15の力
これは作者の実体験を思い出しながら書いたものです。
つまりはほぼノンフィクション作品になります。当時を思い出すため、7歳の視点を再現しつつお送りします。
それでは、どうぞ。
12月の半ば。
その日、僕(7歳)はお姉ちゃん(9歳)と留守番だった。お父さんとお母さんが買い物に出かけてたので、その留守番だ。
自分から留守番したいと言い出したわけじゃない。むしろ連れて行ってほしいと思うのが7歳の僕の考え方だったのかな。
僕が留守番を引き受けたのは、おまけとして貰った魅力的なそれが原因だ。
窓の外はこんこんと雪が降っている。子ども心から遊びに行きたいと思うのだけど、寒がりなお姉ちゃんは雪の日の外遊びに付き合ってはくれない。晴れていたら、お父さんと雪だるまなり作るのだけど……。
一人で遊んでも仕方ないから、僕はお姉ちゃんと一緒にこたつに入って舟をこいでいた。
どのくらい経ったかな。お母さんたちが出かけてから多分1時間くらい。外は相変わらず雪が降っている。まだ薄ら雪化粧が付く程度だけど、明日には僕のひざ上まで積もっているだろう。
「そろそろ食べよう?」
「……そうしよっか」
目が覚めて、我慢できなくなった僕のおねだりにお姉ちゃんはやっと起きだしてくれた。
――やったぁ!!
留守番のおまけにもらったそれを食べる時がやっと来た。僕は小躍りしそうな気持ちを抑えきれず台所に向かう。
冷蔵庫から目的の物を取り出し、大切なおもちゃを扱う様に手に取った。
【ジューシー肉まん】
袋にはしっかりと明記されている。
これが、留守番のおまけだった。この頃の僕はミスタードーナツ――なぜドーナツ店で食べたかは覚えてない――で初めて食べた肉まんの味にド嵌りだった。
ふっくらした皮の中から現れるジューシーなひき肉。子ども目線からはとても大きく、まさに夢のような食べ物だった。
それが――市販品と言えど――家でも食べられるなんて、これは現実なのだろうか!?
お姉ちゃんに肉まんを渡す。
肉まんは電子レンジで解凍するのだが、僕には電子レンジの使い方がまだよく分かっていない。だからお姉ちゃんに任せることにした。
お姉ちゃんは袋から取り出した肉まんを皿に乗せ、電子レンジの中に入れる。僕は手伝いの代わりにと、袋をゴミ箱に捨てる。
「ねぇ、レンジで何分だっけ?」
「あ!? ゴメン見てなかった!!」
お姉ちゃんから問われ、僕は慌てて肉まんの袋をゴミ箱から取り出す。そして、ゴミ箱に書かれていたレンジの時間をしっかり確認する。
「15分だって」
「はーい」
僕の言葉にお姉ちゃんはレンジのつまみを捻る。レンジの中はオレンジ色の光に包まれた。中にある肉まんは、レンジに合わせてゆっくりと回転していった。
今でも思う。なぜあの時、僕は15分と読んだのだろうか。なぜあの時、お姉ちゃんはそれを信じたのだろうか、と。
***
僕は電子レンジとこたつを行ったり来たりし、肉まんが出来るのは今か今かと待っていた。そうして10分くらい経過しただろうか。ふと、お姉ちゃんが思いついたように口にする。
「ねぇ、ホントに15分なの?」
「え? 15分って書いてあったよ」
僕は「いきなり何を言うんだ?」と不思議に思った。お姉ちゃんは「ならそうなのかな」とそれ以降疑問を口にすることなく、ぼんやりとこたつに籠りながら肉まんが出来上がるのを待った。
そうして、15分が経過した。
電子レンジ「チン!」という音が聞こえた瞬間、僕はウキウキ気分で小走りにレンジへと向かう。当然、中にあるふわふわの肉まんを期待して。
電子レンジの扉を開け、皿も熱くなっているかなと警戒しつつそれを取り出す。待ちきれずに肉まんに手を掛け――
「――あれ?」
肉まんはガッチガチだった。
「どしたのー?」
お姉ちゃんが不思議気に近づいてくるが、僕には関係ない。思い切ってその肉まんにかぶりつく。
まるで、炊いてない白米を齧るような食感だった。いや、それ以上の硬さ。お煎餅をより固くしたような、凍らせた餅を食べた時のような、そんな食感が歯から脳へ……そして僕の心を一瞬で凍らせる。
「……硬い」
「うわ!? ナニコレ!? ねぇ、ホントに15分だったの!?」
お姉ちゃんの疑惑もついに――ようやくだが――限界を迎えたのだろう。ゴミ箱から肉まんの袋を取り出し、そこにあるレンジの時間を凝視する。
「1分15秒じゃん!?」
「うそ!?」
お姉ちゃんの言葉に僕もすぐに同じところを凝視する。確かに、そこには【1分15秒】と書かれていた。
肉まんガッチガチのカラクリはこうだ。
『15分もレンジに入れたら水分が全部抜けてガチガチだよねwww』
僕とお姉ちゃんは、呆然とした面持ちで袋とガチガチの肉まんを眺める。
「に、肉の部分は大丈夫かも!!」
かすかな希望――的観測――を僕は言い、それを証明するために一心不乱に肉まんを食べ始めた。この地獄のような硬さを乗り越えたら、きっとジューシーなお肉が顔を出す。そう――無駄な――希望に縋りついて……。
「………………苦い……」
結論から言うと、肉の部分もダメだった。真っ黒だった。炭の様にコゲ、深淵の黒さがそこにあった。漫画とかで出てくる“料理下手なキャラが作る料理=暗黒物質”が現実にそこにあった。
「……私、もういいわ」
「こ、これでも食べれるよ!」
お姉ちゃんは早々に肉まんを皿に戻しこたつに籠った。それを尻目に、僕はお母さんたちが帰ってくるまで肉まんと格闘した。そして、帰ってきたらお母さんに泣きついた。
「肉まんはもうないわよ」
当然、代わりの肉まんなんて有りはしなかった。
こうして、失意の中お留守番のおまけの肉まんは、ゴミ箱の中に投下されていった。
ある冬の日。こんこんと雪が降り積もる12月のある日のことである。
あれは……苦い思い出だった。
初めて短編を書きましたが、ネタがないんで実体験を。
よろしければ、砂鴉の作品をよろしくお願いします。