第7話 悲鳴
「えーっと、レクス平原東の街道は······あったあった。」
サイドポーチから取り出した冒険者カード代わりの紙を見ながらやってきたのは、王都の北にあるレクス平原という場所。
地平線も見えるほど広大なこの平原の東にはこれまた広大なウルブ森林という森がある。この平原と森林のちょうど境を通るようにして王都から街道が伸びているのだ。
街道を見つけた僕は、その道沿いに北へと進んでいく。ここ最近この街道にノーマルゴブリンが頻繁に現れるそうだ。その駆除も兼ねて、討伐に来たわけである。
ゴブリン種といっても色々あって、進化すればそれにしたがって強くなっていく。そのうちノーマルゴブリンは一度も進化していないゴブリン種のことで、多少力があれば誰でも倒せるほど弱い。
しかし、ゴブリン種は魔物にしては知能が高く、ノーマルゴブリンでも3~5体の集団で行動するから油断は禁物だ。
······まぁこれは前の世界での話だから、時間がたって変わってたらどうしようもないんだけどね。
そんなことを考えながらも歩いていると、聞いていた通りすぐに3体のノーマルゴブリンが現れた。
幸いまだ僕の存在には気づいていないらしい。念には念を入れ、背後から息を殺して近づく。そして、二人にもらった短刀に手をかけた。
ザクッ!
グギャァァ!
短刀の質の良さもあってか、なんの抵抗もなくゴブリンの首が飛んで鮮血が吹き出す。どう見ても即死だ。
横の二体のゴブリンには気づかれたが、逃げられる前にもう一体の首を掻き切った。これも即死だろう。
残りの一体は少しはなれたところまで逃げた、が仲間が殺されて癇癪を起こしたのか、地面にあった小石を拾って殴りかかってきた。
いくらノーマルゴブリンといってもまともに攻撃をくらえば怪我をする。いつもならここで横に避けてから安全に首を切るのだが······僕は敢えて何もせず、『硬化』さえも使わずに攻撃を受ける。
ゴンッ!
グ、グギャ?
「やっぱり、純粋な防御力も上がってるんだ。」
アリルカさんも言ってたから確証はあったけど、試したのはこれが初めてだった。『硬化』特有のカァンッという音はなく、純粋に防御力だけで防いでいる。
硬化と比べてどれぐらいまで守れるのかは要検証、といっても下手にやって怪我でもしたら元も子もないし、慎重にやらないとね。
そのあとも何度か殴られてみたけど、少しのダメージもないようだった。ゴブリンが冷静になって逃げられる前に首を切って、倒した後の二体も含めて魔石を取り出した。
魔石はどの魔物もだいたい胸の辺り、人間で言う心臓のあるところにある。強い魔物ほど大きいことが多いけど、稀にいる小さいのに強い魔物からは非常に高純度な魔石がとれる。
この魔石をエネルギー源として魔道具なんかを動かしたりするらしいけど、魔道具についてはよく分からない。あと単純に宝石としても使われる。
そういったわけでギルドが買い取ってくれる。それでいて偽造ができないから討伐の証明にも使えるわけだ。
「さて、この調子で頑張ってみるかな。」
目標の討伐数はあと二匹。けど所詮ノーマルゴブリン、五体分の魔石じゃ小遣い程度でしかない。
少しは稼げるようにと、目標の倍の10体を討伐した頃。すでに日は高く、ちょうどお昼時になっていた。
「そんなに多くはないけど······目標は達成したしいっか。まだまだこれからなんだしね。」
一人で稼げるようにならないと、いつまでもエシルさんとアリルカさんに迷惑をかけることになる。けど初日から張り切りすぎてミスしたら余計に迷惑をかけることになる。
二人はいい人だから迷惑だなんて言わないかもだけど、できるだけ早く一人前になろう、と意気込んで王都へと帰ろうとしていたそのときだった。
──────キャァァーーーー!!
「っ!ひ、悲鳴か!」
聞こえてきたのは、ウルブ森林の方から。動物の鳴き声とは明らかに違う、人間の、それも少女のような甲高い悲鳴だ。
居ても立っても居られず、僕はその声のした方へと森の中を走っていた。
(魔物に襲われて······でも、ウルブ森林は最近ノーマルゴブリンが少し出るようになったぐらいで、他に魔物はほとんどいないはず。)
というのはここに来る前に冒険者ギルドで調べた話だ。魔物の生息地に関する情報は冒険者ギルドの入り口横にある『魔物生息地図』で見ることができた。
それによれば、ウルブ森林の浅いところに魔物はほとんど生息しておらず、いたとしても無害なものばかりだと言う。
足場の悪い中を全力で走っていると、10分ほど走ったところで暗い森のなかに一ヶ所だけ木が斬り倒されて明るくなっている場所を見つけた。
明らかに怪しいその場所に、悲鳴の原因はここにあるはずだと半ば確信を持って進んでいく。
「おいっ!」
「っ!!」
咄嗟に近くの木の影に隠れる。流石に気づかれたかと思ったが、こっちに来る様子はない。
「なんでぇ、ボス。」
「誰も来ちゃいねぇだろうな。」
「幸い、誰も気づいちゃいねぇみてぇですぜ。」
木の影からこっそり除くと、森を切り開いた所に小さな掘っ立て小屋があり、その手前に『ボス』と呼ばれている最初の声の主、スキンヘッドに左目に眼帯をつけたいかにもヤバそうな男と、もう一人ひょろっとした部下であろう男がいた。
『おいっ!』と言ったのは僕に対してじゃなく、その部下らしき男に話しかけていたらしい。
「ったく、すぐに黙らせたからいいものを、突然俺の顔をみて叫びやがって。」
「そりゃ、誰だって初めてボスの顔をみたら叫びたくもなりますぜ。」
「あぁ?そりゃどーゆー意味だ?えぇ?」
「ほら、そんな顔するから怖がられるんですぜ、ボス?」
「······はぁ。お前ってやつは。いいか、しっかり見張ってろよ。」
「了解でさぁ、蟻の子一匹見逃しませんぜ。」
部下に念を押して、ボスと呼ばれる男は掘っ立て小屋へと入っていった。それをみて、見張りの男は地面に寝そべって昼寝を始めたのだった。
(蟻の子一匹見逃さないって、おもいっきり寝てるじゃないか。)
けど、こっちにとっては都合が良い。僕は森のなかを物音を立てないように進み、掘っ立て小屋の裏へと回った。
(あの扉かな?地下に続いているみたいだね。)
掘っ立て小屋の裏には、地下へと続く螺旋階段のらしきものがあった。見たところ、人が居る様子はない。耳を澄ましてみれば、掘っ立て小屋の中から『今回は良い商品がはいったぜ!』『貴族様に売れば金になるだろうなぁ!』と言った声と笑い声が聞こえてくる。大方、酒でも飲んで騒いでいるのだろう。
奴らはどう考えても盗賊だ。さっきの悲鳴も、人身売買のために捕まった子のものだろう。
誰もいないことを再度確認して、螺旋階段前の鉄格子へと近づく。不用心なことに鍵もなにもかかっていなかったため、楽に中へと入ることができた。
ガサガサッ
(っ!······何もない、か。)
振り向いても見えたのは舞い落ちる数枚の木の葉のみ。
ウサギか何かでもいたのだろうか、僕は気にせずに螺旋階段を降りていくことにした。