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とある使用人の復讐譚  作者: 黒井黒
第一章 使用人生活
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6話 『心の整理』


雑務から逃げるように柚季の部屋を出た翔は、そのまま道場には向わず隣にある自分の部屋に入る。

家の管理を預かる使用人の部屋とはとは思えない程、服やら本やら物が散乱している。元々、部屋が狭いのもあってか、より一層汚く見える。


「星乃海学園って、全寮制だからな。もう少しでここともお別れだな」


そう思うと、こんな汚いぼろ部屋でも何かしらの思い出が浮かんでくる……浮かんでくる……浮かんで。


「まぁ、ともかく!世話になったな」


自分しかいない部屋で、年月だけは過ごした部屋にむかって礼を言う。傍から観れば気持ち悪い光景だが、これから三年間離れると思うと勝手に情も湧いてくる。

ここで後、数日間過ごすことになるからまだお別れって訳じゃないが、掃除をしてもバチはあたらない。


「さて、最後の大掃除だ」


戸棚から新品のマスクを取り出し、作業に取り掛かる。


服が入ったたんすから、自分の下着やら私服、寝巻きなどを適当に見繕い、大きなスーツケースに詰める。気が早い気もするが、掃除をする為だ。面倒臭いことは先に終わらせる。それが、昔からの翔の性分だ。


掃除をしていると、懐かしいものまで転がってくる。


「この木刀……源治さんの所から盗んだやつだ。これ……今思うと相当やばいことやってんな小さい頃の俺」


この歳になって、ようやく事の重大さに気づく。


「後で元の場所に戻しておこう……」


ある程度あちらに行く荷物も詰めたところで、物がなくなり最初よりだいぶマシになった部屋を見渡し、達成感に酔いしれる。


「やればここまで綺麗になるんだな〜」


そう思うと、今までの掃除をさぼってきた自分が情けなくなってくるが。部屋に溜まった色々な物が処分され、揺れていた心の整理も出来たのということで一区切りつくことにした。


未だに埃臭い部屋を後にし、靴を履いて、外に出る。さっきまで朝食を食べていたのに、すっかり日は登り、昼ぐらいになっていた。


翔が向かう先は、黒羽家道場。


毎日通ってはいる道場に向かう道でも、源治の話を聞いてからは急に重みが増す。それだけ、思い出があるということだろう。翔は苦い思い出を思い出し、なんともいえない表情になる。

道場に入るとまず先にやることは数年前、源治から盗んでしまった木刀を丁寧に元の場所に戻しておく。多少の罪悪感に、苦笑いが漏れる。


そして、翔は脇にある違う木刀を手にして、噛み締めるように握る。数年、まともに振っていなかった剣を一振りしてみる。


「やっぱり、前のようにはいかないか」


剣術を嗜んでいた翔は一振で自分の調子を測る。数年前までは軽いはずの木刀が、やけに重く感じる。悲しい事に、天才ではない凡人の翔にとって、数年のブランクはどうやら思った以上に大きかったようだ。


もう一度、固く剣を握り直して素振りを数回、繰り返す。


今まで、包丁やハタキなど違う物を握ってきた翔は、剣はもう握ることはないと思っていたもの……急に付け焼き刃で出来るものじゃない。


「本当に、俺が入っていいのか?」


誰もいない道場でぽつりと呟く。


そう疑問に思うのは、当然だ。


翔には何故源治が入学させると言ったのか、その真意が分からない。当主の命令でなくなく、了承したが本当のところはあまり乗り気ではない。


翔自身でもあんなにもあっさり源治の提案を受け入れたのか、自分で自分が理解出来ない。


混乱した頭を静める為にも、木刀を振る時は冷静に一振り、一振り何も考えずに振る。


だが、振れば振るほど邪念が混じり込んで集中どころではない。剣を持つことの不安をどうしても拭え切れない。


「全く……柚季には偉そうなこと言っといて、情けないよな」


弱気になっている自分を貶して、苦笑する。


木刀を置いて、今からでも源治に入学を取り消して貰おうかと、考える程に精神が弱っている。


でも、それでは駄目だと翔は分かっている。


翔が不安と恐怖に胸が締め付けられていると――道場の扉が、開いた。


「ッ!?」


そこに居たのは、源治だった。


だけど、翔が一番驚いたのは――源治の左手には特徴的な漆黒の鞘。そして、右手には源治が愛用している刀が銀色の鋼を煌めかせていた。


既に抜刀しているという事は、もう斬り掛かる相手が決まっているということ。そして、この道場には翔以外、誰もいない。


まさかの展開に、翔も驚きを隠せない。


源治は真っ直ぐと翔を見据え、ゆっくりと近づいてくる。源治の威圧のような偉大さに、思わず翔は後ずさる。 元から大きな壁が、更に大きくなって迫ってくる。


翔と源治の距離が縮まり、源治の剣先が届く間合いまで接近する。


だが、自然と身体は動かず硬直する。


このまま斬られると、翔は諦めて目を閉じる。


「何をしている」


突然声を掛けられて、目を開ける。よく見ると、源治の腰にはもう一本の刀が差してあった。源治はそれを帯から鞘ごと抜き、翔にそれを投げ渡す。


翔はそれを慌てながら掴むと、刀を少し抜き、確認する。


「……真剣」


ある程度予測していたことだが……どうやら源治は本気らしい。本気で自分とやり合うために真剣まで取り出したのだ。何故こんなことをするのか、分からなかった翔もこの刀を見て、察した。


「分かりました……今の全力で相手を致します」


翔は鞘から刀を抜き、鞘を後方へ投げ捨てる。そして、深く呼吸し、集中する。世界が一瞬止まったかのような静寂。


もうこの二人に言葉はいらなかった。まさに真剣勝負。


翔は久しぶりに昔を思い出す。


この男に勝てなかった過去……今現在も、高く、高く立ちはだかる壁で雲の上の存在であることは今も昔も変わりない。


(ここで勝つッ!)


翔はただでさえ少ない星乃素容量(キャパシティ)をフル解放して、源治に刺突を繰り出す。星乃素(マナ)で強化された翔が繰り出す刺突は、常人の居合斬りと変わらぬスピードで源治に迫る。

警戒していたとはいえ、この速度。完全に不意打ちに近い。


だが、ここで決まらないのが黒羽源治という男である。


「ッ!」


「どうした?こんなものか?」


翔の刺突は躊躇なく源治の胸に向かい放たれたが、それを源治はその場から動くことなく、刀の柄で余裕の表情で受け止める。


――完全に舐められている。


翔は一旦距離を取り、体勢を整える。


「次はこちらからだ」


そう言うと、源治の力が刀に伝わり、星乃素(マナ)で構築された炎の渦が生み出される。数メートル離れているにも関わらず、爆炎の余熱がこちらまで伝わってくる。


そして、刀は上段から下段へと振り落とされる。


すると、竜巻の如く爆炎が翔に真っ直ぐ向かってくる。肌に伝わる熱が段々と温度を上げていく。

翔はそれを横に転がり、避ける。距離を取っては駄目だと、その勢いのまま立ち上がり、源治に肉薄する。


「おらぁッ!」


下段から上段にかけて刀を振り上げる剣術の基本『振り上げ』で源治を攻める。逆に源治は、それを真正面から受ける。


互いの刀から火花でも散りそうな勢いで、ぶつかり合う。下段から攻めている翔は上段から振り落としている源治に分が悪い。距離を取ろうにも、上から刀を押さえつけられている為、逃れることが出来ずにいた。


「舐めんなぁぁッ!」


翔は星乃素(マナ)で身体能力を底上げし、無理矢理、源治の得物を跳ね上げる。


それによって源治の両腕と刀は完全に上部に上げられ、胴ががら空きになっていた。


(ここだッ!)


翔は体勢を崩しながらも、再び力を込め、薙ぎ払う。


もはや、源治には避ける隙も時間もない。超近距離からの薙ぎ払い。本来なら、上半身と下半身が離れてもおかしくない一撃。


だが、翔の刀は空を斬る。


「そう簡単にはいかないか……」


「衰えているとはいえ、俺に『神速』を使わせるとは中々だな」



黒羽流回避術『神速』


黒羽家が得意とする移動又は回避術で、相手の攻撃を避ける際、緊急回避で避ける場合のみ用いる。極端に足腰の筋肉に星乃素(マナ)を集中させる事によって、弾丸のような速度で移動する。言わば、絶対必中の攻撃を必ず避けられる技だ。


そんな技を源治に使わせたことで、勝利への期待をもった翔だったが、甘い幻想は直ぐに叩き壊されることになる。


「そろそろ本気でいかせてもらうぞ……翔」


嘘か誠か、源治の口からはそんな絶望的な言葉が発せられた。



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