妹は僕を愛している
察していた。知っていた。けれど、答えなかった。愚かな兄妹のように悲しい結末は嫌だったから。愚かな兄妹は愛に飢えていた。親の愛に晒されず育ったが故に互いを愛することでそれを補完したのだ。ただ愛を求めて妹は泣き、妹を愛したが故に兄は伯爵の元へと向かった。そんなどうしようもない兄妹は病で亡くなり、妹は自殺し、ドッペルゲンガーは死体を喰らった。
物語としては何て微妙なことだろうと言える。ハッピーエンドで終わらない物語が何故残っているのかと思われるかもしれない。だが、この物語には戒めの意味が込められている。兄妹間での恋愛は御法度だということ。何故、ダメなのか名言されていないがこの国には昔からそんな法律がある。
そんな法律があるのに目の前の妹は言ってしまった。
「ミリー、今何て」
「お兄様、私はやはりお兄様のことが好きです」
どうしようもなく真っ直ぐな言葉に僕はクラッとくる。なんと甘美な響きなのだろうか。妹に好きと言われて胸の鼓動が高鳴る自分がいる。今まで抑えていたのについに爆発させてしまった。妹は、ミリーは禁忌をかじり始めた。
「ミリー、分かっているのか?法には……」
「お兄様は、嫌い、ですか?」
そんなことを言われて僕は胸の内にある感情が何なのかを悟った。本当は分かっていた。理解していた。妹のことが好きなことを。認めよう。僕は妹のことが好きだ。愚かな兄妹のように互いのことが好きになってしまった。
僕もまた禁忌の果実をかじっている。甘い甘い声にとろけそうになる。悪魔が僕の心に訴える。妹を愛してしまえ、と。
「いいのかい?元に戻れなくなる。兄妹では、いられなくなる。後戻りはできなくなる。もしかしたら国を出なくてはいけない」
「……それでもやはり、お兄様と添い遂げたいです。ダメ、でしょうか」
夢なのか、はたまた幻なのか。僕は妹の発言に骨抜きにされてしまった。こんなにも可愛いくて愛おしくて大好きな妹がここまで言っているのならいいのではないか。何も悩む必要もなく、そのままあの兄妹のようになればいいではないか。
「分かった。一緒にいよう。ミリー」
そして、僕とミリーは互いに顔を近づける。やがて唇が……。
ーー端的に言おう。夢だ。
愚かな兄妹のことを思い浮かべたからなのだろうか。僕はミリーを愛し、妹もまた僕を愛する。そんな夢を見てしまった。
目を開けば妹が横で眠っている。僕は夢であったことにため息を吐き、安堵した。法を犯せば死刑になる。それはこの国の常識だ。そんな厳格な法がある故に犯罪者率が少ないのだ。知識にある日本という場所では盗みを働いた程度で死刑にはならない。この違いが分かるだろうか。
しかし、一方で残念に思う気持ちもある。どうしてもこう思ってしまう。妹と結婚できたならしていたであろう、と。夢の中ではもう認めていた。いや、現実に帰っている今でさえも夢現を違えそうで怖くなる。それ程に現実味のある夢だった。前にも妹が僕に肉親以上の想いがあることを感じたことがあったがやはりその辺もこの夢を見たことに関係があるのかもしれない。そして、スライムとドッペルゲンガーというこの状況はとても愚かな兄妹の物語に似ているのだ。
それに気付いているのは今の所僕と妹とだけだろう。かつて愚かな兄妹の物語を読んであげたことがあるから。どこからか見つけて持って来たのを呼んであげたのだ。どこからともなく持ってくる妹の本はどれも僕が興味を引くものばかりだったのでよく覚えている。
「ドッペルゲンガー、か」
最後に二人を喰ったドッペルゲンガーは何を感じて悲しい味と言ったのだろうか。
そのことは分からないけれど、やはり一つだけ夢を見て分かったことはある。妹は僕のことを愛している。それだけは確実だ。他人から見ればブラコンなだけかもしれないけれど、僕からしたら結構割と分かりやすい。兄としても、男としても愛しているのだ妹は。禁忌はいつだって人の邪魔をする。それは当たり前で、食べてはいけないと言われて、余計に食べたくなるようなそんな感じだ。
愚かな兄妹と呼ばれた彼らはどうなのだろうか。僕は答えを出せない。怖いから。けれど、妹を守ることは決めたことだから妹が踏み込んでくるならば僕もそのときは答えを出すだろう。
ミリーは寒そうに震えてから僕の体に抱きついた。よくよく考えれば布団を被っていない。ミリーにも被せて寒くないようにして僕は眠りにつくことにした。
「ドッペルゲンガーは寂しかったのかな?」
何となくそう思った。