15 作戦会議
今夜はカタリナがマリアンヌに話があると言って夫婦で公爵邸を訪れている。
「お姉さま、本気ですか?」
「もちろんよマリアンヌ。需要があるところに商機ありだわ」
「でも、どう考えても使用上の経費が」
「お金はね、ある所にはあるものなの」
「それにしても二十機って」
マリアンヌが驚いているのは、姉のカタリナが熱気球を自分のところで二十機所有したいと言い出したからだ。
ピーターが口を開いた。
「マリアンヌの許可を得たからホランドの技師たちに気球の話をしたらさ、もう馬にニンジンを見せたみたいに夢中になって話が盛り上がってしまってね」
「推進力を付けられないか」と言う方向に話が進み、設計技師が気球の籠に可動式の送風機を左右に付けて、自由に動かすアイデアを思いついたと言う。
「でも、それだと丸い気球では空気の抵抗が大きすぎてせっかくの動力が無駄になりますよね?」
「さすがマリー。そうなんだ。だから今、ホランドでは空気の抵抗を減らすために、細長くて前後が尖っている形の気球を作ろうとしているんだ」
「それ、本当に空飛ぶ乗り物ができそうじゃないの!」
「それもこれも君が気球のアイデアを無償で提供してくれたからさ。なのでホランド側も君に対しては無償で情報を提供する」
「それはありがたいわ!」
新型の気球は風に逆らって方向を変えることができる。もう気球ではなく空飛ぶ船、飛行船だ。
「そのことなんだがマリー。気球の段階でも軍の上層部が食いついたんだ。自由に動ける飛行船となればもう、黙ってはいないだろう」
「軍隊で使いたいということですか?」
「そうだ。実は相互不可侵条約を結んでいない国に不穏な動きがあるんだ。軍の連中は殺気立っているんだよ」
「その話は僕の母国からも聞いています。ホランド王国は何かあればロマーン王国と協力して戦いますよ」
「ピーターは自分の作った物が戦争に使われることをどう思うの?」
「敵を殺すだけが戦争の道具ではありませんよ、マリー。敵の動きを知る、味方の安全を守る、それに」
「それに?」
「ホランドで化学肥料を作る研究が以前から行われているのですが、そこから思いがけない物が作れそうなんだ」
「まさか毒物?」
「いいや。人を殺さずに戦いに勝つ物さ。この発見はまだホランド国の重鎮たちも知らないんだ。知っているのは国王と宰相だけだ。と言うことは相手国も知らないってことだ」
□ □ □
ピーターの話を聞いてアレックスが作戦を練った。その案を持ってアレックスは兄のグリード国王と軍部の面々とで話し合った。
二日もかからずにその作戦が通り、公爵領で二十機、ピーターの指示でホランド王国でも二十機を極秘で作ることになった。大量発注もいいところだ。
あとは作戦決行の場所を決めるだけで、軍部の作戦会議は引き続き重ねられている。
作業場で皆が飛行船作りをしていると、ニコラスが入り口から顔を出した。
「お母さまぁ」
「ん?どうしたの?」
「僕、『相手を傷つけずに戦争に勝つ方法』を聞いていて思いついたことがあるの」
「あら。何かしらね」
マリアンヌは母の顔になり、ニコラスの金髪をクシャクシャと撫でながらしゃがんで顔を覗き込んだ。
「僕、ずっと図書室で資料を見ながら絵地図を描いていたでしょう?」
「夢中だったわね」
「描いていて思ったんだけど、あの作戦がうまく行く場所があるの」
ニコラスが持っていた自作の鳥の目の視点で描かれた絵地図の一箇所を指差した。
「あーー。なるほど……ね」
「でも、軍隊が通りそうな道が三本あるから、必ずその場所を通らせるためには他の道はどうにかして塞がなきゃならないんだ」
そう言ってニコラスは自作の絵地図をマリアンヌに手渡した。
地図には三本の道が太く強調され、うち二本には塞ぐべき箇所にバツ印が書かれていた。作戦を実行する場所は線で丸く囲んである。
「確かにこれなら……ニコ、もしかしてこの国の地図を全部覚えてるの?」
ニコラスはほんのり笑った。
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ロマーン公爵領とホランド王国で秘密裏に作られている飛行船。もっと大きな工場で大々的に作れば早いのだが、それでは敵側の間諜に情報が漏れる可能性がある。
なので新たな工場などは建てず、三交代制にして昼夜を問わず飛行船を作っていた。この作戦は奇襲でなければならないのだ。
ハロルドが居間で父親に尋ねる。
「本当にゴルデス国は攻めて来るのでしょうか。なぜ今なのでしょう」
アレクサンドルがそれに答えた。
「あの国はもう崖っぷちなんだよ。工業化に出遅れ、外貨を稼ぐ方法が無い。昔は金が掘れる鉱山もあったが、それも掘り尽くした。農業も二年続けての長雨で麦がやられた。飢えた国民の不満を国の政治から国外に向けなければならない状況なんだ」
「なるほど。そういうことですか」
ハロルドが難しい顔で納得している隣でニコラスがいつものように絵地図を描きながらつぶやいた。
「ふぅん。国が貧しいと王様は戦争したくなっちゃうのか」