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妹に守られ、涙を流す

「はは、お前、弱すぎだろ」


 そう僕の前で言うのはスルグナだ。スライムことライムは無惨にも体が溶け今にも消えそうだ。僕はワイバーンに何とか対抗しようと魔法を放つが赤子の手を捻るようにかき消される。ワイバーンの総魔力は明らかに僕より上だ。今この場にはミリーもいない。


「くそ、ふざけやがって」


「最弱が調子になるからだ。黙って死ね」


 僕は万策尽き果て目を閉じた時、後ろから声が聞こえた。どんなときでも僕のことを見てくれる愛しい存在。僕の唯一の理解者ミリーの声だ。


「召喚・炎極龍メテオフレイムドラゴン」


 目の前に現れた赤色の龍は咆哮を放ち、ワイバーンを怯えさせる。流石に龍とは戦えないと思ったのか。スルグナは即座にワイバーンに乗って消え去った。

 僕はミリーの声を背に気を失った。


 目を覚ませばミリーの横顔があった。少しびっくりしたが時たま起こることだったのでいつものことかとミリーの頭を撫でてやる。周りを見渡せばどうやらミリーの部屋のようで家に帰ってきたのかと安堵のため息を吐いた。

 あの時、妹が来なければ死んでいた。ライムではやはり他の魔物とやり合うのは難しい。ドッペルゲンガーは相変わらずの沈黙。時たま待つのだというような意思を放ってくるのみだ。

 スルグナは言った。ロクな物を召喚できないお前は無能だと。ならば僕は何を糧に生きていけと言うのだろうか。妹を守りたいだけの僕にどうしろというのだろうか。召喚術で守れないのであればもう僕には手段はない。そう、守ることができないのだ。


「ごめん、ミリー」


「いいのですお兄様。私はずっとお兄様のお側にいますから」


 それじゃあまるで僕の下僕ではないのか。そう思うことがある。兄である僕に依存するのはいけない。もし僕が死ねばミリーは半狂乱となって街を荒らすことだろう。そんな妙な確信がある。

 僕の魔法はある一定以上の強さを持つ魔物には歯が立たない。剣もできず唯一体術しかできない僕では強すぎる魔物には太刀打ちできないのだ。それは僕が一定以上の力に勝てないのと同じだ。これではあまりにも格好が悪い。


「僕はミリーを守りたかったんだけどな。守られてばっかだ」


「お兄様はちゃんと守ってくれています。私はお兄様のことをちゃんと見ております」


 スルグナに襲われたのは僕の慢心だ。魔法で勝てるとばかり思っていたからこうなったのだ。魔法では魔物には対抗しきれない。膨大な量の魔力がない限り。歴史上にも膨大な魔力を持つものはいなかったし、そもそも人は皆魔力が少ない。魔物に対抗するために発展した召喚術なのだから。魔物で魔物と戦うのは今でこそ当たり前だが大昔はそうではなかった。その時は魔法でぎりぎり倒せていたらしいが今その魔法は失われ、この世界にはない。きっと召喚術のせいで廃れたのだろう。


 ああ、いっそ僕自身が魔物になれればよかったのに。


 そんな思いが僕の中にはある。膨大な魔力さえあれば魔物にも勝てるし、妹を守るための力となる。魔法の多様性は膨大な魔力があればとても強力な武器になったに違いないと思わざるを得ない。僕はわざわざミリーの膝の上に頭を置いて目を閉じた。


「お兄様……?」


「ごめん、眠たい……」


 嘘を言ってみてもこの妹には見抜かれる。けれど、いつも察してくれる。ほら、また妹は兄に優しくする。時たま嫌になる程のその優しさは決して僕以外に向けられない。だからこそ、嘘をつく。妹に甘えるために。


「ゆっくり休んでくださいお兄様。どうかお体をお大事に」


 愛しくて賢い妹は僕の気持ちを察して言ってくれる。眠気もない僕に微睡みを与えてくれる安らぐ声。決して違えてはいけないのはミリーは僕の妹だということ。なぜそんなことが頭に浮かぶのか。かつて、母から聞いた愚かな兄妹の物語を思い出していた。


 最弱と謗られるのはやはり苦しい。


 現実はスライムとドッペルゲンガーのせいでより色濃く僕に刻まれる。その物語は僕に衝撃を与えた。そして、ぼくは途中で結末を予期してしまえた。何故かは分からないけれど。

 愚かな兄妹はスライムとドッペルゲンガーをそれぞれ召喚していた。兄はスライム、妹はドッペルゲンガー。そして、兄妹は互いを愛し合うという禁忌を犯し国に抗い、やがて国を追われ、森で静かに暮らして子も宿さずに果てた。果てたのちにドッペルゲンガーに喰われたと言われている。何故喰われたのかは分かっていない。とくにかくこの国では肉親との色恋というのは忌避される。だからこそ僕は思うのだ。それを成そうとした兄妹はなぜそこまでして愛し合ったのか。そして、僕は本当に兄妹と同じ道を辿らないと言いきれるのかを。

 涙が溢れて出てくる。理由もなく、いや恐らくあるのだろう。妹を守る力がないとか僕自身が弱いとか妹のことが……そう、きっと色々あるのだ。


「考えすぎたかな」


 呟いて、涙は眠気を誘い、悔しさを胸に僕は意識を手放した。

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