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とある使用人の復讐譚  作者: 黒井黒
第一章 使用人生活
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7話 『旅立ち』

更新遅くてすいません!


「嘘だろ……」


翔の目の前には信じられない光景が広がっている。今まさに、全力を出すと宣言したばかりの源治の炎が道場の屋根まで届き、僅かながら焦がすまでに至っている。


全て、特殊材料で建てられているこの道場が万が一のにも焦げるなんてことはありえない。だが、立ち上る炎はもう常識の範疇をとうに超えていた。普通の家屋なら一瞬の内に全焼ものだろう。


あれを相手にするのかと思うと、足が震えて、変な笑いが込み上げてくる。


そんな翔の心情を読み取ったのだろう。


源治は爆炎を纏いながら、ゆっくりと翔に近づいてくる。強化材質を焦がす程の熱が1ミリでも近づいたものなら皮膚が一瞬でお陀仏だ。


翔は源治に合わせるように後ずさる。


「翔……お前の復讐心はその程度か」


源治は近づきながらそう言った。


「なんのことですか……」


翔は感情のこもっていない声で言って、後ろに引いていた足を止めた。だが、容赦なく源治は迫ってくる。ジリジリと、自分の肌が熱くなっていく。


「自分でも分かっているのだろう?口では文句を言うものの本心ではそれを望んでいる。お前は、剣を握る限り復讐から逃れられん」


源治の言葉を聞く度に、古傷が痛む。その言葉ひとつひとつが、刃のように自分の心を深く抉る。


「お前が学園入学を決めたのも、復讐の為。どんなに理由を重ねようとも、それが本音だ」


「それは源治様が……」


「俺は、黒羽家の使命を果たせと言っただけで強制はしていない。お前が、本気で抵抗したなら俺も無理強いはしない。なら、今からでも取り消すか」


翔は言葉に詰まった。


復讐なんか望んじゃいない。今どきそんなの流行らないし、何しろ今の自分にはする必要が無いことだ。それに、学園の事だって、この人に恩を返したいと思ったからだ。これは嘘じゃない。


なのに、どうしてだろう?


源治様の言葉を完全には否定出来ない自分がいる。刻まれた傷が疼いて、疼いて仕方がない。この傷が、まるで俺に復讐をしろと言っているかのようだ。


考えている内に、源治は翔の目の前まで近づいていた。未だ、その炎は健在で翔の肌を焼いている。


「お前の中で、答えは出たか」


復讐………それを忘れる事は出来ないだろう。多分ずっと、自分の中でそれは問い続けてくる。故郷を焼かれて、自分だけ生き残っている意味。復讐を誓って、挑んでいきた昔の壁は今ではもっと大きく見える。


「俺の答えは………」


翔が言おうとする時、ドカンッ!と物凄い音を立てて道場の扉が開いた。


「お父さん!翔!」


そこに居たのは、玲奈だった。どうやら、騒ぎを嗅ぎつけて来てしまったらしい。


「何してるの!翔もお父さんも!」


玲奈は道場に響く声で、翔達に訳を聞くが翔はヘラヘラと笑いながら誤魔化していた。玲奈の対応に追われていた翔が気づいた時には、ジリジリと肌を焦がす熱は消えて、翔の隣を源治が通り過ぎていた。


「源治様!この刀は!」


「お前にやろう」


その一言だけ言うと、源治は道場から去っていった。それから、翔は玲奈にめちゃくちゃに問いただされたがなんとか誤魔化して、疲れてしまった玲奈は諦めてどこかに行ってしまった。


翔は源治から貰った刀を見て、考える。


今の発展した技術では斬っても死なないブレードが主流になっている。星乃海も含めて、各国にある学校でも模擬戦や授業ではそれを扱っている。


殺傷能力がある刀なんて今どき時代遅れだ。


刀なんて、人や動物を殺す以外に使う用途がない。


「つまり……そういう事なんだろうな」


源治の気持ちがどうであれ、これを渡したことに何らかの意味があるとしたら、それ以外有り得ない。


「これを本当の意味で使う日が来なければいいな……」


全ては、これから過ごす学園三年間にかかっている。足りない覚悟をもう一度改めた。



それから、数日が経った。


あれから、源治様とは一切会話をしていない。源治様から貰った刀は完璧に掃除された、今となっては旧自分の部屋となった物置小屋に置いてある。


この数日間は、長いようで短く感じられた。俺は、狂ったように剣を握り、感覚を取り戻そうと必死だった。そんな俺を見て、玲奈が塩らしくなったり、柚季が慌てふためく様は見ていて滑稽だったけど……。


遂に、この日を迎えた。


「ちゃんと荷物は持ったかしら?」


「当たり前だろ。お前じゃないんだし」


「は?喧嘩売ってんの?その喧嘩買ったわ!」


朝からドタバタと騒ぐ俺達を見て、柚季がいつもながらため息をつく。


「今日ぐらい仲良くしてください……」


大きなキャリーバッグと共に、玄関に現れた柚季。その背中には、俺達二人の刀が背負われている。


俺の刀は勿論……源治様から貰った刀だ。


俺達はそれを柚季から手渡される。


「ありがと、柚季ちゃん」


「はい!頑張ってきてください」


柚季だけには甘々な玲奈が、見たことの無い笑顔を浮かべて刀を受け取る。ちなみに玲奈が使っている刀は昔、潔子さんが使っていた物らしい。手入れはしっかりしてあり、先日職人まで呼んで確認させていた。その練度は言うまでもないだろう。


玲奈が刀を受け取ったという事は、次は俺の番だ。


「はい!兄さん!」


「ありがとう、柚季」


本当は、渡したくもないだろう。故郷を引き裂く武器として扱われていた物を。だが、それを今俺の為に感情を押し殺して笑顔で渡してくれる。

俺は何も言わずに、柚季の頭を撫でてやる。


「じゃ、行ってくるな」


「行ってらっしゃい……兄さん、玲奈さん!」


「じゃあね、柚季ちゃん!」


大きめのキャリーバッグを引きずりながら、俺達は新たな門出を迎えた。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「ねぇ、ねぇ玲奈さん?」


「何よ?」


「いつも思うけど、ここって立地最悪だよな」


俺達は今、黒羽邸を出て、麓の道路まで続く石階段を下っている。それも、キャリーバッグを引きずってだ。


「うっさいわね!なら、星乃素でも使って降りたら!」


ガタガタと、キャリーバッグが泣きそうな乱暴な音を立てて下っている玲奈が反抗してきた。


「はぁ?そんな事して見られたら入学前から退学だわ!」


星乃海学園の校則のひとつに、『本校の生徒たるもの、意味もなく校外で力を見せるべからず』という文がある。つまりは、校外で星乃素を用いた力を使った場合処罰される事になる。


意味が分からない校則だが、入学するのだから守らなくてはならない。


「校則なんて破る為にあんのよ!」


「お前は、本当に俺と馬が合わんようだな!!」


愚痴愚痴と終わりが見えない道を終わりが見えない文句合戦をしながら、山の駆け下り、いつの間にか麓までやってきた。


「今度から絶ッ対あんたとはこの道歩かないわ!」


「こっちもお断りだ!」


いつもの倍で疲れてしまった。だが、ここから星乃海学園までは車移動だから少しは休める……と思ったが、


「そう言えば、なんで車1台しかないの?」


目の前にある黒羽家専用の車は一台限り、乗る人間は二人いるというのにおかしい話だ。玲奈は、息を切らしながら車の窓を叩き、窓が下がるとドライバーに聞いた。


「もう一台はどうしたの?」


「それが、急にタイヤがパンクしまして……来れなくなりました」


それを聞いた瞬間、玲奈は膝から崩れ落ちた。


「こいつとまた一緒に………」


「おい、そこまで嫌がられたら流石の俺でも傷つくぞ。おい、そこ笑うな」


ドライバー兼使用人仲間の男が、笑いに耐えきれずに小刻みに震えている。


こいつ、まさかわざと………!


俺の冷ややかな怒りが伝わったのか、男はこっちをチラッと見ると真顔に戻った。玲奈さんは未だに信じられないと呟きながら、地面と会話している。


「おい、乗るぞ」


「ま、待ちなさいよ!」


俺は玲奈のキャリーバッグと自分のキャリーバッグを車のトランクに乗せると、早々と車に乗った。玲奈もそれを見て、慌てて俺の後に続いて乗り込んだ。


そして、俺は運転手の男の耳元でこう言った。


「余計な事言ったら……殺す」


「お、おっけ〜」


ここまで元気の無いおっけーを初めて聞いた気がする。


そんなこんなでようやく、星乃海学園へと出発した。







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