第5話
「はい、じゃあ今日のテストはこれで終わり。お疲れ様でした。明日からは通常授業だから、お昼忘れないように~」
黒板を消しながら、先生はホームルームを終了させる。
放課後になると、やっぱり坂崎先生は女子生徒に囲まれていた。
「ねぇ、水元さん。今朝、私見ちゃった」
ちょっと席が離れてた、誰だっけ、名前―――
「楢原、美波だよ。私」
「楢原さん…。どうかしたの?」
ああ、そんな名前だっけ?と思いだしながら楢原さんを見る。
にやにやとしながら、私の前の席の椅子に座り、ぐい、と顔を近づけてきた。
「先生と密会してたでしょ?どういう関係?」
み、密会?なんのこと?もしかして、朝のコンビニの事かな。
やっぱり見られてた、よりにもよってこの人に。
…確か噂好きで口が軽いって誰かが言ってた覚えがある。
「ね、聞きたいな。昨日だって廊下で話してたでしょ?」
げ、そんなのも見られてたんだ。
「う、ううん、なにもないの、朝も偶然で…」
「うっそ~!だって、他のクラスの子で、水元さん、彼氏居るのに他の男の人と居たりするって言われてたしぃ~」
どうやら、私は知らない所で知らない噂が立っているらしい。
勿論、彼氏もいないしこれといって男友達もいない。
ましてや、女の友達だってそう多い方ではない。
「き、きっと見間違えだよ…。私、誰かと付き合ったことなんて…」
「水元さん、楢原さん、恋バナ?でももう教室閉めたいんだ」
ひょい、と楢原さんの後ろから坂崎先生が顔を出す。
手には教室の鍵を持っていて、さっきまで先生に絡んでいた派手な女子達は帰ってしまっていた。
「あ、今出ます…」
「あ、せんせー!ね、今日の朝、悠那ちゃんと居たってホント?」
帰ろうと立ちあがる私に「もうちょっと!」と目で言う楢原さん。
私はそれに嫌だと言えず、しぶしぶ座ってしまう。
先生も近くの椅子に座る、先生は私の顔を見ながら首を傾げ
「?多分気のせいだよ。先生今日寝坊してギリギリに来たからさ」
……嘘、皆が来る時間の前から居たじゃない。
コンビニに居たし、煙草吸ってたし。…もしかして、庇った?
「え~?でも私がみたのって、絶対先生と悠那ちゃんだと思ったんだけどな!」
「ほ、ら、先生も違うって言ってるし…、私もいつも通りの時間に来たよ」
こくりこくりと頷く私を不審に見ながら、楢原さんは「そっか~」と不満そうに鞄を持ってせっせと帰ってしまった。
帰り際、「じゃあね、悠那ちゃん、私の事も美波って呼んで」と言われて、頷いた。
静かになった教室、もうお昼だし、先生も私もお腹が空いているはずなのに動けない。
なんというか、動きたくなかった。
「先生」
「やっぱり見られてたね、ごめん」
先生が謝る事ないのに、と言いたかったけれど、言えなかった。
ぱくぱくと口を動かすだけ。何も言う事が思い付かなかった。
目のやり場に困って下を向く、先生は窓の外の野球部を見てる。
私も、というわけじゃないけど、先生と同じ様に外を見る。
「な、先生、別に水元さんを困らせたいわけじゃないんだよ」
「はい…」
「急にきた先生に、こうやって新学期から掻き乱されて、困ってるよな」
「そんなこと…ないです」
「今朝、水元さん元気なさそうに見えたから、…言いたくないならいいんだけど、何かあったの?」
気付いたら先生は私の方を見ていた。
黒ぶちの大きな眼鏡から覗く、茶色の目。あれ、先生ってこんなに目茶色かったっけ。
「あ…いや、別に、眠たかっただけですよ」
あはは…とから笑いすると、いつもだったら一緒に笑ってくれる先生も、随分真面目な顔をしていた。
「…お母さんが、お母さんと、久しぶりに朝一緒になって…」
そこまで言うと、先生はまた外を見た。
「お母さんと久しぶりにあって、気不味くて早く出てきちゃったんだ。だから調子狂う、って」
やっぱり先生はエスパーかな、と確信する。
だって言わなくても私の言いたい事全部バレてしまうんだもの。
「話してくれてありがとう。心配だったんだ、テスト中も上の空だったから」
それはいつものことだけれど、どうしてココまで私の事を気にかけるのだろうか。
「いつもですよ…。大丈夫です。心配掛けてすみません…。じゃあ、帰りましょう」
「うん、昇降口まで一緒に行こうか」
なんだか断れなくって、小さく頷く。
またこれを誰かに見られて、楢原さん…、美波ちゃんに明日言われるのかな。
「…じゃあ、また明日」
「はい…、さようなら」
きっと先生は手を振っているんだろうけど、見ないようにした。
みたらきっと、お父さんを思い出してしまうから。