二
目を覚ますと、いや正確には意識の底で醒めているだけで現実では酔っ払って眠った少年はベッドに寝転がっている。なぜ意識の底と分かったのか、それは少年が真っ暗な空間で胡坐をかいて座っているからだ。頭痛も眠気もなく、しっかりと意識が醒めているのは分かった。一つの違和感をのぞいては。目の前に立つ、それが立っているという表現なのかは正確なのかは分からないが、一人の神らしき者が立っていた。顔はアキラの身長よりも大きい。それはまったく目線を合わせる気など無く、顔を上げるのも億劫なほどだった。これだから神というのは人が分からない。
「少年よ。汝、我の問いかけに答えるか」
「えっと・・質問によります」
神はしばらくアキラを見た、おそらく。「汝、力を持ち勇者となりて、世界の平和を救うか、否か」
「勇者?もちろん!そのための準備は前からしています!僕は-」
「汝、勇者となって何を成す」
(何を・・?)
「僕は・・・僕は悪を討ちます!悪を討って世界を平和に!」
「それは結果に過ぎない。勇者となりて悪を討つ、それは勇者と成る者がもたらす当然の義務であり結果に過ぎぬ。問おう、汝は勇者となって何を成す」
「僕は・・僕は・・・」
(僕は勇者になって何を・・)
「我が決定を下そう。汝-」
まるで断層が生まれたような、エレベーターが故障した時のような、ガコンという音とともに何かがずれたような感覚がした。その時酔いが逆戻りして、ズレの気持ち悪さも相まって吐きそうになった。
「うっ」
そのうち意識が朦朧としてきた。体が一つ一つの細胞に分裂して世界に溶け込んでいくような感覚。薬物なんて手を出したことは無かったが、きっとこんな感じなのかなと消えていく意識の中で思った。最悪の最後の言葉だ。
どれだけの時間が経っただろう、しかし頭の痛みはまだ新鮮なものだった。ズキズキと痛い。うなり声とともに体を起こす。そこで初めて気がついた。どうやら寝転がっていたらしい。ぼやけた視界に目をこすり見直した。おそこらくそれは路上と呼べるもので、少なくとも家のふかふかベッドではなかった。あたりには民族衣装のような服を着た人もいれば、顔だけが動物のような人もいる。どの人も不思議そうにこちらを見たが、たいした不思議ではないようですぐに前に向き直った。
(ん?動物の顔・・?)
「そういえば頭痛いけど表面的な痛みはないような・・こんな固そうな・・」横には少女が座っており、どうやら自分は膝枕で介抱されていたようだった。「あ・・・えと・・・その・・・」自身が深刻なコミュニケーション障害であったことを思い出した。目を丸くして少女を見た。
「あ・・その・・」どうやら少女もその類の人だったらしく、お互いに何も発しない妙な間が生まれた。「・・えと・・その・・近くを歩いていたら・・その、あなたがふらふらしているのが見えて・・その・・危ないなーって思ってみてたら・・そのまま倒れたので・・えと・・」
なんだか鏡を見ているようになった。人の振り見て我が振り直せとは少し違うが、こうもそっくりな人を見ると少し冷静になるものだった。
「あー、つまり介抱してくれたんです・・ね?」
「介抱と呼べるほどでは・・でも、はい」少女はコクリとうなづいた。
「ありがとうございました」アキラは頭を下げた。
少女は顔を赤くした。その姿を微笑ましく見る間も無く、スタスタと去っていってしまった。
(それよりも・・)
「やったー!ついに異世界に来たんだ!魔王討伐!成し遂げて見せるぞー!」元気良く立ち上がった。周りの視線は冷ややかだったがどうにもこの手のやからには慣れているようで優しい煽りが飛んでくるくらいだった。
辺りには地球じゃ見たことのない人達ばかり、そして見たことのない奇妙な武器や食材がわんさか、言語は馴染みがあるが聞いたことのない名前ばかりが飛び交っている。間違いない、ここは確かに異世界だった。アキラの目はキラキラと輝いた。夢にまで見た異世界だ。きっと物心ついた少年なら誰しもがこの夢にぶち当たる。それを成したのだ。
「・・あの」アキラは近くの店主に話しかけた。
(なんだよ急にしおらしくなったな・・)
「どした?兄ちゃん」
「ここってどこですか?」
「・・・・?」店主は頭をかいたが、どうやら少年の顔を見るに本気で問うているらしいと分かった。「ここは誰もが名売れの英雄を目指すために立ち寄る町さ。でっけー獲物を狙うなら、ここで武の何たるかを学んでからスタートを切るってのが定石だ。ようこそ始まりの町スタルトへ。あんたも狙うんだろう?でっけー獲物を」
「もちろん!狙うは魔王、ただ一人!」
胸の高鳴りは最高潮に達している。体を燃やすこの鼓動は魔王討伐への最高のスタートへの起動音だった。