第6話 冒険者ギルド
久しぶりの快眠のおかげで疲れもきれいさっぱりなくなった僕は、昨日と同様にアリルカさんの美味しいご飯を食べて、外出の準備をした。
「エシル~。まだか~。」
「あとちょっとだから!」
「それもう5回目やろ!」
「えーっと、ここをこうして······出来たわ!」
扉を壊すかのような勢いで出てきたエシルさんは、服は少し露出の多いドレスに変わっているものの、他は部屋に入っていったときとほとんど変わらない姿だった。
「ほんまそれ、どこに時間かかっとるんよ?服着替えるだけなら2時間もかからんやろ。」
「ほら、この前髪の感じとか全然違うじゃない。これ決めるのに30分もかかったのよ。」
「なんも変わらんやないか。」
「そ、そんなことないわよ!アリルカこそもっとオシャレすべきだと思うわ。」
「うちはこのローブが好きやねん。別に変なことないやろ。なぁハクト君?」
「ぼ、僕!?」
突然話を振られて驚きつつも、アリルカさんの姿を見る。
最初出会ったときと同じ黒のローブで全身が覆われている。オシャレではないにしても、エシルさんもそうだけどすごく美人だからどんな服でも似合う。
「変どころか、とても似合ってると思うよ。もちろんエシルさんもね。」
「······ハクト君のことやからそんなことやろうと思ったけど、直接そう言われると嬉しいもんやわ。」
「うんうん。ハクトも分かってるわね!」
思ったことを言っただけだったんだけど······結果喜んでくれたしいっか。
「ハクトも、それいい感じだと思うわよ。」
「一端の冒険者って感じになったわ。」
「そ、そうかな。でも、こんなに良いもの貰って良かったの?」
良いもの、というのは、さっき二人に貰った短刀とサイドポーチ、あとこの服のことだ。
短刀もサイドポーチも丈夫そうなもので、服に関しても皮を張ることで簡易な防具となっている。どれも安いものではないと思うんだけど。
「ええんよ、どうせ家の物置に放置されてたやつやから。」
「そうそう、遠慮せず使いなさい。」
「······うん、ありがたく使わせてもらうね。」
せっかく貰ったものだし、大切に使わせてもらおう。
「よし、予定よりだいぶ遅くなっとるし、そろそろ冒険者ギルドのほうに向かうとしよか。」
「「はーい」」
ちょうど今日の予定について話が出たけど、これから僕たちは『冒険者ギルド』に行くのだ。
冒険者ギルドは、名前の通りエシルさんやアリルカさんのような冒険者が所属する集団だ。
魔物の討伐は勿論、薬草採取や町の清掃なんかも依頼されればやる、謂わば何でも屋である。
前の世界······便宜上そう呼ぶことにするけど、前の世界では僕も一応冒険者ギルドに所属していた。といっても最低ランクで囮ばかりをやってたんだけどね。
ランクと言えば、前の世界も今の世界も冒険者ギルドはあるみたいだけど、ランクの表し方が違うみたいだ。前は、F E D C B Aの順にランクが上がってたんだけど、今は六等級から一等級になるにつれて上がっていくらしい、というのを昨日アリルカさんに教えてもらった。
今の僕は冒険者ギルドに入ってない、所謂無職だから、僕の防御力を活かすためにも冒険者になろうというわけだ。
「二人は忙しいのに、本当についてきてもらってよかったの?」
冒険者ギルドへと向かう途中、僕はそんなことを聞いていた。
「私たちそんなに忙しくも無いわよ。」
「せやな。一等級冒険者が出なあかん依頼なんてそんな無いし、あったら連絡あるやろしな。」
そうなのか······と思ったものの、よく考えれば当たり前の話だ。毎日のように超高難度の魔物が出るようなら、とっくに世界は滅んでいるかもしれない。
「それに、うちも個人的にギルドに用があるんや。」
ということらしい。それが何かは分からないけど、わざわざ聞くのはやめておいた。
中心街を東側に出て暫く、昨日とは違う道を通って進んでいると、人でごった返す大きな石造りの建物が見えてきた。
みんな剣なり弓なり武器を持ってるから、ここがその冒険者ギルドなのだと一目で分かった。
「人が多いし、入るの大変だね。」
「そんなこともないわよ。」
そう言ってギルドの中へと先導するエシルさんについていくと、突如人が道を作るように両側に避けていった。
「またやっとるわ。エシルあれ楽しんでるからなぁ······。」
「あはは······」
申し訳なく思いながらも通っていくと、ヒソヒソと声が聞こえてきた。
『あれ、『紅蓮の怒り』の人たちだぞ。』
『やっぱ1等級冒険者はオーラが違うわね。』
『けど、あの一緒にいる男は見たこと無いな。』
『エシルちゃん今日も可愛いなぁ、だろ?相棒。』
『俺はアリルカちゃん派だって言ってるだろ。あの足で踏まれながら罵られたいぜ······。』
最後の二人は除くとして······やはり二人は有名人だった。ついでに一緒にいる僕にも懐疑の目がむけられている。
あと、『紅蓮の怒り』というのは二人のパーティー名だろうか。名前の理由が気になるけど、それはまた機会があれば聞くとしよう。
とりあえず、スムーズにギルドに入れた僕たちはそのまま受付へと向かった。さすがに受付の列にはちゃんと並んだ。(エシルさんがそのまま突っ込もうとしてたのを、アリルカさんが捕まえて並ばせたからね。)
「お、おはようございます!本日のご、ご用件は。」
毎日の定型文も、二人の前では震えてしまうらしい。まぁもし何か粗相があって怒らせてしまえば、貴重な一等級冒険者を失うことになりかねないからね。
「今日はこの子······ハクト君の冒険者申請に来たんよ。」
「え?えぇっと、この方は?」
僕を見て緊張で固まっていた顔が少し緩んだ受付嬢さんは、困惑ぎみにそう尋ねてきた。
「どうも、ハクトです。」
「ハクトさん、ですね。色々気になることはありますが、ギルドが冒険者の素性を理由なく聞くのは御法度ですからね。」
気になること、というのはやはり僕がなぜ一等級冒険者の二人といるのかということだろうね。
眠ってた話を素直にするのは良くないだろうし、何か適当な作り話でも作っておくべきかな。
「では、冒険者登録ですね。文字の読み書きはできますか?」
「はい。大丈夫です。」
眠ってる間に文字が変わっていないのは町を歩いている間に確認済みだ。
「じゃあうちらはちょっと行ってくるわ。」
「用事があるんだったね。ここまでありがとう。」
「またあとで合いましょう。」
そう言って離れていこうとしたところで、アリルカさんが振り返った。
「せや、ハクト君。この後ちょーっとばかし大変やろうけど、ハクト君ならやれるから頑張ってや。」
「え、う、うん······ってどうゆうこと!」
「早く行くわよ!」
「んじゃ、ほなまたな。昼過ぎには帰ってきてや。」
「えぇ······。」
結局何のことなのかは教えてくれずに二人は行ってしまった。
仕方ないと振り向くと、受付嬢さんも後ろに並んでいた人たちも待っていてくれたようで、軽く礼をして戻った。
「では、こちらの書類に必要事項を記入してくださいね。」
何事もなかったかのように進めてくれる受付嬢さんに従って、僕は書類に文字を書いていった。
「えーっと、出身地って必ず書かないとダメですか?」
「いえ、人によっては書かない人もいるので任意で書いていただければいいですよ。」
もともとはとある村に住んでいて、それから仕事を求めて王都に出てきた、というよりは親もいない働けない僕は半ば追い出されるように村を出てきた。
あれから長い時を経てその村が残っている可能性は無いに等しいだろうし、かといって嘘の出身地を書こうにも王都以外分からない。
だから絶対に必要だったら危なかったんだけど、どうやら杞憂に終わったようだね。
その他の記入事項も一部飛ばしながらも書き終えた。
「これでいいですか?」
「えーと······はい!これでいいですよ。」
そう言って書類を受付カウンターの下に入れ、今度はまた違う紙を取り出してきた。
「では、こちらの依頼をクリアしてきてください。」
「い、依頼ですか!」
出された紙を見てみると『ゴブリン種 5体討伐』と書かれていた。依頼元が冒険者ギルドだから、常設の依頼なんだろうけど。
「誰でも入れるわけにはいかないので、最低限の戦闘能力があることを確認させていただきます。」
それもそうか。薬草採取でも魔物との戦闘になる可能性はあるし、最低限戦えないと死んでしまう。
そこまで考えたところで、さっきアリルカさんが言ってたのはこの事だったのかと気づいた。
「そうですね。ここに名前を書いたらいいですか?」
「はい。」
依頼書の下の欄に名前を書いて出す。すると、また違う紙、今度は小さめの物が出された。
「討伐証明はゴブリンから取り出した魔石を持ってきてください。あと今はまだ冒険者カードがないので、魔石と一緒にこの紙も出してくださいね。」
「分かりました。」
紙を受け取って、早速サイドポーチに入れる。貰ったはいいけどまだなにも入れてなかったから、これが初めてだ。
そんなことを思って一人嬉しくなっていると、受付嬢さんが軽く手招きしているのに気づく。少しカウンターから体を乗り出しているので、回りに聞こえないように顔を近づける。
「できれば、この依頼が終わったら私のところに来てくださいね。ギルドはダメでも、個人的に冒険者の素性を聞くのは大丈夫ですから。」
「は、はい······考えときます。」
そんなに僕が二人と一緒にいるのが気になるのかな。
因みに、近づけた顔にちょっとだけドキッとしたのは秘密だ。
「では、依頼頑張ってきてくださいね。」
「失敗しないよう頑張ります。」
「はい!あっ、私の名前はミレナです。終わったら呼んでくださいねー!」
「分かりました。」
可愛いミレナさんのことだから、沢山のファンがいるらしい。『ミレナちゃんと仲良さそうにして、誰なんだあいつ。』と言いたげな冒険者の視線が痛い。
面倒なことになる前に、僕はそそくさと冒険者ギルドを後にした。