39 楽しく生きなきゃ人生もったいない
エドワード王子が帰国した。
ホランド王国でも公開庭園とそれに隣接した療養所を作りたいと言ってた。そこにはツリーハウスは欠かせないそうだ。
ツリーハウスに関してニコラスは「それは僕が考えた」とは言わなかった。理由を尋ねたら「それを言ったらあいつはツリーハウスを作らないかもしれないでしょ?それは残念だからね」と言う。
大型の浴槽でくつろぐ施設、入浴場は無事に完成した。
宿泊施設の隣にまた土地を追加で買って建てた。
多くの人が使う浴槽だから、マナーを決めて受け入れてもらうのが少し大変だったけれど、そんなことは当たり前の苦労だと宿泊棟責任者のジークに言われた。
「その施設を育てるのがお客様なら、お客様を育てるのも施設で働く人間の仕事です」
専門家の言葉は、いつも私に新しい学びを与えてくれる。
アイゼンさんの遺志で増設された療養所は、貴族にも平民にも人気だ。今後は今の料金を払えない人々のために集合型の施設を新たに建てようと思う。
そちらは、計算の結果、戸建ての療養所の五分の一の料金で入れる。しかも支払いは分割払いで催促なし。
「いっそ無料にすればいいのに」とニコラスが言うけれど、それだと暇な人が遊びがてら入ってしまって、本当に療養所を必要とする人が利用できなくなる気がする。
家族に関することに変化もあった。
まだ本決まりではないけれど、ホランド王国のエドワード第一王子の婚約者としてフローラの名前が上がった。
「いやだなぁ。あいつが身内になるのは」
ニコラスが本気で渋い顔をしている。
フローラは満更でもない顔で「どうしましょう」と言っている。
「エドワードは性格悪いんだぞ?」
ニコラスがブツブツ文句を言ってたら、ハロルドが「いや、そんなことはないよ」と言う。
「他の国にはどうしようもないクズ王子がいるんだ。エドワードはまともだよ。ニコラスとやりあうためにロマーン語を必死で覚えたそうだ。ニコに憎まれ口を言ってるけど、ニコのことを本気で嫌ってたらこの国の言葉を覚えたりしないさ」
「ふうん。そうなの?」
私とニコラスが二人の時に「本当はエドワード様とフローラのことはどう思っているの?」と聞いてみた。
「ハロルド兄さんの言うことが本当なら、あいつがフローラと結婚するのを邪魔する計画はやめておくけど。実はね、犯人は僕ってすぐ気づかれるけど絶対に証拠は見つからない方法でいろんなことをやってやろうと思ってたけど、フローラが泣いたら可哀想だし」
「そ、そう。それはよかった。エドワード様は他国の第一王子ってこと、忘れないでね」
「はあい」
ニコラスはたぶん本気で嫌がらせはしないはず。たぶん。
ハロルドは十六才になり、王太子として外国に対しても公式行事に出るようになった。
ニコラスは十三才。次の公爵としてアレクサンドルから領地経営を学んでいる。
ニコラスが作った奨学金制度は、領地の高等学園への進学率を押し上げた。
「どうせ勉強しても農民の子だと先がない」と諦めてた子たちに「努力と才能で自分の未来が広がる」と理解してもらえたようだ。
我が家の資金を活用すべき、というのがニコラスの主張だった。
「優秀な人材は我が領地にとっても王国にとっても財産だよ」と言って。
フローラは十才。とりあえずソファーの下に潜るのとツリーハウスから飛び降りることはレイアから厳しく禁じられている。
レイアに「お嬢様がやんちゃをなさるのは私のお世話が至らなかったせいでございますね!」と悲しそうに言われると弱いらしい。フローラはレイアが大好きだから。
「マリアンヌ、我が家で今一番のお祝い事であり心配ごとなのは、君の中に四番目の赤ちゃんが授かったことだからね」
「そうね、アレックス。無事に出産までたどり着くよう、気をつけるわ」
私に四人目の子が授かって以来、みんなに心配されている。
妊娠がわかるまでは忙しくバリバリ働いていたから、家族と使用人のみんなが「なんてことだ!」って慌てたのだ。
その日から私にはメイドが常に二人付き添ってる。動いてもいいけど重いものを持ったり高いところの物を取ろうとする時は、メイドが頑張ると散々言われた。
四人目とはいえ私は三十六才で、お医者さんがおっしゃるには「マリアンヌさまはお体に問題はないけれど、二十代と同じように働きすぎては駄目」ということだった。
四十一才のアレックスはもう、過保護に次ぐ過保護。でも嬉しそう。
私は婚約を申し込まれた時に「私とあなたの血筋をこの世にバンバン広めましょう」と言ったけれど、まあまあ約束は守れたと思う。
この国で四人の子持ちはそう珍しくないけど、王族の中では奇跡的な数だ。
ニコラスは以前から宣言していた通り、明日出発してあちこちを旅するそうだ。一人でリュックひとつで行くつもりだったらしいけど、それはアレックスが許さなかった。公爵家の跡取りだものね。
警護の騎士さんたちから希望者を募って四人の警護をつけることになった。
長くても一年間とアレックスに釘を刺されていたが、ちゃんとそれを守ってくれるといいのだけど。
アレックスが警護のことでぼやいていた。
「ニコラスの警護なんだけどね、募集に応じる独身の騎士が多すぎてくじ引きにしたよ。くじに外れた騎士たちが悔しがってたな。ニコラスの警護は遊びじゃないのに」
ニコラスがここに帰ってくるころには赤ちゃんも生まれてる。
家族そろって見送ったとき、ニコラスが笑顔でこう言った。
「みんなの人生も僕の人生も、面白くなるのはこれからだよ。じゃ、行ってきます!」
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ニコラスを見送って、ちょっと気が抜けてしまった。
アレックスは「僕も旅に出たい時期があったよ」なんて笑うけど、初めて我が子を一人で旅に送り出すのは不安だ。正確には一人じゃなくて屈強な騎士さんたちが付いているけど、やっぱり不安。
おなかの赤ちゃんはまだ三ヶ月。あとふた月はあまり働きすぎてはいけない。無事に生まれますように。
それと、淑女教育があまり身に付いていないフローラの教育、どうにかしなくちゃ。
カタリナお姉さまが張り切っていらっしゃるからお願いすることになると思うけど、もしかするとフローラがホランドに行ってしまうかもと思うと、今はたっぷり甘やかしてあげたい。
ニコラスが考えた奨学金制度は素晴らしい仕組みだと思う。
今年は十人を募集したけれど、来年はもっと増やしたい。領民の教育こそが我が家にとっても国にとっても財産だもの。
これからもやりたいことがたくさんある。
公爵夫人として、母として、一人の人間として、これからも楽しんで生きなきゃ。
楽しく生きなきゃ一度しかない人生がもったいないもの。
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このお話の続きは「ハロルドの恋」 https://ncode.syosetu.com/n2782gs/ になります。
そしてさらにその先は本作の新章「マリアンヌと4人の子供たち」となって話は続きますが、新章はもう少しお待ちください。