24 異変
お久しぶりです、更新再会です。
そして暫く歩いた時だった。
「裕也さん。裕也さんからみて、私は子供っぽく見えますかね」
「年相応じゃねえの?」
そんなやり取りを交わす俺達の前に、唐突にソレは現れる。
本来見つけるべき存在。だけどミラを外に連れ出すまでは出会いたくなかった存在。
その存在の登場にミラは一歩後ずさり、そして同じ様に相手も顔を引きつらせた。
俺はミラを庇う様に前に出て構えを取る。
「今度はお前か……ッ」
金髪の同い年くらいの青年。
俺に不可解な事を言ってのけたあの青年が、俺達の正面に出現した。
そして青年がそう口にした直後だと思う。
身に付けていた指輪が……赤く光り始めた。
「……ッ」
突然俺の体が金縛りの様に動かなくなる。
いや違う……体が、勝手に動く?
気が付けばゆっくりと俺の視線が逸れ始めた。
ゆっくりと確実に、ミラの姿を視界に移す。
そして訳が分からぬまま俺の手がゆっくり、しかし確実に握られ……そして動き出す。
まるでミラを殴り倒そうとでもする様に。
だけど次の瞬間その手は止まった。
否、止められた。
「何やってんだてめえ!」
青年に跳びかかられ、そのまま床に張り倒される。
そしてそのまま馬乗りになり、勝手にもがきだす俺の腕を抑え込んでいた。
青年は叫ぶ。
「コイツの指からその指輪を取れ、ミラ!」
その声にミラが小さく躊躇う様な声を漏らした。
戸惑っている。間違い無く状況を呑みこめていない。
そしてそれは俺も同じだ。
なんだよ……これ。
「早くしろ! もう持たねえ!」
青年の声を聞いて……いや、もしかするとこの状況の異常性に気付いてか、ミラが俺の指か指輪を外しに掛った。
そうしてそれが抜けた瞬間、その不可解な現象は終わりを告げる。
「戻った……のか?」
指輪が抜けた瞬間から、抵抗されなくなったからか、青年がそんな事を口にしてミラも安堵の息を漏らす。
そして俺はゆっくりと呟いた。
「……何だったんだよ、今のは」
その答えを正確に答える事が出来る者はいないだろう。
俺の身に一体何が起こった事。そしてこの青年がミラか……もしくは俺を助ける為に動いた事。他にもまだいくつか。
だけど確実に断言できる事が一つ。いや、二つある。
俺達の雇い主のハインズ製薬……裏に絶対何かある。
そして前々から気付いてはいた事だが、何かあるのは結果的に俺達を救ったこの青年も同じ事だった。
その証拠がこの状況だろう。
青年はマウントポジションという圧倒的有利な状況を取っていたにも関わらず俺からゆっくりと離れた。
俺を抑え込んで指輪を外すまでの一連の流れ。アレがミラを直接傷付けてもいいとは思わないという、あるかどうかも定かではない良識からの行動だったとしても……それでも、元に戻った俺を解放する理由なんて何処にも無い。
それが出来たかどうかはともかく、俺をボコボコにでもして見るのが此処に忍び込んだ誘拐犯としての正しい行動では無いのだろうか。
なのに俺の体は自由の身。多分その気になれば、俺がマウントポジションを取る事だってできる。
「自分が何やってんのか分かってんのか。お前は誘拐犯で俺は警備員だぞ」
「お前、まだ此処を警備する気でいんのかよ」
論点をすり替えられた気がするが、確かにごもっともな話だ。
はっきり言って、そうする気が起こらない。
何が起きたかは解らなくとも、誰が起こしたかという事は流石に分かる。
俺はゆっくりと床に落ちている指輪に視線を向ける。
アレを支給した雇い主であるハインズ製薬。俺をこういう状態にしたのは間違いなくその内部の人間だ。
アイネさんと直接話した事もある今、信じたくは無い事だけれど。
「まあ落ち着いて此処は一時休戦で共闘とでもいこうぜ。俺もその為にてめえを助けたんだからよ」
確かにそう考えれば合点が付く。
都合よくハインズ製薬に不信感を抱く警備の人間が現れた。
それを助ければ一時的にでも取りこむ事ができるかもしれないからな。
だけど本当にそれだけなのか?
ロベルトやこの青年には不可解な点が多くて……そして俺はこの青年の事をそれ程悪く思ってはいない。そういった事が重なって、こんな感情も芽生えてしまう。
……コイツは裏表無く純粋に俺達を助けてくれたんじゃないか? と。
そんな事を思ってしまうと、また更に疑問は増え続けるばかりだ。
……折角眼の前に本人が居るんだ。
だったら聞いてしまえばいい。
この青年とロベルトへの疑問の解を。
でもその答えが正確に返ってくるかどうかなんてのは解らない。というより返ってこないだろう。返ってくる様な素直な奴ならば、そもそもこうしたモヤモヤを抱かずに済んだと思う。
だから鎌を掛けてみる事にした。
本人の想定していた言葉以外を突ければ、もしかするとあるかどうかも解らない何かが零れ落ちてくるかもしれない。
そういった考えの元で思い付いた嘘は、きっと今みたいな事が有ったからこそ明確に出てきた可能性の一つ。だけども見当違いの可能性も高くて違っていたら滑稽もいい所なそんな言葉。だけどその返答次第でモヤモヤが解けるかもしれない問いだ。
そしてミラが聞くと少し不快になってしまう様な言葉。
俺は青年の隣まで歩き、青年にしか聞こえない小さな声で言う。
「なあ……なんだっててめえらは、そんな回りくどい人助けをしてんだよ」
本当に言っている自分が滑稽だと思った。
だけどそんな事をしただけの収穫は確かにあった。
「……ッ」
青年が息を呑んだ。
まるで隠していた事を突かれたかのように。
そしてゆっくりと静かに、小さな声で青年は言う。
「……どこまで気付いた?」
それは俺が抱いた薄い可能性が正しかった事を意味する返答。
「何処までだろうな」
何処まで気付いたか。何処までも気付いていない。
でも気付けなくても少しモヤモヤは晴れた。
全くの見当違いなら、それで敵と割り切ってよりモヤモヤを解消できた気がするけども……その言葉の真意がどうであれこっちの方が気分は楽だ。
そして俺が鎌を掛けた事を、青年は俺の返答で見抜いた様だ。
「……俺を誘導して何が知りたい?」
「不可解すぎるお前らの言動の意味を」
今までに抱いた違和感に加えて今回の一件そのものの動機。
コイツの反応が本物で本当の悪人ではなかった場合、こんな大々的な犯行予告まで出して何がしたかったのだろうか。
そして俺の要求を聞いて青年は言う。
「……その話は後だ」
青年は諦めたように……いや、肩の荷が下りた様に、俺の要求を呑む様な言葉を口にした後こう続ける。
「ミラの前で……俺達の被害者の前で言える様な事じゃねえよ」
それがどうしてなのかは分からない。俺が考えた様に不快感を与えてしまうからなのか、それとも別の何かか。
「それに……言ってる場合じゃねえだろ。見ろ」
俺は言われた通り青年の見ている方向に視線を向ける。
「……確かにオチオチ話してる場合じゃねえな」
視界の先には見覚えのある二人が居た。
キース立ち程ガッツリと話してはいないが、会釈程度はしたBランクギルドの構成員二名。
BランクといえどAランクと遜色の無い彼らの手には支給された指輪が嵌められていて……その表情からはまるで生気を感じられない。
少し前の自分を思い出す。
まるで体が勝手に動く様な状態。それが眼の前の奴らにも起きている。
だとすればだ。
「こ、こっち来ますよ!」
ミラは青年の居る方に来るのをためらった様だったが、それでも俺の後ろにやってきて隠れる。
「詳しい事は何も分かんねえが……アイツら二人が仲良く歩いてんの見ると、どうやら指輪を付けてねえ奴を襲う感じになってるみてえだな」
青年が指を鳴らしながら瞳を赤く染める。
俺も同じ様に瞳を赤く染めた。
そして一応聞いておく。
「じゃあとりあえず一時休戦だ。お前、名前は?」
「シドだ。……てめえは?」
「浅野裕也」
「オーケー、把握した」
そんなやり取りをして、俺達はミラの盾になる様に正面の敵を待ちかまえる。
想定外の事態になったが……とりあえずこの場、切り抜ける!




