4 公爵夫人の作業場
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私の妻のマリアンヌは……
一、とても聡明である
二、尋常ならざる行動力がある
三、隠し事が大変下手
なのだが、今、その三つが全部同時進行している。
しばらく前から難しい物理の本を読み漁ってるなぁと思っていた。その後は朝から晩までひたすら紙に向かって何かを計算し、作業場にこもっていた。
そしてここ数日は私の目をまともに見られないでいる。
これはもう、間違いなく例の計画を実行する気に違いない。あれほどやめなさいと言ったのだが。
なのでこっそりマリアンヌの作業場に行ってみた。彼女は幸い収穫祭の準備で出かけている。婦人会の皆さんと屋台の出し物をあれこれ試作するらしい。
彼女のおかげで我が領地は飛躍的に農作物の収穫量が増えた。とてもありがたい。他の領地からの見学者が絶えないほどだ。
領民たちも妻を信頼してくれていて、何かあるとまず彼女に相談しに来る。俺は?と思うことがなくも無いが、領地運営が万事順調だからそこはこだわらない。
さて、怪しい物は隠してないだろうか。私が却下したあの実験に使うような物は……無いようだが。マリアンヌは諦めて……ないだろうなぁ。
安心したような拍子抜けしたような気持ちで妻の作業場を後にしようとして、見慣れないミシンが置いてあるのに気づいた。隣に大量の薄い絹の布地が置いてある。
発売されたばかりのミシン?マリアンヌは洋服作りをしたっけ?彼女は不器用ではないけれど、常に思考が三歩、いや、五歩ほど時代の先を行く人なので、彼女が絹のドレスを作ったのなら絶対に気がつく作品になってるはずなんだが。
首をかしげながら作業場のドアから出ようとしたら長男のハロルドがじっとりした目で私を見上げて立っていた。
「おやハロルド、王宮からもう帰ってきたのかい?今日の勉強はどうだった?」
「勉強はまあまあでした。お父様はお母様の作業場に入ったのですか?お母様はそれをご存知ですか?」
「いや、知らないと思うけれど」
「僕もニコラスもお父様の執務室には黙って入ってはいけないと言われています。お母様の作業場もです。お母様は『お母様の作業場はお父様の執務室と同じよ』っていつもおっしゃってます」
「うん。そうだね。私も今後は気をつけるよ」
「親しき仲にも礼儀ありです」
「ねえハロルド、それは誰に教わったのかな?お母さまかい?」
「いいえ、カタリナ伯母様に教わりました」
「なるほど」
ハロルドは義姉のカタリナに溺愛されているのが影響したか、それともランドフーリア伯爵家の血筋がそうさせるのか、六歳にしては理路整然とした話し方をするようだ。
「ただ今帰りました」
玄関ホールから愛しいマリアンヌの声がした。
「おかえり、マリー」
「ただいまアレックス」
互いの頬に軽く口付けて抱きしめ、私がマリーの顔を覗き込んだ。もちろんわざと。すると案の定マリーは素早く目を逸らす。ふむ。
「おかあさまぁ」
走ってきたハロルドとニコラス、メイドのレイアに抱っこされたフローラにも挨拶をしてマリアンヌが慈母の顔になる。
夕食の席で、マリアンヌが楽しそうに収穫祭の話をしてくれた。屋台を十数台も出して、全部違う食べ物を売るのだそうだ。
「野菜料理でしょ、肉料理、魚料理、飲み物にデザートもあるのよ。それぞれ領民の方が自慢の品を売る予定なの」
ツルッとしたゆで卵みたいな白い顔で楽しげにしゃべるマリアンヌはいまだ少女のようで愛らしい。
「お母様、カタリナ伯母様が屋台で売るものの値付けはちゃんと市場価格を調べてからやりなさいっておっしゃってましたよ」
「あらハロルド、いつのまに姉さんに会ったの?」
「今日、伯母様がご用事で王宮にいらっしゃったのです。ついでに僕の顔を見に来てくれました」
「値付けねえ。お祭りだから安くてみんなが買える値段ならいいと思うんだけど」
そこでニコラスが一生懸命という感じに会話に参加してきた。
「おかあさま、よそからたくさん、人が来るのでしょう?あれをバーンとお披露目するのでしょう?」
バーンとお披露目?なんのことだ?マリアンヌを見ると赤くなってオロオロしている。
「マリー、食後に執務室に来てくれるか?」
「え、ええ。わかりました。執務室ですよね、はいはい」
「アレックス?来たわよー」
妙にニコニコしているマリアンヌがドアから顔だけ出している。
「こちらにおいで」
「はーい」
マリアンヌはドアから入って私から一番遠い場所に立つ。可愛くてうっかり笑いそうになる。
「そこじゃないでしょ、ここに来なさい」
しかめ面で膝を指さすと目を泳がせながら近づいて来る。可愛い。マリアンヌは困った顔で私の膝に横向きに乗り
「これでいいのかしらね」
顔を赤くして独り言を言う。マリアンヌを後ろからそっと抱きしめて
「さて。私の可愛い奥さんは何をたくらんでいるのかな?話してくれるまで膝から下ろさないよ?」
「ひゃー」





