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とある使用人の復讐譚  作者: 黒井黒
第一章 使用人生活
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1話 『いつもの朝』


現在時刻は午前五時三十分。

月に代わり昇ってくる太陽がこっそりの顔を覗かせて、いつ輝いてやろうかと計画を練っているであろう時刻。


家具が少なく殺風景な内装に、ベットだけはある部屋に携帯のアラームが鳴り響く。


この屋敷の規模に比べたら明らかに狭い、十畳程の物置部屋を改装したようなボロ部屋。その部屋の襖が寝起きには心地よくない音を立てて、勢いよく開く。その拍子に襖が外れてしまったようで、廊下に大きな音をさせながら倒れていく。

アラームが未だに鳴り響く中、そんな事細事とばかりに慌てたような足取りで、携帯の液晶画面をタップしてアラームを止める。


そして、目の前の布団をいつものように剥ぎ取りにかかる。


「兄さん!起きて下さい!仕事ですよ!」


「無理、だるい!」


アラームと少女によって安眠を邪魔された青年は、気だるそうにしながらも、決して布団を離さない。


「そんな事言ってると、また玲奈さんに怒られますよ!」


「いいだろ別に、あれもう日課じゃん」


数分、互いに押しも押されぬ攻防を繰り広げた後着物を着た少女は引っ張っていた布団から手を離し、大きな溜め息をついて、諦めて言った。


「それじゃ、私が仕事するので兄さんはご主人様達が起きて来る前に、着替えてくださいね!」


壊れた襖をそのままにして仕事に行ってしまった少女を見て、青年は暖かい布団の中で不気味にニヤッと笑う。


「全く、柚季(ゆうき)は優しいな。どっかのうるさい女とは大違いだ」


(ただでさえ胸糞悪い夢を見たんだ……もう少しだけ寝かせてくれ)


青年はデジャブのような出来事を繰り返し、ぬくぬくと布団にくるまりながらまた惰眠を謳歌するのだった。



だが、一時(いっとき)天国ぬくぬくの結果は必然と見えていた。



青年が二度寝を決め込んだ約二時間後………。


ドタバタと廊下を激走する足音が二つ。一つは、怒り心頭で止める障害物を全て薙ぎ払うが如く勢い。もう一つは、今から起こるであろう出来事を予想して憂いているような勢いだ。

青年は生活してきて毎日繰り返されている出来事に、二度寝をしていてもこの時間になると自然に目が覚めてしまう。

遮るものが無く、吹きさらしになった部屋を先程来た青年の妹である少女と共に猪の如く突撃してくる少女。


「翔ッ!いつまで寝てんのよ!」


「おはよう!玲奈」


とても名家の生まれとは思えない怒号で飛び込んで来たのは、この家『黒羽家』の当主『黒羽源治(くろばねげんじ)』の一人娘で、使用人である翔と柚季の主人『黒羽玲奈(れいな)』。

その姿は並外れて整った容姿に、見ていると惹き込まれそうになる黒い瞳、同色の長く美しい髪が輝いて見える。その髪にはワンポイント、深紅のリボンを結っている。そして、着物を着ていても分かるぐらいすらりとしたくびれ、胸のふくらみは少々つつましやかだが、身体の曲線美はそれを凌駕する程美しい。まさに世の男性を虜にする身体の持ち主だ。だけど、お嬢様らしからぬ言葉遣いが玉に瑕(たまにきず)だ。


だが、きっと世間体から見たら玲奈は美人の部類に入るのだろうが無論翔はそんな玲奈の姿を見ても何も思わない。強いて思っているとしたら『モテるだろうな』。


まさに他人事だ。


仮にも主人である玲奈を使用人である翔は呼び捨てにし、ことある事にからかっている。


「おはよう!……っじゃないでしょ!?あんた一体何時だと思ってんのよ!」


翔の部屋には電子時計があるが、それを見ずにドヤ顔で言った。


「七時半……だろ?」


「あんたのダメになった体は早く治した方が良さそうね……。きっちり調教してあげるわ」


「じょ、冗談だよ……」


玲奈が怒り心頭な様子を見て、翔は少しまずいと思ったのか布団を剥ぎ、ゆっくりと起き上がる。そして、急かされながらも手早く袴を着こなし、羽織りを羽織る。数年前までは手こずっていた袴を着る作業も、随分慣れた手つきに変わっていた。

着替えるのをイライラした様子でずっと待っていた玲奈を無視して、隣に居た柚季の頭を撫でる。


「柚季偉いぞ!ちゃんと起こしに来てくれて」


「褒める前にもっと早く起きて下さい!」


柚季が頬を赤く染め、恥ずかしそうに注意してくる。それに、にこりと笑みを返した。


「今度から気をつけるよ。じゃあ行こうか」


そのまま、玲奈には一言も掛けずに美味しそうな朝食が並んでいるであろう居間に足を進ませる。


「あんた……また主人である私を無視するのね……。いいわ……その内あんたに天罰が下るわよ!あと、この襖どうすんのよ!」


背中越しに玲奈からの憎しみの念を受けながらも、長い廊下を直進する。


もう桜の蕾が芽吹き始めた三月後半だというのに、肌を刺激する寒風(かんぷう)が吹いている。

身体が冷える木造りの廊下を抜けると、風情に満ちた縁側が待っている。その途中に見える古い日本庭園。最近はそんな古き良き庭園が日本から失われつつあるが、この黒羽家の庭園は明治の時代からしっかりと手入れがされ、今も尚生き残っている。流石、名家といった感じだ。


庭園にある鹿威しが一定のリズムを刻む中、その音が耳に心地好く聞こえる位置に居間がある。


黒羽家の朝食は、家族全員で頂くのが家訓として決まっている。なので、誰か一人でも欠けると朝食が抜きになるという謎の風習があるのだが………。


中に入らなくても感じる雰囲気……。


翔は障子の取手に手を掛けようとしたが、固まってしまう。隣を見ると、翔の行動が分からず困惑した表情で見つめてくる玲奈と翔の心情を理解して苦笑いを浮かべている柚季の姿があった。


大きく深呼吸をして、意を決したように取手に手を掛ける。


「は、入るぞ!」


「毎日そんなに緊張して疲れないの?」


「お前には分からないんだよ!あの人の威厳というか、オーラというか……と、ともかく苦手なんだ!」


翔達三人は静かに障子を開け、使用人兄妹は一礼する。


「おはようございます。源治様、潔子(きよこ)様」


主人である黒羽夫妻に丁寧に挨拶する。


「あらあら、家族にそんな敬語なんて要らないと言っているでしょ?気軽にしてください」


「いえ、私達兄妹は使用人として黒羽家にお仕えしているので……」


潔子は膨れ顔で子供のように拗ねる。元々三十代後半には見えない童顔のお陰で、その年では痛たましく見える仕草も可愛らしく見える。


「そんな遠慮しなくていいに……ねぇ、玲奈?」


「柚季ちゃんはともかく、このバカは何とかした方がいいと思うわ!」


玲奈が翔を指さして、感情的に罵倒する。一方の翔は丁寧に、冷静に対応する。


「すいませんお嬢様。仰っている意味が分からないのですが?」


翔は、玲奈と妹の前以外では、ちゃんと玲奈をお嬢様と呼ぶ。それが一応、黒羽家に仕える使用人としての分別なんだろう。


「分からない訳ないでしょ!?今日だって散々……」


玲奈が言葉を言いかけた時に拍手が二回、軽く鳴らされる。鳴らした本人である潔子が食卓に着くように促す。


「ほら、喧嘩してないでご飯食べましょ!折角、柚季ちゃんが作ってくれた料理が冷めたら勿体ないわ」


その言葉に玲奈は言葉を止め、翔を睨み付ける。その様子を見た翔は、笑顔でお返しする。二人の位置する中間にいる柚季はまた苦笑い浮かべるしかなかった。


こうしてようやく、一同は席に着いた。


「さぁ、柚季ちゃんが作ったご飯を食べましょう」


潔子様が胸の前で掌を合わせる。


「では、食材に感謝して………いただきます!」


「「「「いただきます」」」」


箸を取り、ご飯茶碗を持って一口食べる。流石は名家、ご飯ひとつにしても、とても美味しい。値段が高い高級な食材と柚季の料理の腕が加わったら、プロにも負けず劣らない……と思っている。

翔の向かえ側には黒羽家現当主『黒羽源治』が鎮座している。まさに神々しいと言う言葉が当てはまる。その立ち振る舞いは三十代後半にしてその域を超えている。元々寡黙な人なだけあって、食事中も一言も発しない。

食事中に会話をしているのは翔の妹『柚季』と源治の妻『潔子』だけだ。その他、翔含む三人は黙々と箸を進める。


人間以外で言えば、音を発しているものがある。


それは長方形の長卓袱台(ちゃぶだい)の、横長の辺に座る全員が見れる位置に設置されているテレビだ。


この古風漂(こふうただよ)う家には(いびつ)な存在だが昨年、今の時代に情報を入手することが出来るテレビが無いと不便だということで、潔子が買ったものだ。


翔はお味噌汁を啜りながら、ぼけっとモニターにひたすら流れる朝のニュースを眺めている。


「あの《奇蹟の世代(プリジェスト)》の期待の新星!イギリス校《聖アドリアノ学院》のテスラ=フィール・ミラ・ルキア君が先程日本に到着しました!」


そんなニュースを横目で見ながら、翔は玉子焼きをひとつ頂く。これの卵もひとつ数百円だと思うと食べ方も変わってくる。


朝特有のほのぼのとした雰囲気に飲まれている翔とは違い、玲奈が何故かテレビを真剣にまじまじと見つめて、何かぼやいている。


「あの貴公子がねぇ……」


その玲奈の姿を見た翔が、もう一度モニターを見て聞いた。


「お嬢様……惚れましたか?」


翔がからかうように言った。


玲奈はそれを聞いて持っていた、牛乳が入っているコップを零しそうになる。


「何でそうゆうことになるのよ!」


「それはだって……真剣に見ていらしたではないですか」


翔がニヤニヤと馬鹿にしたように、問い詰める。明らかに悪意がある問いだが、翔は主人の玲奈に対する躊躇が全くない。


玲奈はその問いに、顔を赤く染めながら言った。


「当たり前でしょ!私も無関係じゃないのよ!今年からあの学園へ入学するんだから……」


玲奈は自慢げに話す。


実際玲奈は今年の春から、世界の最先端が詰まった『奇蹟の世代育成計画(プリジェスト計画)』の五つある学園の日本校『星乃海学園(ほしのうみがくえん)』通称『スターズ』に入学する事が決まっている。


学園側からの熱烈な推薦によって、特別枠での入学だ。それで最近調子に乗っている玲奈を翔は気に食わない。


「あまり調子に乗らない方がいいですよ?星乃素(マナ)の量だけでは、技術戦は戦えませんよ」


「知ってるわよそんな事!だから毎日朝稽古してるんでしょ」


「では、そんなにお食事を召し上がって大丈夫なのですか?太りますよ」


「んなっ!?」


玲奈はご飯をおかわりしようと、茶碗を潔子に渡すのを躊躇い、数秒唸りながら熟考した結果………茶碗を卓袱台に置いた。どうやら、ご飯より体型の維持を優先したようだ。


「ご馳走様!道場行ってくる」


食器をそのままに走って、屋敷の外に隣接してある剣道場に向かっていった。


「翔、あんまり玲奈をからかい過ぎないでね?あの子、感情を隠すのは上手くないから」


「分かっています。次期当主としてはもう少し思慮深さを身につけて欲しいものですが……」


隣にいる柚希がクスクスと笑って震えているが、潔子は苦笑しながらも自分の娘の名誉を守る。


そして、その後すぐに源治が手を合わせてお辞儀をする。朝食が盛られた皿は綺麗に片付いていた。

食器を台所に置いてきた源治は、去り際に翔を見て言った。


「俺も道場に行く。翔、お前も後で来い」


朝、初めて源治から発せられた言葉に翔は首を小さく縦に振る。


朝食後の稽古……黒羽家の日課だ。


玲奈と源治の稽古に、翔は付き合わされている。源治が部屋を後にしたあと、溜め息を漏らす。


「どうしたんですか?」


玲奈の食器を片付けいている柚季が、首を傾げながら聞いてくる。


「朝稽古が辛いんだよ……本当、勘弁してくれ……あと何年俺はあの人達に付き合わなきゃいけなんだ」


翔は、これから体験する厳しい現実に顔を(しか)めることしか出来ない。何せ、黒羽家のあの親子の稽古は次元が違う。


昔聞いた話だが黒羽家は代々、武家に仕えた家系だという。今の時代、その経歴をそのまま引き継いでいる事も珍しいが、それ以上に珍しいのが………。


黒羽家に生まれてくる子供は皆『奇蹟の世代(プリジェスト)』だということだろう。


奇蹟の世代(プリジェスト)』とは、数千年前に堕ちた隕石によって、地球の最北端に位置する北極にあるSの磁力と、地球の最南端に位置する南極にあるNの磁力が狂い、地球を取り巻いていた磁場が変動した結果。地球上に、『星乃素(マナ)』という酸素にも似た元素が誕生し、それを吸い込むことによって人間離れした身体能力を発揮する子供達が産まれてきた。その子供達の総称を『奇蹟の世代(プリジェスト)』という。


だが、全ての産まれてくる子供がその素質を持っている訳では無い。


まず、出生時に特別な検査を受けて素質の有無を確認する。そして、その素質があった場合産まれてからの十年程、保護観察対象として政府からの役人から監視され続ける。能力の開花はその十年の間に必ず開花する。もし、十年以内に開花しない場合は無能力扱いとなり、この先能力が開花することは無い。


その厳しい条件を乗り越えた者が『奇蹟の世代』と呼ばれる。


諸説によると、フランスの英雄ナポレオンや戦国時代の英傑織田信長といった偉人達も『星乃素(マナ)』の影響を受けた『奇蹟の世代(プリジェスト)』ではないのかと言われいる。


最近の研究でようやく特殊な隕石と『星乃素(マナ)』の存在が認知され、世間一般にも広く知られることとなった。


そして、隕石が与えた恩恵がもう一つ。


隕石の破片から採取できる鉱石だった。


その鉱石は紅く輝いているため『紅鉱石(イグナイト)』と言われている。これ鉱石は貴重な為、極一部の国と『奇蹟の世代育成計画(プリジェスト計画)』の理事国に承認を受けた企業でなければ採取することを許されていない 。


黒羽源治を初めてする黒羽一族は皆『奇蹟の世代(プリジェスト)』だ。そんな事滅多に無い、というより過去の記録をみる限り前例がない。

そして、全員『星乃素(マナ)』の順応能力が高く、キャパシティも高い。


「そんな超人相手に凡人がやれっこない」


黒羽の性を持つ翔が、何故かこんな発言をするに至ったのか。それは…。


――黒羽とは本当の血の繋がった家族ではないからだ。


それでも翔も柚季も一応『奇蹟の世代(プリジェスト)』なのだが黒羽家程、ずば抜けて能力が高い訳ではない。順応能力は普通、キャパシティも平凡。

能力を持たない人から見れば充分超人の域なのだが、同じ能力を持つ人から見ると凡人。


「まぁ……凡人は凡人らしく天才様の相手をしてきますよ」


翔はやる気のない表情と共に、とぼとぼと道場に向かって行った。




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