16 ゴルデス王国軍
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アレクサンドルが作戦を提案してから三ヶ月が過ぎたある日。
「どうも嫌な予感がする」
ゴルデス王国軍のガイヤー将軍が馬上で独り言を言う。
ロマーン王国を攻め落とすために国を出てきたが、考えていたよりだいぶ楽に敵国の辺境軍を破ることができた。
勇猛果敢なはずのロマーンの辺境軍が早々に見切りをつけて引き下がった。応援に来るはずの近くの領の軍隊も姿を見せない。
「簡単すぎる」
ガイヤー将軍は平民からのし上がった男だ。こういう時の違和感を無視しなかったからここまで生きてのし上がって来られたのだ。
将軍は長く伸ばしてひとつに縛った黒髪を垂らした大男で、顔には右のまぶたから鼻を通って左頬まで続く長い傷がある。見た目は恐ろしいが部下には慕われている。
「エルビン!斥候からの報告は?」
「はっ!最新の報告では異常なし、と」
(考えすぎか?ロマーン王国は昼寝を貪る獅子に成り下がったか)
しかしガイヤー将軍が予定していた街道に差し掛かった時、崖の上から岩が大量に落とされた。
「退け!退けぇぇ!」
危うく潰されそうになったものの、間一髪で避けられた。
「つまらん手を使いおって」
嫌な予感はこれのことかと、先程心をよぎった疑問は心の隅に追いやった。
道を引き返し、別のルートを選んで進む。しかしその道も重装備の軍隊が通れないように大きく道が掘り下げられていた。片側は切り立った崖、反対側は崩れやすい急斜面。人はともかく馬は通れない。
「姑息な。こんなやり方しか出来ない弱腰の奴らだ、平原を通ればこんな手は打てまい。待ってろ、すぐさま叩きのめしてやるわ!」
こうしてガイヤー将軍率いる五千人の軍隊は、平原を貫く一本道を進み始めた。
□ □ □
ゴルデス軍の後方。
空に浮かぶ一艘の飛行船が、はるか上空から敵国の動きを見張っていた。乗っているのは若い軍人だ。ひたすら操縦を練習して鍛えられた四十人のうちの一人だ。
上空から見下ろせば、数千の敵軍が蟻の行列のように見える。
「まさか頭の上から見られてるとは誰も思わないよな」
若い兵士が鏡を持ち上げ、決められている方向へと光を反射させた。
「合図が来ました!敵軍、範囲内に侵入!」
「よぉし。二号機、三号機、四号機、行け!」
ゴルデス軍からかなり離れた森の中からフワッと三機の飛行船が上昇を始めた。送風機を下に向けているのであっという間に上空に昇っていく。
ゴルデス軍が通り過ぎるのを待って次々と周囲の高い位置から飛行船が浮かび上がり、二十機が敵軍の後ろを半円形に囲んで浮かんで行動の時を待っている。
やがてゴルデス軍全体が平原の中央部に入った。そこは元の川床で、永い時間を経て川の水が地面を侵食し、地を歩く者には平たいように見えてはいるが緩やかな窪地を形成していた。
平原の周囲は侵食から逃れて高い位置に森を育てている。騎馬隊が高い位置の森から出てゴルデス軍を襲おうとすれば、早い段階で姿は丸見えになる。だから四方を見張りながら軍隊は進んでいたのだが。
「あれはなんだっ!」
一人の兵士の叫び声を聞いて周囲の兵たちが彼の指さす方を見る。
右前方に大きな何かが音を立てずに次々浮かび上がっていた。巨大で細長いそれは真っ白で、兵士たちはその姿に驚きと恐怖を感じて馬を止めた。
「なんだ?」
兵士の前方三分の一の場所にいたガイヤー将軍もそのあまりの大きさと「巨大で羽もないのに空中に浮かんでいる」という常識外れな事態に頭が追いつかずにいた。
「後退!後退だ!」
「全軍後退!後退せよ!」
ガイヤー将軍の命令が次々と伝達されて軍隊が後方へと向きを変えて動こうとした時。
ドーンッ!ドーンッ!ドーンッ!
戻ろうとした後方に爆発が起きた。馬たちが怯えて暴走しそうになり、騎馬兵は制御に必死だ。
歩兵たちは(いったいどこから攻撃された?)とキョロキョロしていたが
「うわわわわっ!」
数人の歩兵が腰を抜かしたように上を見上げながらへたり込んだ。
退却しようとした後方の上空に、巨大な白い物が整然と半円を描いて浮いている。そしてその白い巨体にはロマーン王国の紋章、羽を広げた鷲と王冠が紅く鮮やかに描かれていた。
「まさか上から?」
驚いて固まっている兵士たちの一人がそう呟くと同時に浮かぶ物から何かが落とされた。
ドーンッ!
「その通り」と返事をするように爆発が起きた。
「撃て!撃てぇ!」
指揮官の号令で歩兵が慌てて銃を構えて一斉に撃つ。しかし。
「ダメです!弾が届きません!」
「そんなっ!」
四回目の爆発を合図にしたか、二十機の飛行船がゴルデス軍を取り囲む位置に移動しながら時折り爆弾を落とした。
ゴルデス軍は爆発に追い立てられて次第に一箇所に集まって行く。
気づけば本来の進路の前方にも二十機の飛行船が浮かんでおり、ジワジワと半円を縮めながら時折り爆弾を落として来ている。
「くそっ!あんなものを真ん中に落とされたら全滅じゃないかっ!」
ギリ、と奥歯を噛み締めて兵士たちが上空の巨大な乗り物を見上げている。中には震えて真っ白な顔色になっている兵士も少なくない。戦いようが無い絶望感に支配されているのだ。
今や完全な円形を描いて上空に浮かんでいる四十もの巨大物から、再び次々と何かが落とされた。
続くであろう爆発に備えて身構えていた兵士たちは、耳を塞ぎ、うずくまった。
しかししばらく経っても何も起きないのでそろそろと耳を塞いでいた手を離し目を開ける。
「ハッ!不発か!恐れることはない!進め!ゴルデス軍の勇気を見せてやれ!」
「おおっ!」と声を上げて走り出そうとした先頭の一団が何故か動きが悪い。なんだ、どうした、と集団の中ほどにいる兵士たちが焦れている。
すると集団の端の方から馬と共に兵たちがゆっくりと倒れ始めた。





