第9話 『硬化』!!
卵を抱えて倉庫の中を出口へと向かっていく。だだっ広い空間の真ん中をまっすぐ歩く僕の後ろには、やっと歩くのに慣れてきたらしいティアがとてとてといったように可愛らしくついてきていた。
「すいません、私が、もっと早く、歩けたら······。」
「そんなことないよ。僕も卵をもってるからあんまり早く歩けないしね。」
ティアの庇護欲を掻き立てられる様子に、僕にしては珍しく砕けた口調で話しかけていた。いつも見下されていたから、いつの間にか敬語を使うことが癖になってしまっていたのだけど、ティアにはすんなりと話せたのだった。
矯正してくれたエシルさんとアリルカさんのお陰というのもあるのかもしれない。
「そういや、ティアは何で鍵の場所を知ってたの?」
歩いている間、話題も無いので、僕は気になっていたことを聞いてみた。
鍵というのは、勿論ティアの入れられていた檻の鍵である。真っ暗なあの部屋の中、何故あんなにも正確に鍵の位置を知っていたのか気になっていたのだ。
「それは、音が、聞こえたから。」
「音?」
「うん。檻に閉じ込められたとき、鍵を壁にかけた音が聞こえた、から。」
「だとしても、音だけでってすごいね。」
「すご、い?」
首をこてんと傾げて聞くティアに、僕は頷いて返した。
「······私は、半獣人だから、耳とか鼻とか、ちょっと良い、かな。」
聞くと、半獣人は五感や身体能力が少し高い傾向にあるみたいだ。やはり獣に近いところがあるのだろう。
因みに、僕が部屋に入ったときに音に気づかなかったのは、怖くて塞ぎ込んでいたから聞こえなかったかららしい。
出口も近くなってきて、そろそろ静かにしようということになった。無事救出は出来たものの、安全に出られる保証はない。一層気を引き締めていこうとした、そのときだった。
「なんだぁ、侵入者だって聞いて来てみたら、ガキがいるだけじゃねぇか。」
「なっ!?」
「ひぅっ」
螺旋階段から出てきたのは、『ボス』と呼ばれていたあのスキンヘッドに眼帯の男だった。
「やっぱりあいつに見張りはやらせるべきじゃねえな。気づいてたのになかなか報告にこねぇとはよ。」
どうやら、いつの間にか見張りの男に気づかれていたようだ。うまく隠れていたつもりだったんだけど、ダメだったか。
「他の奴らは酒飲んで倒れちまったからな。面倒になる前に手早く終わらせてもらうぜ!グラウンドボム!」
そう言うや否や、下から振り抜いた腕に合わせて魔法を放ってきた。それは、奇しくも僕が眠るきっかけになったものと同じ魔法だ。
いや、詠唱せずに放てているところを見るに、こっちの方が魔法の練度も高いだろう。
派生技『詠唱破棄』は魔法を使う際の詠唱を必要としなくなる。
この『詠唱破棄』は魔法系スキルをもつ人のなかでも魔法を極めなければ習得できない貴重な派生技だ。
この派生技というのは、名前のとおり元のスキルから派生して生まれるもののことを言う。自分のスキルの補助や応用技なんかを使えるようになる。
何故魔法を使わない僕がこんなことを知っているのかとゆうと、僕は『硬化』のスキルしかもっておらず、勿論派生技もない。だからせめて知識ぐらいはつけようと時間を見つけてはスキルや派生技について勉強していたのである。
普通に考えれば、こんな貴重な派生技をも習得している相手の魔法など食らえばひとたまりもないだろう。
だけど、今の僕なら······
「ティア、下がってて!」
「で、でも、もう間に合わ、」
「大丈夫だから!あと、卵をお願い!」
急いでティアに卵を渡して下がってもらう。僕はその前に立ち、腕を交差させた防御体勢をとった。
その時には、すでに地を這う火球がすぐそこまで迫っていた。
ドゴォォォォンッ!
前とは比べ物にならないほどの爆炎と衝撃が吹き乱れ、視界は真っ赤に染まり何も見えない。
しかし、その爆音の中で、僕の耳には確かにもうひとつの音が聞こえていた。
『カァァァンッ』という、甲高い音だ。
「俺の得意魔法をもろに食らいやがったか。これだと、後ろにいたうちの商品まで消し炭になっちまったかもなぁ。」
「誰が消し炭ですか?」
「そりゃてめぇらのことを······っ!何で生きていやがる!?」
爆炎が晴れ、見えた先でボスの男はひきつった顔をしていた。
後ろをみれば、耳を押さえるようにしてうずくまったままのティアがいる。どうやら怪我はないみたいだ。
「ティア、もう大丈夫だよ。」
「え、?なん、で?」
怯えるように僕を見たティアは、続けて床へと目を落とす。魔法によって焼けた床は、僕を境にきれいな形を保ったままであった。
今さらだけど、『硬化』には2つの能力がある。ひとつは、純粋に防御力を上げること。そして、もうひとつは衝撃を吸収することだ。
僕にぶつかって爆発した火球は、この衝撃吸収の能力によって勢いを失い、僕より後ろには爆風が届かなかったのである。
「その青白い光······ちっ、防御スキル持ちか。だとしても、俺の魔法を食らって無傷なんてあるわけがねぇ。今までだってこれで殺せなかったやつもいねえんだからな。」
負け惜しみ気味にそう言うけど、僕はいたって無傷だ。なんなら、エシルさんとアリルカさんにもらった服さえも傷ひとつ無い。
そんな僕を見てもあんなことを言うのは、動揺が隠せてないのだろう。
「君たち盗賊に恨みはないけど、僕はこの子······ティアを助けにきたんだ!やるんなら容赦はしないよ!」
容赦はしない、と言ってもはったりのようなもので、僕に攻撃できる力はない。防戦一方でティアを守りきれるとは思えない。
できれば引き返してくれたりしないだろうかという期待も込めた言葉だったのだが、
「防御スキル持ちで、攻撃なんて出来るわけねぇだろ。ダブルスキルなら別だが、そんなやつそうそういねぇからな。」
ず、図星だ······。
「防戦一方のてめぇに勝ち目はねぇよ。一発で終わんねぇのは癪だがな。」
「くっ、」
そのうちにも、男は腰を落としてなにかをを溜めているようだった。
これも『詠唱破棄』の特徴で、大規模な魔法を使う際は詠唱は破棄できるが、魔力を溜める必要がある。
僕に魔力の流れを見るようなことはできないが、十中八九魔力を溜めている、つまり大規模な魔法を使うということだろう。
「ハクト、さん。もう大丈夫、だから、」
「心配しないで、どうやってでも止めて見せるから。」
不安げなティアに、根拠もなくそう言って見せる。
そう、あれを止められる根拠なんてない。でも、こんなところで死ぬわけにいかないし、ティアを死なせるわけにもいかないのだ。
「これで決めてやらぁ!ヴォンストーム!」
魔力を溜め終わり、男がそう叫んだ瞬間、男の回りには何百もの火球が浮かび上がり僕の正面へと高速で飛んでくる。
「『硬化』!!」
ドドドドドドドドドドドォォッッ!!
視界は真っ赤に、同時に鼓膜が破れそうなほどの爆音が鳴り響く。
しかし、僕の硬化は全く破られてはいなかった。