タロとチー:仲間
―――Ⅹ年113日目。今日もタロは元気だ。一時期は心配していたが、精神状態、体調も良い。頭の傷は目立たなくなったが、精神面では若干の幼児後退が見られる。おそらくは記憶障害によるものだろう。子供の頃の記憶が大半を占めているからだろうか、今日は人間観察を飽きずにしていた。本来の目的を忘れていないのかどうなのか、分からなくなる時がある。もちろん彼を批判するつもりは一切ない。そのことはまだ伝えるつもりはない。それによって訪れる変化が恐ろしいのだろう。現状緊急信号も送る事が出来ないため、規律107条5項に従い明日も行動をしていく。
「ただいま戻りました」
朝タロが起きる前に朝ごはんを作っていたらドアの開く音とともに声が入ってきた。やっとか、ついでにタロが寝ているこのタイミングで話をしよう。
「やぁお帰りナギ。お疲れ様」
「おはようございます。チー」
少しこけた顔でぎこちなく笑顔を作って手を差し出してきた。握手を交わして、ある程度の事を理解した。
「お茶でも飲むかい? ちょうど朝ごはんだ」
「ああ、助かります」
ぶはぁとため息をつきながらナギの席に着いた。荷物は無くしてしまったのか、持ち出した鞄はなくなっていた。服のところどころは汚れが見られる。お湯を沸かしている間に聞いておこう。お湯が温められる音がキッチンに響く。
「どうだった」
「……ダメでした。すみません。後で記録をまとめて提出します」
ナギは椅子に体を預けて天井を見つめて言った。
「……そうか。まぁしょうがないよ。そんなに簡単に見つかっても驚いちゃうよ」
はは、と笑ってみるもナギはスッと微笑を浮かべるだけだ。朝だと言うのに重い空気が流れる。
「タロは?」
「まだ、時間がかかるかもしれない」
「そうですか」
うん、と答える所でお湯が沸いたらしい。ポットを持ちあげてコップに葉を入れてとぽとぽとお湯を入れていく。そこでナギは、
「でも、それでいいのかもしれません」
僕は答えられずにお茶を蒸らす。小さな沈黙が訪れる。特にそれが苦しいと言う事もない。ただお互いに思っている事は同じだから安心できる。任務なんてもう忘れてここで暮らせばいい、そんな言葉が出てきそうになる。この時代は平和なんだから。
「……ケガとかしてない?」葉っぱを除きながら聞く。
「ええ、問題はありません。ただ、話の通じないひよこの軍団に襲われまして」
「……ぷっ、くくく。なんだいそれは」
「わ、笑いごとではありませんよ! チー! あ、ありがとうございます。ではなくて、命からがら逃げてきたのです、必死です」
ナギは顔を赤らめながらも訴える。
「ごはんだと思ったんだろ、ナギは僕らの中じゃあ大きいけどさ」
「まさにそうでした。ごはんー! と言って突っ込んできたのです。」
「あれま」
「私はごはんではないと伝えても、三歩歩いたらまたついばんでくるのです」
はぁ、あれは大変な思いをしました、と続けてお茶をすすった。僕はまるでタロだな、と冗談を言うとナギはそうですよ、と腹を抱えて笑った。
「ナギー、帰ってきたのかあ?」
笑い声で目が覚めたのか、向こうの部屋からタロが呻く声を出した。
「ほうら、噂をすればなんとやら。ひよこに襲われた話をしてやったら?」
「……絶対にいやです。タロなら友達になる! なんて言って襲われに向かうでしょう」
違いないね、僕はそう言ってタロを起こしに向かう。
どうやったらそんな体勢になるのか。タロは左手に枕を抱えて上半身をねじって朝日に呻いていた。
「タロ、朝だよ。ナギも帰ってきたよ」
「うぅ、そうかあ、ナギが。ナギ!」
タロの薄目がカッと開いて布団を横にやってベットを飛び出した。タロは走ってキッチンに向かった。
「ナギ! おかえり!」
「ただいま、タロ。寝起きだと言うのに元気ですね」
「なぁなぁ、お土産ないのか」
僕は節操のない奴だなあ、とあきれながらも後を追った。ナギは特にないですよ、と微笑んだ。
「なんだよ、つまらないなあダメダメじゃん」
「……でもタロが好きそうな生き物は見つけましたよ」
にっこりとしたナギはタロにひよこの話をし始めた。