クズと道端系美人と治癒野郎
「いやいやいや俺は俺はですね決して悪意があって踏んだ訳ではなく別のことを考えていたもので、すみませんすみません」
駄目だ。まるで日本語になっちゃいねえ。テンパりすぎだろ俺。
焦りに焦って言い訳をする林檎の話など全く聞かず、起きたその人は辺りを見渡して確認するようにふんふんと頷いている。大きな黒目がくりくりと動き、長い睫毛がぱちぱちと上下した。
「いやほんとごめんなさい。お…俺この町に引っ越してきたばっかりなんですよこの町のルールとか知らなくて」
「町のルールどうこうより人間的な常識の問題だろ…」
(人気のない路地に平然と倒れてるようなのに「常識」とか言われた)
呆然とその人を見つめていると「取り敢えず落ち着けや少年」と諭されてしまった。
屈辱で死んでしまいそうだった。
「ほーあんな田舎から来たのかよ。大変だなぁこんな空気悪くて」
林檎とリボンは二人そろって無人路地にしゃがみこむ。
案外話が通じるらしく(というか主に騒いでいたのは林檎の方だ)、暫く言い訳をすると、理解してもらえた。
踏んだことも許してもらえた。
しかしこちらは「少年」と言われたのを未だ根に持っている。この人、見るからに身長も低いし、同い年だろうに。
簡単に打ち解けたところで、林檎は最大の質問をした。
「何でこんな所に倒れてたんですか?」
「あ、いやーそれがね」
こういう話をするのは躊躇うかと思ったが、案外あっさりと話してくれるようだった。
赤リボンは「お恥ずかしい話ですがっ」と足を組みあぐらをかいた。照れくさそうに笑う。
綺麗な顔だな、こんな変な奴じゃなければ絶対にモテるのに、と思った。
リボンは満面の笑みで言った。
「家がねーんだよ」
林檎は今日一番の「はぁ?」を出した。
見るからに頭のネジが二十一本くらい飛んでそうな奴なので言っていることに違和感はない。
しかし何の目的でこんなことを言うのか分からなかった。長く此処にいるような口調してたくせに、家がないだぁ?
当の本人は「あっ、信じてねぇなこいつ。次から次へと無礼なやつ」と言っているが、信じられる訳がないし、だいたいこんな軽い感じで言っていいことじゃあないだろう。
林檎はすっと赤リボンと距離をとって座る。言っても数cmだから心配ない(?)。
「あんたがそうやって言うメリットが思い浮かばない」
「げ。ヤバい奴認定したとたんのあんた呼びとタメ口。傷ついた」
別にいいけどよー、と頬を膨らませる。
説明してくれ、という視線を林檎がむけると、やれやれといった風に首をゆっくりと縦に振った。
「…説明してると長くなるんだけど……」
と、奴が口を開いた時、
どがしゃっ、ばきいっ
何かが折れる音がした。驚いた林檎はあわてて音の方向を向く。
…非日常のオンパレードに卒倒してしまいそうだった。
木から男が落ちてきたのだ。枝が折れ、葉も何枚か無惨な姿になっている。
男はうつ伏せで倒れていて死んだようにぴくりとも動かない。
流石に何かの撮影か何かかと思い、林檎は赤リボンに視線で助けを求めた。そうだ。そうに決まってる。これはあいつらの映画か何かで、俺はきっとそれのエキストラなんだ。
いやぁ最近の映画は凄いなぁ…。
「…?」
リボンはん?と笑顔を向けてくる。この状況に違和感は感じていないみたいだった。
「知らねぇのかよ…」
「いやまぁ、知り合いではあるよ。幼なじみ」
「幼なじみ?あんたの知り合いはこんなやべーやつしかいないのか?」
「んとね」
さっき以上に大騒ぎする林檎にリボンが説明しようとすると、がさがさと音がして、それを遮った。
「…っ…待てって。俺から説明させてもらう。…いや、説明せんでもお前なら大丈夫か?」
落ちてきた男が関西弁で口を挟んできたのだ。
林檎はあんぐりと口を馬鹿のように開ける。
さっきまでは確実に死んでたと思ったのにむくりと起き上がっている。どうなってんだ。
赤リボンが「さっきから話中断されてばっかり」とぼやく。今はリボンよりも落ちてきた奴の方の話が気になるので、林檎はそれをやんわりと無視する。
よっこらせと立ち上がった男は結構若くて、ひょろっとした高身長だった。八重歯の、なかなか女受けしそうなやんちゃな顔立ちだ。しかしそれよりも目についたのが、そいつの右腕だった。
「…アンタ、それ折れてないか?」
肩が外れている、というのか。いや、肘も曲がっている。
とにかく右半身からモロに落ちたらしき男の右の肩から下は、見るも無惨な状態になってしまっていた。折れているどころの騒ぎではない。
吐き気がして、林檎は反射的に口をおさえた。
男は「あーほんまや」と、やっと気づいた、という様に自分の腕をじろじろと確認する。相変わらずあっけに取られている林檎の横でリボンは「始まるぞ」と呆れたような顔で笑った。
「始まる、って?」
「まぁ見てろって」
「なんやねん人を見世物みたいに」
まぁやるけど。と気だるそうに言って、男は左手で怪我をした右腕にふれる。すると左手から発光する物質を出しているかのように、そこから光が漏れだした。「それ」は淡い緑色をしていて、林檎の主観だととても綺麗だった。
数秒して光が消え男が左手を離した時には、もう右腕は綺麗に戻っていた。
「ん。こんなもんか。…なんや、そんなに興味あるか?」
数回腕を振りまわし、獲物を見つけた猫のような目で此方を見てくる。その目は緑色に光っている。にやりと笑うと彼の白い八重歯が覗いた。
林檎の頭の中はもう滅茶苦茶だった。治癒?そんなの人は自主的にできっこない、いや仮にできたとしても人体は発光なんてしない!それに何だあの目!カラコンか?
実際は何もリアクションが起こせず、立ち尽くすだけだったが。
リボンは「この子困ってんじゃねーか」と謎の男を前に鼻で笑い、立ち上がって近づく。黒髪と真っ赤なリボンがふわりと揺れて、ちょっといい匂いがした。不覚にもキュンとしてしまった自分に腹が立つ。
どきどきしている間にも二人は顔をぐっと近づて口論を始める。
「あんましそういうの知らない人の前で見せるんじゃねーよ治癒野郎。いくらY数値が高いからって、調子乗るなよ」
Y数値って何だろう、と林檎は考えたが、二人の雰囲気が険悪なのを察して、慌てて口をふさいだ。
「そっちこそ!周りに弱いところ見せたくないのは分かるけど、最近逃げてばっかりやんけ!大変やな」
彼は目を見開き、大きな声で煽るように言った。
「堕ちた減赤は!」
「…そのあだ名で呼ぶな!!」
「待て、待てって!」
頭に血が登ったらしいリボンは、林檎の制止も無視して「治癒野郎」に飛びかかった。
見ているだけで折れそうな手足をしている割には案外基礎体力のようなものはあるらしく、凄いスピードで駆け出す。男に拳を突き出した。
男の方はそれをすっとかわす。リボンの拳がその先にある民家の塀に当たり、塀がめきめきと音を立てて崩れていく。
…頼むからこれ以上町を壊さないでくれよ…
林檎の願いも虚しく、リボンの攻撃をモロに受けた塀は、ぽっかりと穴を開けて残った。どうする気なんだこれ。
「そういえばさ、お前は香原じゃないんか?」
パンチを華麗に避けた治癒野郎は、今まで無視していた林檎の方を振り返った。
香原?と林檎が首を傾げると「ちゃうんか。クロメと一緒にいるからてっきりそうかと」と納得したようにふんふんと頷いた。
クロメ、というのはリボンの名前だろうか。と思ったが、相変わらずこいつらの言っている事はよく分からない。
一方の塀を破壊したリボンはゆっくりと拳を下ろし、睨み付けるように治癒野郎を見ている。眼光でこいつを殺してしまうんじゃないだろうか。
「こいつは関係ない。今会ったばかりだ」
リボンの目の色がじわじわと変わっていく。治癒野郎と同様、物理的にだ。赤と茶色の間のような色で、変化が止まる。治癒野郎はげっ、と小さく呟き、さっと両手を上げた。
「あんまし早とちりすんなや。この子を殺そうなんて思っとらんから」
「いや思ってたね。お前は知らないやつが知ってしまった時に殺す主義だろ?」
治癒野郎はちろりと舌を出して悪戯っ子のように笑った。
「ばれたか」
リボンが動いた。またさっきの、いやそれ以上のパンチを野郎に打つつもりだ。そうすればこいつは確実に死ぬ。
治癒ができるのなら話は別だが、そんなことする前に死んでしまうのではないかと思った。
生憎治癒野郎の後ろは壁。此処は裏路地なので上手く逃げられそうな所もなかった。
「ちっ」
治癒野郎はあっさりと死を覚悟したらしく、逃げるのが無駄だと察して両手を下げた。林檎は呆然としてそれを見つめていた。
…死ぬつもりなのか?与えられた命を、そんなにあっさりと捨てるのか?
リボンが拳を振り上げた。
…ふと、足が熱いなぁ、と思った。
そこで林檎の意識は途切れた。
門限の19時を過ぎる。
あ、俺死ぬなこれ。まぁおもんない人生やったな。
五月山若葉は幼少期からいつでも死ねると思いながら生きてきた人間だった。
別に、親から変な教育をされたという訳でもなく、生きているうちにいつの間にかついていた感覚だ。
「とある人」を探してこの町に来て、今こうして死にかけている訳だが、そこまで生への執着はないので、煽って殺されるなんてみっともないことになるのは悔しいものの、大して気にしていない。
…あいつへの復讐は、果たしたかったな。
目を閉じる。一瞬で回りが静かになった。
しかし、一向に痛みがこない。あれか、即死したもんだから痛くなかったのか。それなら有難いな…。
目の前に三途の川があることを覚悟し、目を開ける。
…生きてる?まだ意識がある。
何故?
「…ッ!?」
そこに広がっていた光景は、若葉を仰天させるには十分だった。
さっきまでおどおどしていたあの少年が、あの「黒滅」 のパンチを両手でしっかりと受け止めている。胸の前に手をもっていって衝撃を抑えていた。
手加減したのかと思いきや黒滅の方は本気らしい。驚いたらしく、目の色がすっと元の黒に戻る。
「…おい、どうしたんだよ少年。まさかお前、嘘ついてたのか?だとしたら相当な策士だな、おい」
その声は震えている。それもそのはず、黒滅は人一倍観察眼が優れているのが小さい頃からの自慢だったのだ。
嘘をつかれて、それを見抜けなかったのがこの結果であるとなると面目が丸つぶれだ。
この少年、「こんな力をもっている」事を隠していたっていうのか?だとしたら…
少年は答えない。若葉は苛々して思わず口を挟んだ。
「…何か言えや」
「…僕はもう用済みか?」
さっきまでとは比べ物にならない位落ち着いて、暗い声だった。
若葉は少し怯んだが、負けじと自分に背を向けている少年に近づき、肩を掴む。
身体をぐいと自分のほうに向けて顔を覗き込むと、彼の目は赤く染まっていた。感心してしまい、思わず「わお」と声が出た。
「やっぱり、“色持ち”やん。しかもこれ…」
突然少年がぷつりと糸が切れたようにようにどさりと倒れた。慌てて黒滅が抱き抱え、少年の様子を心配そうに観察する。
少年の赤い目はぼんやりと開かれたままだ。それを見た黒滅の元より大きな目がさらに大きく見開かれる。
「こいつ…」
しばらくして、ぽつりと呟いた。その声は少し哀しそうだった。
「Magentaじゃねえか」
本当はここまでが1話だったのですが、長いので2つに分けました。
若葉くんお気に入りです。
今回は原案のキャラ設定を載せて終わります
三良 林檎 ミラリンゴ
Magenta
主人公だった筈。一見ふにゃふにゃしていてネタ枠状態だが、本当は誰よりも物事を達観して見ている。そので、自分が死ぬのは嫌だと判断するタイプ(は?)。
病むと弱い。