21 ホランド旅行
僕は浮かれている。
お母様にホランド行きをねだった時は駄目で元々だったのに、あっさり国外の旅に出られた。お兄様には悪いけどワクワクが止まらない。
ホランドの王宮での退屈な挨拶や会談も我慢できた。フローラは我慢できなかったけど、赤ちゃんだから仕方ない。僕はもうすぐ四歳だからあのくらい平気だ。
ホランド王国は工業国だ。昔は牧畜が主な産業で貧しい国だったらしいけど、優れた政治で国力を付けたのだと本で読んだ。
今日は伯母様の旦那さんのピーター伯父様が王都を案内してくれている。お洒落なガス灯が並んでいる大通りには自動走行機が沢山走っている。
あ、あのお店は何を売っているんだろう。え?自動走行機の後付け部品の専門店?なにそれ絶対行きたい。
え?お菓子の店でお茶するの?さっき王宮でお茶飲んだのに?お菓子も食べたでしょ。持ち帰りじゃ駄目なの?駄目ですか。もー。
夜、僕たちはピーター伯父様の実家に泊まることになっていた。王宮に泊まるように勧められてたらしいけど、「子供たちに他家に泊まる経験をさせたいから」とお母様が言って辞退したらしい。
でも本当は社交が苦手なお母様の作戦だと思う。僕も王宮より伯父様の実家の方がいい。そこはピーター伯父様のお兄さんの屋敷で、気球に送風機を取り付けるアイデアを出した人の家だ。
夕飯のあと、僕とお母様はそのアーティボルト・ヴィンスさんに工房を案内してもらった。
お母様の作業場と違ってここはなんていうか、整然としてる感じ。それを言ったらお母様が赤くなって僕をちょっと睨んだ。
「ニコラス様、私たちはマリアンヌ様を尊敬しております。誰かが考え出したことを手直しするのと、何も無い所から生み出すのとでは天と地ほどの違いがあります。お母様の発想にはきっと色んな物が必要なのですよ」
なるほど。
アーティボルトさんの工房に見たことがない機械が沢山あって、僕は夢中になって見て回ってた。
アーティボルトさんは気前が良くて、僕が興味を持って質問した物の部品をその場でいろいろプレゼントしてくれた。なんていい人だ!
あんまり楽しくてはしゃいだからその夜はベッドに入ったらすぐに眠ってしまったけど、眠る時も枕元にお兄様が持たせてくれた「冒険セット」を置いて寝た。いつ敵が来てもいいようにね!二十人も護衛がいるから来ないだろうけど。
翌朝、お母様はこの国の貴族とお茶しなくてはならないとかで、どんよりした顔で出かけて行った。
お母様に貴族流のもてなしをしても無駄なのに。お兄様が「お母様は社交界に興味がないから僕が王宮で習った貴族の派閥の話をすると、聞いてはくれるけど、すぐに死んだ目になる」って言ってたよ。
今日は僕とフローラはレイアと一緒に牧場に行く。前から決まっていたことで、美味しいチーズやミルクの試食、乳搾りと羊の毛刈りの見学、毛糸を紡ぐ体験だって。
僕は一応王位継承権があるからロマーンの警護騎士が十人とホランドの騎士も十人付いてくる。ロマーン側の責任者のライドさんは顔見知りだ。
「ニコラス様、本日もよろしくお願いします」
「ライドさんおはよう。僕は聞き分けがいいから楽にしていていいよ」
ライドさんは笑って「それは助かります」って言ってた。
美味しいチーズやチーズケーキを食べてフローラはご機嫌だ。僕もチーズは大好きだから全種類を食べた。
「次は乳搾りでございますよ」
レイアってこういうとこ来ると楽しそうだ。
牧場の人に連れられて牛舎に入ったら、騎士さんたちの雰囲気が怖かったのか、牛たちが騒いでた。
通訳の人が
「いつもは大人しいのですが、申し訳ありません。牛が落ち着かないと乳搾りは危険なので中止にしましょう」と言う。
そしたらフローラが怒って「ちいしぼいー!ちいしぼいー!」と騒いだ。
乳搾りが見たかったらしい。乳搾りが何だか知らないくせに。赤ちゃんは困るね。
牛が落ち着くのを待って牧場主さんの乳搾りを見学していたら、レイアがソワソワしてる。
「レイア、乳搾りしたいの?」
と聞いただけなのにレイアは
「あら。よろしいんですか?」
なんて言う。よっぽどやりたかったみたい。
牧場主さんに勧められてレイアが乳搾りをしたら、すごく上手だった。人には必ずひとつは得意なことがある、とトムさんが言ってたけど、本当だな。
問題はその後。フローラもやりたがった。わざと乳を絞らずに置いておかれたらしい母牛のお乳はもうパンパンで、牧場主さんとレイアがちょっと絞ったあとはピャーッとお乳が勝手に細く出てた。
そしたらレイアと一緒に乳搾りをするはずのフローラが、いきなりそれにかぶりついて顔も服もミルクだらけにしてゴクゴク飲んじゃって、ゲホゲホむせて大騒ぎになった。
沸かしてないミルクだからおなかを壊すんじゃないかって、レイアがずっと心配してた。子守メイドは大変な仕事だな。
そして僕はミルクだらけになって牛のお乳を直接飲んでケタケタ笑ってる妹がちょっと怖いっていうか、いつかこいつに倒されて負けるかもって思った。
そんなわけで、僕は楽しく過ごしていたんだけど、その日の夕方、ホランドの王子たちがアーティボルトさんの屋敷に遊びに来たんだ。