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34 アイゼンとフローラ

 翌日の朝、アイゼンたちが林の中で食事をしようかと建物を出ると、アイゼンの建物から散策路に出るまでの全ての段差に木製の段差カバーが置かれていた。昨夜のうちに作って置いていったらしい。

 アイゼンはしばらく無言でそれらを眺めていたが、車椅子を押していた従僕に話しかけた。


「これこそが真のもてなしだろうな。贅沢な物を揃えられるよりもはるかに心を打たれる。ここまでよく気がつくものだよ。これはやはり彼女の発案だろうかね」

「おそらくは」

「赤の他人なのに親身になってくれる」


 従僕は返事ができなかった。アイゼンの妻は看病の全てを使用人に任せていたのはもちろん、長く贅沢をさせてくれていたアイゼンが自由に動けない体になると一人で頻繁に遊びに出るようになった。

 今回ここに来たいとアイゼンが思ったのも、あからさまに迷惑そうな妻の眼差しを見るのに疲れたからだ。


 政略結婚とは言え、そんな妻を選んだのも、そんな関係しか築けなかったのも自分だと諦めて、アイゼンは静かに最後の時間を過ごせる場所を探していた。そしてここにたどり着いた。


 アイゼンは自室に運ばれる食事よりも気取らない屋台の料理を好んでいた。料理がアツアツなのも気に入っている。

 今日は香辛料を贅沢に使った海老の串焼きとカップに入れられたトマト味のスープ、井戸水で冷やされた季節の果物を従僕と共に楽しんだ。


 満足して帰る道すがら、「そうだ、ツリーハウスとやらを見てみよう」と思いついて遠回りをした。

 開園直後なのにツリーハウスは沢山の人が集まっていた。大人も子供も笑顔で木の上の小さな家に出たり入ったりしている。


 室内の様子は見えないながら、丁寧に自然の材料を使い安全に配慮して建てられていることがわかる。万が一上から落下しても途中に張られた網が受け止めるよう工夫されていた。

 親子連れで混み合う中、貴族らしい少女がメイドの女性と二人でツリーハウスを眺めていた。


「お嬢さん、ツリーハウスに入らないのかい?」

と声をかけると黒髪黒目の美しい少女はこちらに駆け寄って来た。


「こんにちは。私はこの隣に住んでいるので、いつでも遊べますから。今日は見ているだけです。それ、もしかしたらお母様が作った車椅子ですか?使い心地はいかがですか」

「おや、公爵家のお嬢さんでしたか。そうですよ、これはあなたのお母様が作ってくれました。とても使い心地が良くて助かっています」

「なら良かった!」


 賢そうな少女は笑顔になると

「療養所を利用されているお客様ですよね?」

と尋ねる。


 そうだと答えると中の様子をあれこれ質問する。メイドが小声で注意しているが目を輝かせて話をしたがっている様子が可愛らしい。


「おや、まだ中を見たことがないのですか。それなら私と一緒に来ますか?」


 そんなやりとりがあり、今はアイゼンの利用してる部屋の中だ。

 少女を注意していたメイドも少女と一緒になって部屋の中を見回していた。


「とても安らぐ部屋です。医師も常駐しているし、あなたのご両親には感謝しているんですよ」

「それは良かったです。申し遅れました、私はフローラ・ド・ロマーンです」

「私はアイゼンです。お茶はいかがですか?」

「はい、いただきます!」


 会話は弾み、アイゼンの部屋を出てからも、家に向かう道すがらフローラはアイゼンの顔を思い出していた。あの方は自分が重い病だと言っていた。

 そんなつらい状況の人が楽しく暮らせる場所を提供した父と母を誇りに思った。


(私もそんな仕事をしたい)


 この先どうしようと思うことが度々あり、考えていた。フローラは母のような働く人になりたかった。

 話をしながらアイゼンさんの笑顔を見ているうちに、自分もいつかは苦しむ人の役に立ちたい、と思った。



 アイゼンはロマーン王国の東に位置するエンデン王国の貴族だった。家督を息子に譲り、のんびり暮らして数年目に病気が見つかった。

 体力が残っているうちにと旅行がてら軍隊時代の腹心だったカールに会おうとロマーン王国に来たのだが、再会したカールは仕事をしていると言う。


「仕事は引退したと言っていたではないか」

「公爵家が広大な庭園を無料開放していて、そこに付随するゲストハウスや療養所で働く者の指導をしているのです」

「療養所ということはまさか伝染病か?」

「いえ、違います」


 療養所の説明をカールから聞いて、公爵夫人の「病んでいる人には心安らげる場所を、看病疲れの家族にはその間に休める時間を提供したい」という考えに深く共感した。

 その場でカールに利用を申し込めないか頼んだ。


 この国の人間ではない自分が利用することで、ロマーン国民の利用希望者を押しのけていると思えば申し訳なく、身分を明かしていないのも心苦しい。


「しかし、ここの居心地の良さを知ってしまうと、もうあのひんやりした家に戻る気持ちにはなれんのだ」


 主と従僕は療養所で二人の静かな暮らしを続けた。

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