27 兄弟の絆
公爵家の居間で顔を合わせているのはニコラス、マリアンヌ、フローラの三人だ。ニコラスが早口で喋っていた。
「僕ね、ずっと思ってたんです。なんで整然とした庭ばかりなんだって。綺麗な曲線、綺麗な直線。雑草なんて一本もない。自然の素材を使って不自然な庭を作り上げるより、自然の美しさに気づけるような庭がいいと思うんです」
「ニコ、えーと?」
「だから僕も参加させてくださいお母様。自然の林を利用した開放庭園づくり。実現したいアイデアがたくさんあるんです」
フローラがそこに割って入った。
「お兄様、これはお元気になられたお母様のお楽しみなのよ?横からかっさらうのはよくないわ」
「かっさらうなんて言葉、誰に教わったんだい?フローラ」
「小説を読めば書いてあるわ。お兄様は地図と図鑑ばっかり見てるから知らないのよ。お兄様、お母様のお楽しみを横取りするのは私が許さないんだから」
「ストップストップ!喧嘩しないでよ。みんなで参加すればいいじゃない」
「お母様、みんなって、僕の他に誰が?」
「フローラよ」
「はあぁ?フローラ、お前、お前、自分を棚に上げて」
「だからストップって!ニコラスとフローラが参加するならハロルドも参加したいかしらね?」
急に子供たちが黙り込む。
「え?なあに?ハロルドは庭づくりは興味がないかしら。忙しいから無理かしらね」
「そうじゃなくてね、お母様」
フローラが途中で言い淀む。続きをニコラスが引き継いだ。
「ハロルド兄さんは庭づくりより『そこは何か美味しいものを売ってたりするの?』って言う気がする」
「まあ、それならそれでいいんだけど」
その夜。ハロルドの部屋で兄弟が会話している。
「ニコラス、開放庭園はどうなった?」
「僕とフローラが参加することになったよ」
「そうか。僕は参加できそうにないから頼んだよ。お母様が疲れてるようなら必ず休憩を取るようにしてくれるかい?まだまだ完全に回復したとは言えないと思うんだ」
「うん。気をつける。また何かあったら相談してもいい?」
「もちろんだよ。フローラはお母様に負担をかけてないかい?」
「今のところは。フローラが負担をかけそうになったら僕がなんとかするよ」
「助かる」
マリアンヌが心を弱らせた時、まだ一歳だったフローラはあまりよくわかってなかった。
ハロルドは王宮での勉強が忙しくて昼間は家にいなかった。一番寂しかったのはニコラスかもしれない。元気な頃の母親を知っていたし、一番甘えたい時だった。
ある時、大人の前ではいつもクールにしているニコラスが、いっそう喋らなくなっていることにハロルドは気づいた。
ニコラスのことはアレックスも心配していたが、ハロルドが
「ニコラスのことは僕に任せて。お父様はお母様を守ってあげて」
とニコラスの世話を買って出た。
毎晩一緒にベッドに入ってはおしゃべりしたり、それぞれ本を読んだり、お母様が元気になったらこんなことをしよう、あんなこともしようと話し合うことでニコラスの寂しさを労っていた。
ニコラスもその思いやりが嬉しくて、兄弟は以前よりも強い絆で結ばれた。
そんな兄二人の仲の良さに毎度焼きもちを焼いているのがフローラである。
仲間扱いされず、何かというと赤ちゃん扱いされるのがとにかく面白くないフローラは、体を動かすのが好きなのもあって馬術にのめり込んでいた。レイアに「レディの嗜みの域を超えた練習量ですよ」と注意されるぐらい馬が好きだった。
マリアンヌが元気になってきたことで、フローラが一気に甘えて負担をかけるのではないか、と心配したハロルドが、
「僕のいない時にフローラがお母様を疲れさせないように見ていて欲しい」
とニコラスに頼んだ。
その話をニコラスから聞いたアレックスは子供たちの成長ぶりに驚く。
そして一人の時にその言葉を思い出しては思わず目を赤くした。
守るべき存在だった息子たちが、いつのまにか兄弟で力を合わせて母を守ろうとしている健気さ。それは心労のアレックスの涙腺を直撃するのだ。
「子供たちを育ててるつもりで僕の方が育てられてるようだ」
ある時、アレックスは庭師のトムにそう言って息子たちの優しい行動を話したことがあった。マリアンヌと子供たちを我が子と我が孫のように慈しんでいるトムは、
「そうですか、坊ちゃんたちがそんなことを」
と言って男泣きに泣いたものだ。
マリアンヌは公爵邸においてみんなの心の中心にいたのだと、皆が思い知った四年の闘病期間だった。
翌朝の朝食時、マリアンヌがハロルドに尋ねた。
「ハロルドは開放庭園で何かやりたいことがあるかしら。あったらお母様に遠慮なく言ってね」
するとハロルドは目玉焼きを食べながら
「そこは、何か美味しい食べ物を売る場所はありますか?」
とモグモグしながら答えた。
フローラがいきなりブバーッとお茶を吹いた。
彼女がレイアとアレックスにこってり叱られたことは言うまでもない。