18 王の器
翌日。
ガイヤー将軍の部屋に呼び出しがあり、グリード国王がいる部屋へと連れて行かれた。
国王の隣には少年が並んでいた。
ガイヤー将軍が頭を垂れる。
「楽にしてくれ。今日は我が国の未来の王を紹介しよう」
紹介を受けてハロルドが挨拶をする。
「ハロルド・ド・ロマーンです。はじめまして将軍」
ゴルデス語での挨拶を聞いて、ガイヤー将軍の目が一瞬、驚きで見開かれた。が、そのままゴルデス語で言葉を返した。
「ガイヤーでございます。お父上はたしか……」
「はい、私の父は王弟のアレクサンドル・ド・ロマーン公爵です。そして今回活躍した飛行船や自動走行機の開発者は私の母、マリアンヌ・ド・ロマーンです」
「なんと母上が。陛下、優秀な血筋が国の頂点に立っている。貴国の将来は安泰ですね。羨ましいことです」
「私は弟に比べたら普通ですよ。弟はまだ三歳ですが、将来はきっとこの国を今より豊かにするはずです」
少年の弟自慢が可愛らしく、思わず微笑むガイヤー将軍にグリード国王が告げる。
「ゴルデス軍をあの窪地に誘い込んだ作戦の発案者のうち、一人は彼の弟なんだ。この国の地形が全て頭に入っているらしくてね。先に発案されて参謀本部の者たちは悔しがっていたよ」
「まさか」
「まあ、そのうちわかる。このハロルドが王となる頃にはその弟ニコラスも心強い助っ人となっているだろう。
ガイヤー、王の私が言うのもおかしな話だが、王家の血筋など飾りに置いておけば良いのだ。民の幸せに必要なのは国を導く能力だよ。
君がゴルデスを治めるのなら我が国とホランド王国が後ろ盾となり、ゴルデス国の崩壊を防ぐ。食糧と医療、民の教育の支援もしよう。
愚鈍な王への忠誠心など、犬にでも食わせてしまえばいい。あなたの決断に期待している」
そう言うとグリードはハロルドを連れて部屋を出ようとしたが、ハロルドは手に持っていた一冊の本をガイヤーに手渡した。
「この本には私の母上の先祖の発明の数々と一族の歴史について書いてあるんです。ホランド王国出身の伯父様の本で、伯父様も一族なのです。良かったら読んでみてください。前王様はこの本を、為政者が読むべき本だとおっしゃってました。
ガイヤー将軍、私はこの本に書かれているような国民の力を生かす為政者となり、この国を平和で豊かな国にするつもりです」
ハロルドはそう言うと部屋を出て行った。
「麦穂の一族」と書かれた本を手に取ったままガイヤーは心底驚いていた。
なぜならグリード国王だけでなくハロルドも最初の挨拶から部屋を出るまで、ゴルデスの言葉を流暢に話していたのだ。
「そうか、あれが、この国の次の王か……」
母国の王子を思い出した。あの王子が政治であの子に敵うわけがない、それだけは確信した。
部屋を出たグリードは、若い頃のことを思い出していた。弟アレクサンドルの初恋相手に興味を持ったが「マリアンヌが国外に逃げたら国の損失だ。あの娘にしつこくしてはいけない」と母に釘を刺されたことだ。
「母上はまるで二十年後の今が見えていたかのようだな」
「伯父上、なんのことです?」
「なんでもないよ、ハロルド。今日はあと三人ほどゴルデスの将校たちと話をするよ」
「はい!」
「ゴルデス語が随分上達したな」
「ありがとうございます。外国語の勉強は大好きです」
ハロルドはマリアンヌやニコラスのような天才肌ではないが、地道な努力を惜しまず、温厚で、常に国の未来を考えている。きっと良き王となるだろう。
前王である父がハロルドを次の王にと望んだ時は「ニコラスではなく?」と思ったが、今になるとわかる。
「まったく、私は父にも母にも上手く転がされているではないか」
「ロマーン王国を繁栄に導いた賢君」として名を残すことになるグリードだが、この時は(自分はまだまだ王として未熟)と思っていた。
□ □ □
グリード王との面会から数時間後。
文武に優れるガイヤー将軍はロマーン語で書かれた本を読み終えていた。
天才達の功績の素晴らしさにも驚いたが、天才達の力を遺憾なく発揮させ、国の発展へと活用して来た為政者たちの慧眼に感心していた。
天才達を便利な駒として搾取し使い潰すのではなく、自由に羽ばたかせるのは簡単ではないだろう。自由に発明をする空気がホランド王国にもロマーン王国にもあったのだ。
飢えていたら発明など考える余裕も生まれまい。国民は生かさず殺さず、と家畜のように考えているあの王では、ゴルデスに明るい未来は無いのだ。
「なるほど。政治の世界に斬り込むのも面白いかもしれないな。しかし、我が国が生まれ変わるには、やらねばならないことがどれほどあるか」
これから為すべきことについて、一人考え続けるガイヤー将軍であった。