第1話 1度きりのスキル
僕らの住むこの世界『アステラ』には、神様がいるらしい。
『ミルダ』と呼ばれるその神様は、魔物の蔓延るこのアステラに生きるひ弱な人間に、魔物と対抗するための力『スキル』を与えたという。
といっても、スキルは戦闘に特化したものだけではない。
価値を見抜く力『鑑定眼』
交渉を有利に進める力『話術』
武器や防具を作る『鍛冶』
こういったスキルによって、人間は高度な文明を築いていった。
しかし、文明が発達すればするほど人々の心は荒んでいくようだ。
上に立つものは下から全てを搾取し、なにもせず私腹を肥やそうとする。
人々がまわりより上に立とうとした結果、神様に与えられたスキルでさえ優劣の対象となってしまった。
僕、ハクトの持つ『硬化』のスキルも、劣のうちの一つだ。
◆
「ほーら、早く行け、よっ!」
「っ⋅⋅⋅⋅⋅⋅。」
ここは、王都から少し離れた山奥にある洞窟だ。
僕一人ではなく、名前も知らない冒険者の男もいる。
洞窟の入り口で強く背中を蹴って前に押し出されるけど、スキルのお陰でそこまで痛くはない。それに、もう慣れてしまった。
「黒髪のチビのくせして冒険者づらしやがって。せめて役目ぐらいは全うしろよ~。なぁ、『囮の加護者』さんよぉ。」
チビって言うけど、一応僕は15歳なんだよな。まぁ事実身長は低いんだけどね。
あと、『囮の加護者』って言うのは僕の異名、いや、罵称だ。
剣術であったり、魔法であったり、その道のスキルを極め、最も秀でた者には国から『加護者』という称号が与えられる。
僕にその称号が与えられた訳ではないけど、僕の『自分と自分の触れている生物、物体を硬化させる』というスキル、所謂『硬化』スキルが囮に使えるという嫌味が冒険者の中で広まって、いつのまにかこんな罵称がつけられていたわけだ。
地味な黒髪というのもその罵称に拍車をかけているらしいけどね。
「なにぼーっとしてんだよ!速く歩けよ!」
おっと、考え事をし過ぎたみたいだ。
持たされた重い荷物を背負い直し、少し足早に洞窟の中を進んでいく。
しばらく行ったところで、突然開けたところに出た。
(いるな。)
よく見えないけど、右の壁に空いた穴から気配がする。
男のほうもやっと気づいたようで、僕に顎で指示を出した。
空間の入り口付近に荷物を置き、開いた空間の中央で無防備に座る。すると、予想通り穴から魔物が出てきた。
(軍隊蟻か。)
軍隊蟻は名前の通り蟻の形をした魔物だ。
だけど、その大きさは普通の蟻の比ではない。
全長1メートルにもなる軍隊蟻は、岩も砕くことのできる顎で洞窟などに巣を作り、動物を襲って巣に持ち帰る。
移動は遅いから一匹ずつの強さはそこまででもないけど、群れで襲われればひとたまりもない危険な魔物だ。
キシャァー
そんなことを考えているうちにも、6匹ほどの軍隊蟻が僕の回りに集まってくる。
しばらく様子を見たあと、そのうちの一匹が僕の右肩に噛みついてきた。
(硬化)
噛みつかれる直前、僕の右肩が淡い青色に輝き始めた。
キィン
金属同士をぶつけたような音がして、軍隊蟻の顎が僕の皮膚で止まっていた。
スキルの効果だ。いつも囮ばかりしているお陰か、それなりにスキルも強化されてきている。
けど⋅⋅⋅⋅⋅⋅
「っ!さすがに、きつい⋅⋅⋅⋅⋅⋅。」
どうやら少なくないダメージはあるようだ。
肩を押さえて立ち上がると、やっと男が動き出したのが見えた。
囮としての役目も終わったので、巻き込まれる前に下がろうとしたそのとき。
「いけっ!グラウンドボム!」
「ば、爆破魔法!?」
出てくるのが遅いと思ったら、魔法の詠唱をしていたらしい。
背負ってる大剣を使うんじゃないのかよ!と突っ込みたくなったけど、地面を這うようにして飛んでくる火球を前にそんな暇はない。
肩に集中させていた硬化を体全体に広げ、腕を交差させて顔を守る。
その直後には、辺り一体は炎と暴風で包まれていた。
「うっ⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅ぐぅ。ギリギリ、間に、あった。」
間に合った、とは言ったものの、全身を火傷しているだけでなく、壁に叩きつけられた衝撃で骨も数本折れているみたいだ。
これでまだ生きているのは奇跡だろう。
「うひょ~。金の山だぜー!」
土煙が晴れると、巻き込んだ僕のことなど気にも止めず、男が軍隊蟻の素材を剥ぎ取っているのが見えた。
くそっ、最初からこうするつもりだったってわけか。
キシュァー!キュシャー!
「んあっ?もう来たか。」
爆発音に反応したのか、今度は数えきれないほどの軍隊蟻が這い出てきた。
男は、集めた素材を荷物に入れ、足早に来た道へと帰っていく。
「ま、て⋅⋅⋅⋅⋅⋅。」
力を振り絞ってなんとか出た声に、男が振り向いた。
「てめぇ、まだ生きてたのか⋅⋅⋅⋅⋅⋅。俺がこんなことしたってバレちゃやべぇからな。せいぜい囮らしく死んでくれや。」
そう言ったかと思えば、男は背負っていた大剣を壁に突き立て、魔法を使った。
「じゃあな。爆ぜよ、ヴォンソード!」
魔法によって壁が崩され、落ちてきた瓦礫で通路が塞がれる。
これで万が一にも逃げられる可能性はなくなってしまった。
軍隊蟻はそんなことはお構いなしと、僕を取り囲んでいく。
「とうとう、死ぬのか⋅⋅⋅⋅⋅⋅。」
死を目前にして、僕はなぜかそこまで取り乱していなかった。いや、一周回って冷静になったということか。
思い返せば囮なんてしている時点でいつ死んでもおかしくなかったんだ。生きていくためにと囮を始めた時に覚悟はできていたはず。
そんなことを考えているうちにも、軍隊蟻の群れは僕の回りへと集まってくる。
カチカチと音を出す顎が足に触れる。そして⋅⋅⋅⋅⋅⋅
─────ザクッ
「っ!!」
スキルを使っていても、体全体に広げている状態では守りきれない。
先程同様、最初の一匹を皮切りに一斉に噛みついてくる。
肉が引き裂かれ、身体中から真っ赤な鮮血が吹き出す。
(走馬灯⋅⋅⋅⋅⋅⋅は見えないのか。)
血が減ってボーッとする頭で思ったのはそんなことだった。
それも仕方ないよね。物心ついた頃には一人ぼっちで家族の顔も知らない。毎日生きるために冒険者として働いて、なんとか今までやってきた僕に走馬灯になるような思い出なんてない。
(せめて、思い出の一つぐらい作ってから死にたかったなぁ⋅⋅⋅⋅⋅⋅。)
ふと、そんなどうしようもない願いが頭に浮かんだそのときだった。
『代償スキル『スリープ』が解放されました。』
(なっ⋅⋅⋅⋅⋅⋅?)
『発動効果・全身の硬化能力、自然治癒力が増大
代償・発動中は眠りにつく。老化は停止し、外からの大きな干
渉がないかぎり起きることはない。』
な、なんだこれ。
代償スキルなんて聞いたことがない。
『なお、発動可能回数は1』
つまり、これは1回限りのスキル。それも代償を払うことで効果を高めたものってわけ⋅⋅⋅⋅⋅⋅か。
その代償は、眠っている間の時間、あとは今生きる世の中での家族とか友人との関係、と言ったところか。
⋅⋅⋅⋅⋅⋅僕にとってこの代償は関係ないな。
悔しいことに、家族も友人もいない僕にこの代償は意味をなさない。
もう一つの代償、眠っている間の時間というのも、老化が止まるのであれば大丈夫かな。
よく死ぬ直前にこんなにも頭が回ったなと基本冷静でいられる自分を褒めたいと思うが、そろそろ限界らしい。
(⋅⋅⋅⋅⋅⋅代償スキル)
ここまで独りでなんとか生きながらえてきたんだ。
(『スリープ』)
生き残る可能性が一つでも残っているなら、ここに賭けてみるしかない。
(発動)
そして、僕の意識は深い闇へと落ちていった。