20 ハインズ製薬
「……以上が、本作戦の概要となります」
「ありがとうございます。これで当日は無事に動けそうですよ」
アイネさんの説明が終わった後、俺は思ったよりも軽い気分になっていた。
なんだろう。もっとややこしい話かと思ったけど、アイネさんが話上手だった事もあってか結構簡単に頭に入ってきた。書面では伝わりにくい事もある。やはり会話というのは大切だ。
というか俺の場合、この書類読めないしね。
……で、案の定隣のリーダーさんは何にも理解していなさそうな表情を浮かべている。何にも分かって無い奴が、分かっているフリをしている時に浮かべる表情をしている。俺がアイネさんの立場だったら、話理解してないと絶対答えられない様な質問を投げかけたい気分になるだろうなぁ。
そんな事を考えて思わずため息をつきそうになる。
……あとで俺の方から説明しておこう。
「それにしても……本当に大掛かりな警備ね」
恐らく数少ない分かった所なのであろう部分を拾い上げて、アリスはアイネさんにそう言う。
「まあ我が社とロベルトの間には少し因縁の様な物がありましてね」
「因縁?」
「まあ恐らくあちらは何も思っておらず、こちらが一方的に睨んでいるだけなのかもしれませんがね」
そう言った後、一拍開けてからアイネさんは言う。
「ロベルトは一度、ウチの工場を襲撃しているんです」
「襲撃……ですか」
……アイツ買った奴から巻き上げるだけじゃなくて、生産元にまで手出してたのかよ。
「はい。そこで生産されたばかりの黒点病の特効薬を奪われまして。ただでさえ生産が追い付いていなく、需要と供給のバランスが崩れている時に……酷いと思いませんか? 挙句の果てに購入者からも奪うなんて事をしている様ですし」
「そうね。酷い話だと思うわ」
……まあ俺もそう思う。
アイツが襲撃して足りない薬が更に足りなくなった。それは許されざる問題だ。
「……だから皆ロベルトに対して怒りを露わにしていますよ。もちろん襲撃その物の事もそうですが……我々にとって黒点病の特効薬というのは、他の薬とはちょっと違う存在なんです」
「違う?」
「あの薬は、全く採算が取れない。作れば作るだけ赤字になる様な薬なるんですよ」
アイネさんはそう言って、少しだけ笑みを浮かべながら続ける。
「一応国からの補助金は出ています。ですがそれを含めてでも、一般市民が買える様な価格設定にすれば毎年少なくない損失が出る。それだけ生産にお金が掛る薬なんです。だから我が社以外の製薬会社は生産する為の設備なんて何処も導入してません。では、どうしてそんな状態であるにも関わらず、我が社が黒点病の特効薬を生産しているのか、分かりますか?」
「自分達しか作れない……義務感の様な物ですか?」
「まあそれもありますけどね。でも結局のところ黒点病の特効薬を作っている理由の根底にあるのは善意なんです。自分達で言うのもなんですがね」
……善意、か。
まあ言ってしまえば、ボランティアに近い物なのだろうか。お金を取っているので厳密には違うだろうが、方向性はきっと同じなのだろう。
「だから現状でも高い事には間違いないのですが、充分に手の届く範囲にまで金額を落とているんです。大損害と言っていいレベルですよ。だからこそそういう思いを踏みにじってまで薬を奪って行ったロベルトは、私達にとって許されざる存在なんです」
そして、とアイネさんは続ける。
「今度はそうやって私達を引っ張ってきた社長を誘拐しようなどとぬかす訳ですから、もう徹底抗戦するしか無いでしょう」
徹底抗戦……こその言葉には守るだけでなくロベルトを捉えると言った風の決意も籠められている様な、そんな気がした。
「だから今回の件。よろしくお願いします。あなたには期待していますから」
そう言ってアイネさんは俺に視線を向けてそう言う。
俺に……ね。
……まあ俺はお前に期待してんぜ、リーダーさんよ。
俺はアリスにちらりと視線を向けた後、再び視線をアイネさんに戻し、ちょっと気になった事を聞いてみる事にした。
「ところで、秘書さんってこういう場に出てくる様な役職でしたっけ? なんか社長を補佐するってイメージで、常に傍にいるイメージがあるんですけど」
この場に社長が来ているならば秘書のアイネさんが居る事に何とも思わないけど、秘書が一人でこうして動く事ってあるのだろうか。
「そうですね。他の企業はどうか知りませんが、普段は基本社長の近くで補佐をしてますよ。だからいつも通りこういう事は部下に任せて通常の業務を行う筈だったのですが……まあ事が事ですから。流石に何時も通りにはできませんよ。せめてあなた方だけでも実際にお会いしたかった」
「あなた方だけって事は……もしかして、アイネさんは私達だけに会いに来てるの?」
「はい。他のギルドには部下を行かせています」
「じゃあなんで俺達の所にはアイネさんが来たんですか? 俺達、他のギルドと違ってランク無しですよ」
「……だからですよ」
アイネさんは一拍空けてから続ける。
「ランク無しで実績が殆ど無いが故に、我々はあなた方の事をあまり知らない。だからせめてこの目で確かめたかったんです。雇うにふさわしい方々かを」
まあそれはそうか。
噂だけで辿りついたのならその真偽は確かではない。辿りつく過程で膨張している事もある。
だからこの目で確かめる。きっとその判断は間違ってはいない。
「大丈夫よ。裕也はAランク……いや、Sランクのギルドに居てもトップを狙える位に強いから。そして私もそれなりに強いから」
……あの、俺の事良く言ってくれるのはありがたいんだけど、現状ランク無しっていう立場上、堂々と言うのもどうなんですかね……。
「ああ、いえ。そういう事では無いんです。あなた方の実力が確かなのは情報屋の方からお聞きしましたから。なんでも件のドラゴンを討伐したそうで」
ああ……やっぱりリーアから情報を買ってんのな。
「それが分かってるんなら、何を見たかったんですかアイネさんは」
「簡単な話ですよ」
アイネさんは一拍開けてから言う。
「どんな人達かも知らない人に、我が社の社長の命を預ける事は出来ない。そう判断したから、私があなた方を知りに来たんです。どういう人達なのかを」
「……そんなもんなんですか? 護衛の人員の判断基準って」
「そんな事はないですよ。でもできる事なら、実力以外の面でも信用が置ける人を雇いたいのです」
そう言った上で、アイネさんは言う。
「あなた方は悪い人では無い気がします。安心して任せられそうです」
「……こんな短い会話で分かるんですか?」
「女のカンです」
「カンって……」
なんだよ……この世界の女性って、やたらと自分のカンに自信持ちすぎじゃね? 大丈夫なの?
「やっぱり女のカンって馬鹿に出来ないわね。大正解よ」
「大正解って……それ、俺らが言える事じゃ無いだろ」
こういうのは第三者が評価して初めて意味がある者なわけで……だけどまあアリスが引くつもりは無い様だった。
「まあ確かにそうなのかもしれないけど……だけど裕也は私を助けてくれたでしょ? そんな裕也がはかりに掛けられているんなら、私は裕也が悪く思われない様に裕也を立ててあげたい。それでどうこうなるかは分からないけど、私の自己満足の為だけでもそうしておきたいの。別にいいでしょ?」
「お、おう……まあ、いいけど」
じ、実際嬉しいしな……恥ずかしいけど。
「……やっぱり、悪い人達ではなさそうですね」
そう言ってアイネさんは笑みを浮かべる。
……だからそんな判断基準でいいんですかねぇ。この人はアレだ。悪い人に騙されそう。なんかすげえ心配。
「……さて」
そう言ってアイネさんは立ち上がる。
「とりあえず判断すべき事はできました。早いですがこの辺でおいとまさせていただきます」
「ああ、はい」
俺達もアイネさんを見送るために立ち上がる。
そして本当にどうでもいいような雑談を交わしながら玄関へと向かい、そして別れ際。
アイネさんは最後に、笑みの中に真剣さを織り交ぜ、こう言った。
「それでは……よろしくお願いしますね」
その言葉を残して、俺にとって最初の依頼人は視界から姿を消す。
そうして玄関先には俺達二人が残された。
「裕也」
「どうした?」
「昼前にも言った事だけど、もう一度言わせて。この仕事、頑張りましょ」
「当たり前だろ」
俺は何となく恥ずかしかったので言うべきか迷ったが、まあこう思った事は事実だ。一拍開けてから、心の声をそのまま発する。
「お前に立てて貰ったんだから、頑張らねえわけにはいかねえだろ」
この依頼に向けるモチベーションを、様々な要因が引き上げてくれる。
ロベルトの事。アイネさんから聞かされた話。ギルドランクを上げる為の第一歩。
本当に色々だ。
そんな中でもしかすると、アリスの思いに応えてやりたいという事が一番大きいのかもしれない。
当然、それはその時その時で変わってしまう意見だろう。
それぞれの要因が俺に取って大事な事であり、きっとその時何を聞いて何を考えたかで、その感情はきっと大きく揺さぶられる。
だけど今、この時だけはアリスの思いに答えたいというのが一番だ。
だとすれば、答えよう。
アリスの思いも、俺がこの一件に抱く様々な感情にも、全て答えよう。
犯行予定日は三日後。
俺は気合いを入れ直すべく、拳を握りしめた。
此処まではリメイク前に加筆修正加えたり、微妙に設定いじくったりという些細な変化が主でしたが、次の話辺りから結構リメイク前と変わってくるはずです。
よろしくお願いします。




