いつつ、彼の手から原稿用紙の束を受け取る。

「面白かったよ。特に、『斜陽』に登場する『M・C』の三つの意味を、容疑者それぞれに割り当てていたところなんかは、なかなか秀逸だと思う。まあ、多少強引ではあったけどな」

 どことなく偉そうに感じなくもないコメントを、緋村は口にする。一応、作者にも伝えておくとしよう。

「それで、どうかな? 犯人、わかりそう?」

「まあ、なんとなくは」

 自信がないのだな、と思った。当然である。むしろ、たった一回目を通しただけで正答(こたえ)に辿り着かれては、駅前で一時間ほど頭を悩ませた僕の、立つ瀬がない。

 今になってみると恥ずかしい限りだが──気をよくした僕は、余裕綽々で、こう尋ねる。

「なら、答え合わせをしてみようか。君は、誰が犯人だと思った?」

「おそらく──()()()()()だろうな」

 大袈裟ではなく、僕は驚愕した。

 当たっていたからだ。

 緋村が答えたとおり、カナダ人留学生を殺害した犯人は、藤堂桜だった。僕の立つ瀬など、初めからありはしなかったらしい。

「あ、合ってる……正解だよ。一回読んだだけで解けるなんて、すごいじゃないか」

「何もすごかねえさ。ほぼほぼ当てずっぽうみたいなもんだからな」

「当てずっぽう? 推理したんじゃなくて?」

「ああ。と言っても、全く根拠がなかったわけでもない。俺は君と真逆で、ダイイング・メッセージから解いたんだ」

 そちらの方が難しいことのように思えた。作中に登場する「Mc」から、いかにして藤堂の名を導き出すことができるのか……僕には、見当も付かなかった。

「どうして、アレが藤堂を指し示すことになるんだ?」

「それを答える前に、先にそっちが教えてくれよ。正しいロジックって奴を」

 無論、快諾した。

 そして──これまた恥ずかしいことに──、僕は少なからず得意になって、自らの推理を披露するのだった。

「まず、ポイントとなるのは、この事件は突発的な犯行であることと、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 一つ目に関しては、説明するまでもないと思う。般若の面だなんて珍妙な品を凶器にしている時点で、とても計画性のある犯行とは思えない。突発的に殺意を抱いた犯人は、その時たまたま近くにあった般若の面を、手に取ったんだ」

「なるほど、作中でも明らかに強調されて描かれていたな。──それで?」

「本当に重要なのは、二つ目の方。──作中の描写によると、凶器には二重に血が付着しており、下にある方の血痕に関しては、ところどころ掠れているように見えたそうだ。が、しかし、上にある方──すなわち二度目に付着した血飛沫は、()()()()()()()()()()、般若の面の全体に伸びていた。さて、ここから何がわかるか……」

 僕の言わんとしていることを、緋村はすぐに察してくれた。

「……ああ。要するに、犯人は被害者のを殴り付けたんじゃなく、般若の面を()()()()って言いたいのか」

 そう。でなければ、こんな血の付き方はしないはずである。

「普通、凶器を手に持って殴ったのだとしたら、()()()()()()()()()()()()()()()はずだろ? ところが、二度目に付着した血飛沫はどこも途切れていなかったし、その下にある血痕も、部分的に掠れているだけだった。つまり、被害者の頭に直撃した時には、凶器は犯人の手を離れていたとしか考えられない」

 凶器を観察した際、作中の僕が違和感を抱く描写がなされていたが、それもこのことが理由だった。すなわち、被害者は頭を殴打されたと思い込んでいたからこそ、「全体にまんべんなく血飛沫が付着している」と言う凶器の状態に、矛盾を感じたのだ。

「だからこそ、突発的な犯行だったにもかかわらず、犯人は()()()()()()()()()()()()()()、と」

「そうなるね。──被害者は、廊下で最初に襲われたあと、自室へ逃げ込んだところを追撃され、命を落としたようだけど……初めの襲撃の時点で、犯人はお面を投げ付けていたんだ。これは犯人を当てたあとで作者の先輩に確認したことだけど、どうやら被害者は、初めから自室に戻るつもりだったらしい。つまり、出窓の近くで犯人と話ししたあと、被害者は部屋に戻る為に背を向けた──ところへ、般若の面が投擲されたわけだ。

 その後、犯人は廊下に落ちた凶器を拾い上げ、部屋へ逃げ込もうとしていた被害者めがけ、再び投げ付けた。だからこそ、下に付いていた方の血痕──最初の攻撃で付着した血は、ところどころ掠れていたんだ」

 また、クレア・ペナーを待っている間、僕が耳にしたと言う物音は、犯人の投げ付けた凶器が、彼女の後頭部に直撃したのち、廊下に落ちたことを、示していたのだろう。

 が、しかし、実物と同様にかなり愚鈍(にぶ)い作中の僕は──問題編の終盤で、少し閃きかけてはいたものの──、凶器が投擲されたことにさえ、思い至らなかったのだが。

「犯人の投げ込んだ般若の面は、被害者の閉じかけていたドアの隙間を通過し、またしても彼女の頭──右側頭部に直撃。狙って当てたと言うよりも、偶然いいところにぶつかってしまったんだろうね。

 振り返りざまに痛烈な一撃を食らった彼女は、そのままカーペットの上に倒れ込む。凶器はその脚の近くに落下し、間に合わなかったドアがそこでようやく閉じられた。あるいは、犯人が足で押して閉じたのかも知れないが、この辺りに関してはどっちでもいいと思う。──とにかく、犯人は被害者の生死をロクに確認することなく、急いでその場から立ち去った」

 だからこそ、被害者はダイイング・メッセージを残すことができたのである。

「ところで、今の話には、一つおかしな点があるんだけど、わかるかな?」

「ああ。俺にも道筋が見えて来たよ。──君は、こう言いたいんだろ? 突発的な犯行であるにもかかわらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 まさしく我が意得たり、だった。僕は、大きく頷き返す。

「普通、衝動的に物を投げたのであれば、凶器には犯人の指紋が付着してしまうはずだ。そして、いくら吹雪の山荘とは言え、事件が発覚すれば、たちまち警察に通報されることは目に見えている。実際、遅れはしたものの、問題編のラストで、警察はちゃんと現場に駆け付けた。

 それなのに、犯人は明らかに、指紋を拭き取っていない。何度も言うように、凶器に付着した血は──最初に付いたと思われる方は、ところどころ掠れていたものの──、全く途切れていなかった。特に、二度目に付いた血飛沫は、全体に伸びるような具合だったそうだ。犯行後、犯人が凶器に付いた指紋を拭い去ったのだとしたら、ここまで血が残るなんてことは、まずあり得ない」

「だろうな。さらに言えば、凶器を血溜まりに浸して()()()()()()ことも、不可能だった」

「えっ?」

 思わず声を上げてしまった。犯人がわざわざ凶器に血を付け直した可能性など、僕は考えていなかったからだ。

 緋村は意外そうにこちらを見返し、

「何を驚いてんだ? 当然の話じゃねえか。血溜まりは、被害者の頭の方にできていたんだ。対して、凶器が落ちていたのは、脚の近くだった。もし凶器を血溜まりに浸すか落とすかししたとして、やはり血は途切れたはずだからな。どのみち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから」

 言われてみれば。しかし、そんな細かいところまで気にする必要が、果たしてあるのだろうか……?

「一応、角の先端を摘むようにして運べば、脚の近くに般若の面を置くこともできただろうが……その場合、凶器から血が滴り落ちただろう。しかし、そんな形跡は見られなかったようだし、そもそも血溜まりで血を付け直したのなら、『飛沫』にはならなかったはずだ。般若の顔の出っ張っている部分だけ血が付着するか、あるいは念入りに押し付けた場合は、薄く広がるような形になるんじゃねえかな」

 それはわかるのだが──やはり、細かすぎる。この作品を書いた先輩の性格からして、そこまで深く考えてはいないと思うのだが。

「悪かったな、話の腰を折っちまって。続けてくれよ」

「あ、うん。ええっと」頭の中で話を整理したのち、「警察が到着した直後、彼らを現場に案内した際も、特に変わった点は見受けられなかったと言及されている。つまり、『隙を見て指紋を拭き取るつもりだった』と言うわけでもなく、結局犯人は最後まで、凶器を放置したことになる。──途中で幾らでもチャンスはあっただろうし、犯行直後は動揺していて見落としたのだとしても、さすがにどこかで気付いたはずだ。『このままでは、凶器から自分の指紋が検出されてしまう』って」

「しかし、犯人は何も手を打たなかった。それどころか、『事件よりも前に、般若の面を触った者はいるか?』と言う質問に対し、容疑者たちは全員、『触っていない』と答えていた。ここで名乗り出さえすれば、凶器に自分の指紋が付着していても、自然な状況を作り出せにもかかわらず」

 緋村が僕の言いたかったことを先回りする。「道筋が見えて来た」と言う言葉は、嘘ではなかったようだ。

 実際、ここまで来てしまえば、ほとんどゴールしたようなものだった。

「では何故、犯人は指紋を拭き取らなかったのか。それは、こう考えれば説明が付く。犯人には、そんなことをする必要がなかったのだ、と……。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()──換言すれば、『突発的な犯行にもかかわらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』が、犯人と言うことになる」

 そして、この条件に該当する人間は、たった一人しかいなかった。

「作中の僕が事件の発生を報せに向かった際、藤堂は、キッチンでハンバーグのタネを混ぜていた。そして、彼女の両手には()()()()()()が嵌められていた──正確には、手に嵌めていたビニール手袋を脱ぐ描写が登場するんだけど、いずれにせよ、同じことだ。──夕飯の調理は、藤堂がハンバーグ、対馬がポトフを作ると言う割り振りだった。であれば、事件が起きたとみられる時間帯、ハンバーグのタネを混ぜる為にビニール手袋を嵌めていた藤堂になら──突発的な犯行であっても──、指紋を残さずに、凶器に触れることができたことになる。以上の理由から、犯人は藤堂桜だと言えるわけだ」

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