77 ハロルドの結婚式
ハロルドとエミリアの結婚式が近づくにつれ、夜会や茶会では必ず若い二人の話題になる。
ハロルドの温厚さと知性の高さは以前から国内外の貴族たちに知られているものの、マリアンヌとアレクサンドルが心配しているのはエミリアの評判だった。
だが蓋を開けてみれば、伝え聞くエミリアの噂は良いものばかりだ。
「エミリア様は後ろ盾がないものの、ご本人は大変優秀な方だそうだ」
「公爵家が後ろ盾代わりときいたことがあるな。エミリア様が男爵家のご出身と聞いて、王太子妃が務まるのかと心配していたんですが、杞憂だったようですな。さすがはハロルド様が見初めたお方だ」
「先日、王宮でエミリア様とお話しする機会がありましたが、穏やかで優しく、聡明なお方でしたわ」
そんな善き噂話は、国王のグリードとハルベリー王妃だけでなくマリアンヌ一家の耳にも入った。
マリアンヌとアレクサンドルは、胸を撫で下ろした。
「私ね、エミリアさんが出自のせいで批判されるようなら、ありとあらゆる茶会と夜会に乗り込んでエミリアさんの自慢話をして回ろうと思っていたの」
「そ、そんなことを考えていたのかい? そんな事態にならずに済んで、いやあ、よかった」
「そう?」
公爵家の居間で安堵しているアレクサンドル、若干不満げなマリアンヌ。
そんな二人を、ハロルド、ニコラス、フローラが優しい眼差しで見ている。
結婚式の当日になった。
この日が来るまで、ハロルドも批判的な噂が流れることを予想して、エミリアを励ましてきた。
今日も、緊張しているエミリアの手を握って話しかけた。エミリアはごく薄いピンクのドレスで、ハロルドは胸に勲章をたくさんつけ、正装だ。
「君は笑顔で堂々としていればいい。エミリアの才能と努力と人柄は、いずれ皆に伝わる。心配しなくても大丈夫。何があっても、僕たちは二人で乗り越えよう」
「ありがとうございます。ハロルド様が隣で応援してくださるのですもの、例え何を言われても平気です。幸い、私の悪口はまだ私の耳には入っておりません」
エミリアがハロルドを見上げた。
「マリアンヌ様は、困難に立ち向かうとき、どんなご様子なのでしょう」
ハロルドが少し考えた。
「お母さまか……。そうだなあ、『大丈夫大丈夫、なんとかなるわよ』とよく言っていたかな」
「ふふっ。そうおっしゃっている場面が見えるようです。私には天才的なひらめきはありませんが、マリアンヌ様は私の理想の女性なので見習います。『大丈夫、なんとかなるわ』ですね」
「無茶をするところは見習わなくていいからね?」
「それはどうでしょう。無茶も見習ってしまうかもしれませんわ」
エミリアのいたずらっぽい笑顔に、ハロルドは安心した。
不慣れな環境、山のような課題。疲れた顔さえ見せられない状況で無理をしていないか、本当は疲れきっているのではないかと、ずっと心配していた。
ハロルドはエミリアの頬にキスを落として、笑顔になった。
「さあ、行こう。式が始まる時刻だ」
「はい、ハロルド様」
グリード国王とハルベリー王妃、アレクサンドルとマリアンヌが見守る中、結婚式は厳かに進められた。
参列者はこの国の主な貴族と各国の要人。その中にはホランド王国のエドワード王子もいる。
エドワードとフローラの婚約は正式に発表されていて、エドワードの隣にはフローラが立っている。
二人の仲睦まじい様子は、他国からの祝いの使者にロマーン王国とホランド王国の強固な連携を印象づけた。
それだけではない。ニコラスの隣にはアンネガルドが立っている。ニコラスの婚約発表はまだだが、噂はすでに広まっている。
知識と豊穣のロマーン王国、技術と資源のホランド王国。
二つの国が手を取り合ったことは、他国にとっては脅威でもある。どの国の使者もフローラが婚約したという情報を聞いた当時は、「出遅れた」「出し抜かれた」と悔しがったものだ。
結婚式のあとのパーティー会場では、そんな使者たちが噂をしている。
「アレクサンドル公爵様は、子供たちが十五歳になるまでは婚約を決めないというお考えだったのに」
「そう聞いていたから、我が国はフローラ様が十五歳になるのを待っていたのだが」
「ホランド王国にさらわれてしまいましたなあ」
「ロマーンとホランドががっちり結びついてしまっては、もう怖いものなし、という状況ですな」
遠い昔、戦争をしたこともあるホランド王国とロマーン王国は、今や強い絆で結ばれている。
その最初のきっかけを作ったのは、マリアンヌの飛行船だ。
ホランドの研究者たちとマリアンヌが協力して改良した飛行船。それがなければ幼い日のフローラはエドワード王子に出会えていたかどうか。マリアンヌの自動走行機が発明されなかったら、アレクサンドルはホランドから石炭を輸入しようと思ったかどうか。
アレクサンドルはそれを忘れていない。結婚式後のパーティー会場で。「今、君に伝えたいことがあるんだ」と言って話を切り出した。
「ロマーンとホランド、二つの国を結び付けたきっかけは、君が作ったようなものだ」
「それは大げさよ。私の発明がなくても、いずれ両国は手を取り合ったと思うわ。ハロルドが国王になったら、あの子はきっと周囲の国と手を取り合うよう、国を導くはずだもの」
「そうかもしれないが、それを何十年か前倒ししたのは君さ。君は相変わらず謙虚だな。自分の実績に無頓着と言うべきか」
「実績は後からついてくるもので、私の興味はいつも私の前にあるの」
大広間では、本日の主役であるハロルドとエミリアが踊っている。
若さに輝く二人を眺めるマリアンヌの手は、アレクサンドルの手に包まれている。
そこにニコラスが近づいてきた。
「んんっ! 失礼します。お父様お母様、アンダル村から連絡が来ましたよ。川魚の稚魚が無事に育っているそうです。アイガモの雛も続々と孵化していると連絡が来ています」
「よかった。村の皆さんの努力の賜物ね。近いうちにアンダル村に見にいきましょう」
「それと、国立医療学院の校舎はほぼ完成しました。カリキュラムも整いましたから、秋には予定通り授業を始められそうです」
「さすがはニコラス。あれもこれも全部順調なのね。でも今日は結婚式よ? 仕事はその辺にしたら?」
ニコラスがニコッと笑って、両親に「では最後に」と話を続けた。
「僕が中心になって話を進めた学院ではありますが、さすがに十代の僕が代表になるのははばかられます。お父様には理事長になっていただきたいです。僕は事務方面を管理しようと考えています」
「身内で要職を固めてしまっていいのかい?」
「初めての教育事業ですから、軌道に乗るまでは。いずれ優秀な人に席を譲るつもりです」
マリアンヌが心配そうな顔になった。
「ニコラスは夢中になると他のことを忘れがちになるけど、アンネガルド嬢のことを忘れてはだめよ?」
「もちろんです。僕にはお手本がありますから、安心してください」
「お手本?」
「お母さまとお父さまですよ。僕たち兄弟は子供の頃からずっと、理想の夫婦を見て育ちましたから」
アレクサンドルがマリアンヌの肩をそっと抱いた。
「夫婦円満の秘訣は、相手を愛することはもちろんだが、敬意を持つことだよ。一人の人間として、相手に敬意を持っていれば、どうふるまえばいいか、自然にわかるものだ。相手が妻でも領民でも、この国の民であっても他国の民であっても、それは変わらない」
「敬意、ですか。胸に刻みます」
マリアンヌはアレクサンドルを見上げて微笑んだ。
「そうね。アレックスは第二王子だった頃から、私に敬意を持って接してくれていたわ。王族なのに、私に何かを無理強いをしたことは一度もなかったわね」
ハロルドとエミリアのダンスが終わり、会場はダンスをするカップルで埋められた。
「さあ、ニコラス、アンネガルド嬢と踊ってらっしゃいよ。待たせたら気の毒よ」
「そうですね。踊ってきます」
マリアンヌがニコラスとアンネガルドのダンスを眺めていると、アレクサンドルが自分の胸に手を当ててダンスに誘った。
「マリー、僕と一曲踊ってくれるかい?」
「ええ、喜んで」
マリアンヌは差し出されたアレクサンドルの手を取った。
踊りながらアレクサンドルがマリアンヌにささやいた。
「ニコラスに理事長を頼まれてしまったよ」
「楽隠居はまだまだできそうにないわね」
「アンダル村に視察に行くなら、俺も連れていってほしいんだが」
「理事長の仕事は?」
「う。そうだったね。頑張るよ。仕事を持ってアンダル村に行ってもいいんだし」
フローラは成人したら嫁ぐことになっている。マリアンヌが寂しがって落ち込むことがないよう、アレクサンドルは今からマリアンヌに付き添うつもりでいる。
貴族たちの中には「アレクサンドル公爵様は奥様に甘い。甘すぎる」と言う者もいるが、気にしていない。
「マリーがいてこそ、僕の人生は上手く回っている」
それは子供の頃から変わることがない。
そう思っているアレクサンドルに、マリアンヌが微笑みかけた。
「アレックスがいてくれたおかげで、私の人生はとても満たされているわ」
笑顔のマリアンヌを、アレクサンドルがそっと抱きしめた。
5年半前に書き始めた『超!!!天才発明令嬢のパワフル領地改革』(旧題 妹はたいてい憎まれ役)から続く結婚後のお話でした。
マリアンヌの話だけでなく、子供たちの活躍も楽しく書き続けました。
『超天才』編を含め、最後までお読みいただきありがとうございました。
本章は今回で完結しますが、いつか「その後のお話」を追加するかもしれません。
その際はぜひまた遊びに来てください。





