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とある使用人の復讐譚  作者: 黒井黒
第一章 使用人生活
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2話 『朝稽古』

 

 道場は黒羽邸の左隣に隣接している。昔から現在の場所に建っていた黒羽邸だが、何故先祖がわざわざ家の敷地内ではなく、外に道場を建てたのかは黒羽家七不思議のひとつだ。


 そんな事はさておき、翔は玄関から履きなれない真新しい靴を履き、異様に長い、門までの道を歩く。玄関までのアプローチは日本庭園らしく砂利石が一面に敷かれているため、一歩一歩がうるさい。

 その砂利道を抜け、いかにもな豪邸と思わせる薬医門を潜ると目の前には森林。鹿も顔を覗かしている。


「 改めて、でかい屋敷だな…ここ」


 黒羽家は山の上に建てられている大きな本殿の他に、その周囲には1.5キロにも及ぶ森林帯……そして、大きな道場。

 極めつきは、山を降りた先にある小さな街の自治権まで政府からの委託され受け持っている。言うなれば、政府推薦の市長という訳だ。条例、警報の発令、建物の建設までもが、黒羽家の一声で行なわれる。こんなことが出来るのもこれまでの黒羽家一族の歴史と、国もといは政府に多大なる恩をうっているお陰だ。


 そんな規格外なお家の中核を担うのが、『剣術』だ。


 昔、武家だった頃の黒羽家は全国にその武勇を知られていたらしい。

 その理由は、剣の腕はもちろん黒羽家自己流の剣術にあった。


 黒羽家独特な剣筋で、覚えようとしても中々覚えられず、幼い翔は泣きながら断念した記憶がある。


 翔は苦い昔の思い出を掘り返しながら、道場の敷居を跨ぐ。


 そこでは普通の剣道とは思えない音が鳴り響いていた。


「いやぁぁぁッ!」


「フンッ!」


 和服から道着に着替えている玲奈と源治の剣がぶつかり合い、ギリギリと音を立てている。立っているだけで、ビリビリと振動が伝わってくる。


 二人が握っている特殊な木刀には、炎と氷。


「玲奈の能力《吹き荒れる氷の流れ(フリーズンフロー)》と源治様の能力《爆炎の支配者(イフリート)》は圧倒的に相性が悪い……玲奈の方に」


 源治の炎が玲奈の氷を溶かし、刀身を変化させている氷がやがて砕ける。それを予測していた玲奈は後ろに距離を取り、自身の周囲に氷塊を幾つも浮べて追撃に備えていた。


 源治は追撃せず木刀を両手で握り直し、刃先を天井に向ける。


 物凄い爆炎が渦を巻きながら舞い上がり、周りに飛び火している……が、今の技術で作られた強化道場は壊れることは無い。


 追撃が来ないと分かったのか、玲奈は氷塊を源治に放つ。だが、放たれた氷は源治の手前で全て溶けて水に変わる。


「炎を纏って防御にできるんだからチート過ぎるよな……」


 目の前の光景を見ていた翔は、改めて格の違いに唖然とする。


「別に玲奈も弱い訳じゃないんだけ、あの人が強すぎるな。完璧に炎を操ってるし……」


奇蹟の世代(プリジェスト)』とひとくちに言っても、個人個人で使える『星乃素(マナ)』の量や性質が異なる。例えば、源治や玲奈が使っているのは自然系ーー炎や氷といった天災と成りかねない強力な能力だ。これはごく僅かの人にしか扱えない代わりに、制御があまりにも大変で扱いずらい。だがしかし、これを制御出来たら凄い力が手に入る。能力が使いこなせるかは個人の才能や、努力に依存している。

 いくらいい能力が持っているとしても、使えなければ宝の持ち腐れという訳だ。

 自然系以外の能力系は色々あるが、大体は身体能力を上げる為に『星乃素(マナ)』を使っている人が多い。


 翔もその類いだ。


 道場での戦いは、源治が玲奈に一方的に攻められる展開が続いていた。


「凍れ――白銀龍の息吹(シルバーブレス)!」


 玲奈が木刀をひと振りすると、そこはまるで雪山のような寒さに襲われる。そして、吹雪が風に絡まりながら源治に向かい吹き荒れる。

 源治はそれを炎の膜で自身を覆い、回避する。玲奈の攻撃は防がれたかと思ったが、そうじゃない。


 玲奈がニヤリと笑う。


 玲奈の攻撃は段々と威力を増し、炎を纏う源治の炎がどんどん氷に変わっていく。つまりは源治の炎の膜自体を凍らせたのだ。そして、吹雪が収まると、球体状の氷のドームが出来ていた。


 玲奈は即座に氷塊を準備する。


「これで勝ちよ!白銀の槍(アイススピア)!」


 無限の如く生成される氷塊をドーム状の氷に向け、放つ。


 放つ、放つ、放つ ………。


 もはや、氷の冷たさで周りの空気が水蒸気が発生し、状況は確認できないがあれを食らったら一溜りもない。玲奈は勝利を確信して、地べたに座り込む。


「はぁ……はぁ……はぁ」


 流石の翔も、あれだけ完璧に決まればあの源治に勝てるではないかと息を呑む。

 だが、そんな甘い幻想は目の前から現れる炎によって氷と一緒に溶けてなくなる。


「まだ修練が足りないな。お前の体力の無さは致命的だ」


 炎の中から現れた源治が『星乃素(マナ)』切れで倒れて動けない玲奈に言った。


「うるさい……あれが完璧に決まれば勝てると思ったのよ!」


 息も絶え絶えの玲奈が反論したが、それはただの言い訳。源治がフッと一蹴し、そのまま道場を後にする。これが本当の勝負であれば、玲奈の負けは確実だ。


 疲れ果てて動けない玲奈に、翔は手すりに掛けてあったタオルを投げる。

 玲奈はそれをキャッチすると上半身を起こして、汗で濡れている首筋を拭う。


「ありがと翔。でも、あんたは試合していかないの?」


「俺が玲奈やあの人と試合したら瞬殺だろ。そんな勝ち目のない勝負はしない主義だ」


「それは私の事を皮肉ってるの?」


 汗だくの玲奈を馬鹿にするように、翔はそう告げた。実際、玲奈と源治の模擬戦は幼少の頃から続いているが、玲奈が一本を取ったことは一度もない。何百、何千と繰り返しているのにも関わらず………。


 玲奈も力の差は分かっているはずだ。


 玲奈は翔に悔しそうな表情を見せまいと、顔を少し伏せる。だけど、翔には玲奈が今どんな顔をしているのか分かってしまう。


「ほら、私って不器用でしょ?別に強い訳じゃないし、あの人に勝つにはひたすら数をこなして経験をしないとダメなのよ」


「いや、お前は充分チートの仲間なんだけど……」


 翔が言っているのもあながち間違ってないのだが、玲奈は卑屈に自分を下げる。

 それが彼女のいい所でもあって、悪い所でもある。


「まぁ頑張れよ…俺は知らないけど」


「本当に他人事ね……はぁ、あんたも小さい頃は可愛かったのに」


 玲奈が聴こえない声で言ったつもりかもしれないが、使用人家業で耳は肥えている翔はしっかり聴こえていた。


「……怒るぞ」


 少しドスの効いた声で、玲奈を威嚇する。だけど、昔からの付き合いである玲奈は翔が本気で怒っていないことが分かる。なのでお構い無しに翔を煽る。


「でも、本当のことよ?昔は復讐に燃えて、お父さんにも向かっていったし、私にも勝ってたじゃない」


「それは昔の話だ。今の俺じゃ、お前の足元にも及ばない」


 翔は平然とそう答えた。


 まるで悔しそうには見えない。普通、人から劣っていたり、負けたりすると少しでも悔しいという感情がある筈なのだが、翔からはその様子が全く見えない。何処か諦めにも似た感情を感じる。


 そんな様子を見た玲奈は少しムッとしてしまう。


「こんなこと言うの卑怯だと思うけど……翔って臆病よね」


「はっ?いきなりなんだよ」


 突然機嫌を悪くして、訳の分からないことをいう玲奈を翔は困惑気味に見つめる。


「だってそうじゃない?昔は使用人の仕事もしっかりこなしてたし、剣術だって一生懸命学んでた!それなのに、今はなんなの!使用人の癖にだらけて、剣の鍛錬だって辞めちゃったじゃない!」


 言葉が増えれば、増えるごとにヒートアップしていく玲奈。それを、無言で何も言わずに聞いている翔。顔を赤くして、声を荒らげている玲奈を翔は慰めようともしない。

 対照的な二人の態度の裏には、様々な感情はこれまでの過去が関係していた。



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