第8話 盗賊の倉庫
──────コツ、コツ、コツ、コツ
湿気で苔むした螺旋階段の壁に足音が反響する。これでも最小限に抑えてるつもりなんだけど、なかなか難しい。
螺旋階段を降り始めて10分ほど、もう何十周分かもわからないほど降りてきた。一定の距離ごとに壁に埋め込んである『魔光石』はもう100を優に超えているだろう。
この『魔光石』というのは、所謂『魔道具』の一種で、魔石か蓄えられた魔力を消費して発光するオーソドックスな魔道具だ。最初はこの魔光石の数を数えていたけど途中で諦めた。
「本当に終わりがあるのか」という不安が頭をよぎった頃、やっと螺旋階段の終わりが見えた。この先は倉庫になっているようだ。
(ここにも······監視はいないのか。)
壁に身を隠しつつ中を覗いてみるも、入るとき同様に監視はいない。罠らしきものも、何度もダンジョンに入って鍛えられた僕の目を信じる限り無さそうだ。
こんなにも警備がざるすぎる、いやそもそも警備する気すら感じられないのはこんな森の奥にあって気づかれるとも思っていないのか、それとも盗賊とはこう言うものなのか。
どっちにしろ好都合であるのに変わりはない。誰かに気づかれている可能性もあるわけだし、あまり時間はかけてられない。せめてあの悲鳴の主だけでも助けてあげなければ。
部屋のなかを進みながら人の姿を探すも、それらしきものはない。あるのは、部屋の隅に寄せられた金銀財宝の山ばかりである。
「誰か、誰かいますかー。」
少し声を張り上げて、といっても盗賊側に気づかれないよう気持ちばかりの配慮を含めた声で問いかける。何度か問いかけてみるけど返事はなく、くぐもった音が反響してくるだけだった。
地上の掘っ立て小屋のからは考えられないほどの広さの倉庫の隅々まで見ていくも、なかなか見つからずついには反対側まで来てしまった。
「誰もいないなぁ······。ここじゃないのかな。」
そう思って一度引き返そうと踵を返すと、ふと部屋の角に古びた木の扉が見えた。そっと近づいて扉に耳を当ててみるけど、人らしき気配はなかった。
ギギィィィ
軋んだ音とともに開いた扉の先は、倉庫と比べてとても暗く足元がギリギリ見えるぐらいだ。
中を少し進んでみると、すぐに壁に突き当たった。そこまで広い部屋ではないようだ。こんなとき魔法で火でも灯せれば良いんだけど、残念ながら僕に魔法を使えるほどの魔力は無い。
足元に気を付けながら暫く部屋を探索していると、変わったものを見つけた。床にしゃがんで、そっと触ってみるとツルツルしている。藁の巣のようなものに包まれたそれの大きさは僕の膝ぐらいまでで、色は暗くて良くわからないけどなにやら模様があるらしい。
その見た目はまるで······
「卵?」
「ひぅっ!」
「だ、誰!?」
咄嗟に声のした方を向く。大きな卵に気をとられて気づかなかった、卵のすぐ隣に鈍い色をした金属製の檻があった。そして檻の中には、一人の少女が座り込んでいたのだ。
暗闇の中に浮かぶ二つの瞳は、扉から入ってきた光を反射してうっすら輝いているものの、その奥からは光が感じられない。
僕と目があった瞬間、瞳が震え怯えの感情が露になる。
「い、いや、やめ、て······。」
「だ、大丈夫。なにもしないから。」
両手を上げて、悪い人じゃないよとアピールする。おかげで、まだ怯えはあるものの落ち着いてくれた。
「君、名前は何て言うの?」
「わ、たし······ティア。半獣人、です。」
そう言われて初めて気づく。目が暗さに慣れてきたのか、色を認識できるようになった僕の目が、傷んでボサボサの薄茶色の髪から伸びた柔らかそうな耳を見つけた。檻の床を見れば、髪と同様に毛の傷んだ尻尾が丸まっていた。
身に付けている服も、服と言っても良いのかと思うほど、破れてみすぼらしいものだ。
「あの······あなた、は?」
この感じは犬系だろうか、なんてことを考えていると向こうから聞き返された。
「え?あぁ、そうだね。僕はハクト。冒険者をしてる、といってもまだちゃんとなってる訳じゃなくて······登録のための依頼中に悲鳴が聞こえて来てみたんだけど、あれ君の悲鳴だよね?」
「あ、あれ、聞こえてた、の?」
「う、うん。」
ほぼ確信はしていたものの、悲鳴の主なのかどうか確認してみた。すると、ティアが震えた声で答えたので、僕は焦ってしまった。
聞いちゃいけないことだったのだろうか、そう不安だったのだが
「うぅ、は、恥ずかしい、です······。」
と言うことらしい。
「よかった。」
「え、な、何が、です、か?」
「あ、ごめんごめん。聞いちゃいけないことだったのかと思ったから、そうじゃなくてよかったなってことだよ。」
「そうです、か。」
思わず心の声が出てしまっていたらしい。慌てて訂正すると、ティアも納得してくれたようだった。
「それより、早くここを出ないとね。」
「え?」
「僕は君のことを助けにきたんだ。今檻を開けるから、ちょっと待ってて。」
そう言って檻の扉を見ると、鍵がかかっていた。最近は特定の魔力で施錠・解錠する魔道具もあるけど、これはただの南京錠みたいだ。
「んーー······やっぱりダメか。」
一応引っ張って見たももの、びくともしない。やはり鍵を探さないとと回りを見回してみるも、暗くてぼんやりとしか見えなかった。
檻の近くに落ちていたりしないかなと思って回りを探していると、ティアが不思議そうに聞いてきた。
「どうしたの、です、か?」
「檻を開ける鍵が無くて、探してるんだよ。」
「鍵なら、たぶんあっち、です。」
「え?」
ティアが指差す方向を見てみるが、案の定なにも見えない。しかし、その方向へ歩いてみると、突き当たりの壁に一本の鍵が掛かっていた。
「あったよ!」
「ほ、ほんとですか!よかった。」
ティアが初めて、語気を強めて安堵の表情をしているのが見えた。今までの怯えていたものとは違う、年相応の柔らかい笑顔だ。
「今開けるね。」
鍵を南京錠に差し込む。抵抗もなく入った鍵を回せば、カチャリと小気味良い音がして南京錠が外れた。
「よし、開いたよ。どうぞ。」
「あ、ありがとう、ございます。」
檻の扉を開けてあげると、ティアはよたよたと覚束ない足取りで出てきた。碌に何も食べられてないのかもしれない、手足は簡単に折れてしまいそうなほど痩せ細っていた。
「きゃぁ!」
「おっと。大丈夫?」
何歩か歩いたところで倒れそうになったティアを咄嗟に支える。無理な体勢になってしまったけど、想像以上にティアが軽かったのでなんとか支えきれた。
「す、すいません!重かった、ですよね。」
「ううん、そんなことないよ。」
体勢を立て直して、改めてティアの肩を支える。
「それより、今は早くここから出ないとね。僕が支えるから、一緒に行こう。」
長く滞在すれば、その分見つかる危険性は高くなる。目的であった悲鳴の主──────ティアの救出は完了したし、一刻も早くここから脱出したかった。
そう思って出口へと向かおうとするも、ティアはその場から動こうとしなかった。
「どうしたの?」
「あ、あの、私は自分で歩くので、その······卵を」
「卵?」
そう言われて、僕は後ろを振り向いた。視線の先には、さっき見つけた大きな卵がある。
模様がある、ということしか分かっていなかった卵も、暗さに慣れた目のおかげで白に薄い青の横縞模様が入っていることも分かった。
「あの子も、私と同じだから、つれていってあげてほしい、です。」
『私と同じ』というのは、盗賊に捕まってしまっただろう。卵ではあるけど、同じ生き物を見捨てるのは心苦しい。
「分かった。じゃあ僕が卵を持つから、ティアは僕についてきてね。」
「は、はい。」
そうして、僕はティアと謎の卵を救出し、外へと向かっていった。