67 ホランド王国での会話 ✤
北の隣国であるホランド王国の王城で、執務中のエドワード第一王子に宰相が話しかけていた。
「殿下、もうそろそろ婚約者をお選びください。陛下は『周辺国の王女と我が国の高位貴族の令嬢七人の中から選ぶなら誰でもいい』とおっしゃってくださったのですから」
「そうだね、ゴードン」
エドワードは山と積まれた書類に目を通しながら、気のない返事をする。
宰相が無言なのに気づいて、銀色の髪をかき上げてから宰相を見た。エドワードが子供の頃、まだ宰相ではなかったゴードンは、城の中で元気を持て余している自分の相手をして遊んでくれた。
今になってわかることだが、ゴードンはあの頃だって暇ではなかった。城壁の外に行きたいと駄々をこねるエドワードを哀れに思って、忙しい中、相手をしてくれたのだ。
「陛下は……焦っておられるのですよ」
「わかっている。このところ、父上は腰の調子がお悪いからね。公式行事に出るのもつらそうだ」
「でしたら殿下!」
羽ペンをペン立てに戻して、エドワードがため息をついた。
「フローラがいいんだけど、ダメなんだろう?」
「ロマーン公爵家の方針で、十五歳までは婚約を決めないと言われましたので。現在フローラ様は保留扱いです」
「僕はフローラが気に入っているし、フローラだって僕のことを嫌ってはいないんだが」
「ロマーン王国の者から聞いた話ですが、フローラ様は殿下を気に入ってくださっているそうです」
「だったらなんで公爵は……。下に女児が生まれたのだから、フローラを婚約させてもいいだろうに」
宰相ゴードンは「んんっ!」と咳払いをした。
「殿下、フローラ様は麦穂の一族ですよ? 無理強いはおやめください。マリアンヌ様や公爵様のお怒りを買うわけにはいきません。あのご夫婦に嫌われたら、どんな結果を招くかおわかりでしょう?」
「わかっているさ。子供のころから耳にタコができるほど聞かされてきた。『麦穂の一族に権力を使うな』『閉じ込めるな』『好きにさせておけ』。でも、フローラはマリアンヌ様とはだいぶ違うぞ?」
「だとしてもです。危ない橋を渡らずとも、他に選べる令嬢はいるのですし」
エドワードは少し考え込んだが、見目麗しい顔をゴードンに向けると優雅に微笑んだ。
「いや、やっぱり待つ。危ない橋を渡ってみたい。他の令嬢にはない何かをフローラに感じるんだ。彼女ならこのホランド王国に更なる活気を呼び込んでくれる予感がする」
「殿下……」
「いいじゃないか、あと四年だろう? 四年後の僕はまだ二十一歳だ。待つよ。僕はフローラを王妃にしたい。父上の公務も、そのためならできるだけ僕が引き受けよう」
「はああ……。さようでございますか。では陛下にそのようにお伝えしてまいります」
「いいよ、僕が直接父上にお伝えする。怒られてくるさ。つらい役回りばかりさせてはゴードンが可哀想だ。君には僕の遊び相手を散々させた借りがあるからね」
エドワードはそう言って執務室を出て国王の部屋に向かった。
国王はエドワードにたっぷり小言を言い、「私がある日突然息絶えることだってあるのだぞ」と脅しもした。
しかしエドワードは殊勝な様子で小言を聞きながらも、他の令嬢との婚約話には首を縦に振らない。
「お前はもっと聞き分けのいい子だと思っていたのだがな」
「聞き分けのいい子供は成長して、こうなりました。フローラを妻に迎えたいのです。彼女には何かある」
「麦穂の一族は富と繁栄をもたらすが、怒らせると厄介だぞ?」
「ええ。フローラを泣かせたりしたら、ニコラスが乗り込んで連れて帰ると言い出しそうです。でもアレクサンドル様は麦穂の一族を妻に迎えて、ロマーン王国を右肩上がりの繁栄へと導いているではありませんか。しかもなかなか子が生まれない王族なのに、四人も子を授かって」
「あの繁栄と子宝は公爵の手柄ではない。夫人の手柄だ」
エドワードは父の心配が垣間見えるような気がした。
フローラを妻に迎えてこの国が栄えたとしても、エドワードが添え物のように思われることを父は案じている。アレクサンドルが今、そう思われているように。
そのことなら正直、エドワードはどうでもいい。フローラの添え物と思われても、この国のためになるのなら気にしない。
(それに、僕はフローラを気に入っているし)
「僕も優秀で可愛い孫を父上にお見せしますので」
「だいぶ先の話になるなあ。それまで私が生きているかどうか」
「父上は必ず生きていらっしゃいますとも。ハロルドとニコラスが国立医療学院を作るそうです。いざとなったらそこを卒業した医者を、我が国に引き抜きましょう」
「どっちにしろだいぶ先だ」
エドワードは「大丈夫。すぐですよ」と答えて明るく笑った。





