第4話
次の日、学校に早く着いてしまった。
というのも、なんとなく早く目が覚めてしまって、珍しくお母さんと朝ご飯を食べた。
なんだか違和感に埋もれていて、家に居るのが嫌だった。
お母さんに「いってらっしゃい」と言われるのはいつぶりだろう。
「調子狂うなぁ」
学校についたとしてもやることはないし、きっと知らない人ばっかりだろうから、と私は今学校の目の前のコンビニの駐車場の車止めに軽く腰掛けてペッドボトルのお茶を片手に空を見ていた。
「何が調子狂うの、水元さん」
後ろから声を掛けられ、驚いた衝撃でペットボトルを落とす。
「はい、落としたよ」
「すいませ…ん…おはようございます…」
後ろから声を掛けてきたのは、坂崎先生だった。
すぐ後ろが喫煙所。
先生は物影に隠れて吸って、吸い殻を捨てに来た時に私を見かけて声を掛けたそう。
「ごめんごめん、そんなに驚くなんて思ってなくて」
「いえ…、ヘンなところに座ってた私が悪いので…」
朝、此処で買ってるの?と尋ねられたが、首を横に振る。
「家、すぐそこじゃなかった?もう学校いくの?」
「いや、ちょっと今朝は早く出てきちゃって、先生こそ、白衣じゃないんですか」
「そりゃそうだよ、ココ、学校の外だしね。…だから俺と話す時もそんなに堅くならなくていいのに」
まるで新任の若い先生の様な口調。
一人称も、「先生」から「俺」になってるし、煙草は吸うし、スーツ少し着崩してるし。
「これ、くじで当たったんだけど、俺甘いのは好きじゃないんだ」
コンビニで一定額以上買うと引けるくじ、それで当たったらしいグミを思い出したように袋から出すと、私に握らせる。
「学校、お菓子駄目なんじゃないですっけ?」
「まぁまぁ、ここ、学校の外だよ。鞄に入れとけばバレないから」
笑顔で言う先生は、どこか先生というより、同級生の男の子みたいな雰囲気だった。
「じゃ、あ、これ、どうぞ、おにぎり…」
お礼としてはあまりにもしょぼいけれど、鞄から今朝私が握った塩おにぎりを先生に渡す。
「…?いいの?これ、水元さんのじゃないの?」
「朝ごはんも食べたし、グミもお茶もあるので…大丈夫です」
昨日と同じように、また目を逸らしてしまった。
上手く先生と話せない、というか、私は元からこういう年上の男性と話すのが得意じゃない。
「そっか、じゃあ遠慮なく頂くね。もう先生学校行くけど、乗って行く?」
一人称が、先生に戻ってる。『先生モード』かな?なんて。
先生は普段車通勤なのか、先生の車は街中でもよく見る、家族で乗るような大きい車。
あれ?先生って独身じゃなかったっけ?
「男1人で乗るには寂しいんだ。気にしないで。いいよ」
ピピ、と鍵を開けて、助手席に『どうぞ』と促される。
もし、女子生徒から見られてたらどうしようなんて不安がちょっとだけ浮かんだけど、先生の車に乗って、先生の匂いがするとすぐにその不安は消えた。
「助手席に人を乗せるのは水元さんが初めてだな」
「…そうですか」
「うん、普段、部活で生徒が後ろに乗るからね。だから車も大きいのにしたんだ」
ああ、そういうこと。と、心の中の小さな疑問は見透かされた様。
静かに発進する車、BGMはどこの局だろう、今時珍しいラジオだった。
「はい、ついた。…ほんとにちょっとだったね」
車からそーっと降りる。先生は、なんでそんなに隠れてるの?なんて少し笑いながら言った。
「…ありがとうございました」
ぺこり、と小さく頭を下げて、まるで先生から逃げるように生徒用の昇降口に駆け込む。
へなへなと、下駄箱の前に座り込む。
先生の運転する車に初めて乗った事。数年ぶりに男性が運転する車に乗った事。
……懐かしい匂いがした事。
今日はそんなに暖かい予報は出ていなかったはずなのに、顔と手と足と、まるで熱があるみたいに熱くなっていた。
心臓がドクドクとうるさくなる。静まれ、静まれ、と右手で胸を押さえて、大きく息を吸う。
昇降口の冷たい空気と、砂の匂いが混ざって変な匂い。
ゆっくりと立ちあがって、近くのトイレに入る。
少しでも体を冷やそうと、トイレの手洗い場で手を流す。
鏡に映る自分の顔は赤くて、まるで、林檎みたい。
ばしゃばしゃ、と顔の熱を冷まそうと顔を洗う。
「…はぁ…っはぁ…」
少し落ちついた頃、他の生徒の登校時間か、少し騒がしくなってきた。
もうそろそろトイレから出て教室に行かなくっちゃ。
のぼせた様な頭で、ハンドタオルで顔を拭いて、リセットする気持ちでトイレを出た。