怒りの果てに召喚されし炎極龍
教室に入るとやはりこそこそと噂される。陰口というのはなんだかんだで精神的なダメージを受ける。さっきまでご機嫌だった妹がまた不機嫌になってしまった。
今でこそ普通に表現できるよう感じだが昔はそうではなかった。ある日、僕が外で人にぶつかって殴られた時は本当に大変だった。僕が殴られたのを見て怒ったミリーは炎極龍メテオフレイムドラゴンを召喚して大暴れしそうになったことがあった。その時は必死でどうにか止めないとと思い、咄嗟に思いつきで妹の唇を初めて塞いだ日だった。
慌ててやったものの後悔して謝ろうと思ったが余りにも女性らしい恥じらい方に面食らったものだ。今でもあの時の事は忘れられない。ミリーには忘れてくれと何度も言われたが。
ミリーが不機嫌になるのを感じつつ、僕は後ろの方の席に座った。実は目が余りよくないのだが知識にあった眼鏡という物を応用して魔法で汲み上げた物がある。鷹の目と名付けたその魔法は意外に役に立つ。軍事革命が起こるレベルでと考え始めた時は流石にテンパった。だが、そのおかげでどこにいても目に不自由する事はなくなった。
「ほら、ミリー機嫌を直して」
「お兄様が悪く言われているのですよ?我慢できるはずがありません」
「はぁ……ほら召喚、スライム」
僕は召喚術でスライムを召喚して妹に渡す。六年の日々を共にずっと召喚しぱなっしで過ごしたお陰で今では僕の与える魔力を無駄なく変換して魔法を行使できるまでになった。
白いスライム、ライムと名付けたスライムは妹のお気に入りだ。何でもぷにぷにする感覚がたまらないらしい。僕も同意見だ。
「ライム、大きくなりましたか?」
「昨日、魔力をたくさん食べさせたからね。今日の模擬戦で魔法を使うかもしれないからさ」
「なるほど。ライム、お兄様をちゃんと守るのですよ」
そうミリーが言うとライムはぴょんと跳ねてミリーの頭の上に乗った。
「へぇ賢いスライムだな」
「ひぃっ」
「あ、悪い。よう、スイ。さっきぶりだな同じクラスで良かったぜ」
「ラグか。それがお前の相棒か?」
「おう、フレイムキャットのフレリーだ」
炎猫フレイムキャットのフレリーは机に飛び乗ると丸まって眠りについた。ミリーはしきりに触りたそうにしていたが諦めてライムを可愛がることにしたようだ。
尻尾に火を付けたままの猫はすやすや気持ちよさそうに眠っている。
炎猫は基本的誰でも契約可能な魔物と言われている。気まぐれな性格は猫のままなので猫代わりに契約する人もいたりする。食費に至っては魔力だけで済むので手間がかからない。
「それにしてもお前の謗られ方は見てて苦痛を感じるな。悪いな同情しかできなくて」
「いいさ。僕の目標は妹を守れるようになることだからね。他になんと言われようと関係ないさ」
「お兄様は謙虚すぎるのです!もう少し欲張っても」
「おやぁ?最弱の召喚術師じゃないか」
こうして妹の逆鱗に触れるのはやめてもらいたい。僕が困るのだから。
声が聞こえた方を向くと先程嫌みを言ってきたスルグナが胸を張って歩いてきた。
「何かご用で?学園代表者さん」
「最弱如きが口を聞くなよ」
僕は後ろから魔力の圧を感じて振り返った。男を見て咄嗟に隠れたミリーだったがついに堪忍袋の尾が切れたようだ。
僕は慌ててラグを引き連れて教室の外に出る。妹の呟きがやけに鮮明に聞こえた。
「召喚・炎極龍メテオフレイムドラゴン」
ちょうど教室の扉を閉めると同時に召喚は起こった。爆風と共に扉が吹き飛び、ラグと一緒に僕も吹き飛ばされた。
「うわぁ!一体お前の妹は何をしたんだよ!」
「ごめん。うちの妹天才なんだ。諦めてくれラグ」
「だから、意味が分からねぇよ!」
廊下の壁にぶち当たり、思わず息を吐く。やがて視界が開けたその先には龍がいた。
『グルゥゥォオオオ!!!』
龍は世界に声を張り上げ世界に存在を主張する。その声は変革の咆哮とも言われ、召喚術師の中でも伝説として知られる伝説の内の一つだ。
初代以降初めて召喚された炎極龍メテオフレイムドラゴン。ミリーの思うがままに動く。意志もあり、会話もできるのだがミリーは一言で従えた。
『私の力になって』
そのたった一言にメテオフレイムドラゴンは頭を垂れた。その時のことは一生忘れないだろう。
そして、目の前には怒りで染まりきった妹ことミリーとズボンにシミを作ったスルグナくん。隣を見てみるとラグが驚きの余り息をしていなかったので背中を叩いてやった。
「お、おい。龍じゃねぇかよ」
「だからうちの妹は天才なんだよ。本当は隠しとけって言われたんだけどな。俺のこととなると周りが見えなくなるんだ。可愛いだろ」
ちょっとした妹自慢をしてみたが右手思いっきりはたかれた。
「いや、冗談言ってる場合か!このままじゃ学園が壊滅するぞ」
「ああ、もう分かったよ何とかしてくるからさ」
ラグに促されて僕は妹の方へと歩を進める。今にもメテオフレイムドラゴンに命令を出しそうな妹の前まで言って目を見つめる。
「お、にい、さま」
「なぁミリー。それは隠しとけって言われただろ。やってしまったものは仕方ないけどさ」
「どう、しましょう。私は、お兄様に嫌われてしまいますか?」
「兄冥利に尽きる言葉だな本当に。大丈夫、嫌ったりしないよ」
「本当、ですか?」
上目遣いで見つめてくる。ああ本当に僕も男だなぁと思ってしまう。妹はこんなにも魅力的に見えてしまう。ミリーは本当に可愛い妹だ。妹成分の補充が完了した辺りでそろそろ恥ずかしいことを済ませようと思う。
「ああ、本当だ。ほらミリー」
「は、はい」
僕は妹の唇を塞いだ。辺りに絶句した雰囲気がありありと伝わってくる。いけない行為だと自覚しているけれど、これしか方法がないのだから困ったものだ。
僕が今やっているのは妹から魔力を吸収する事だ。魔力を使い召喚された魔物と一時的な契約をすることで元に戻すことができるのだ。但し、召喚者による合意が必要でミリーの場合はもしもの時はお兄様に従ってと炎極龍に言っていたので何とかなった。
周りの空気が凍り付いているのが分かる。しかし魔力を吸収することは口からしかできないと本にも書いてあったので仕方ないし、どうしようもない。変な噂が流れなければいいけど、思いながら、ようやく魔力が半分をきったようで炎極龍にその魔力を譲渡する。
「炎極龍よ、我と一時の契約とし、魔力を対価に元に戻りたまえ」
『ごくろうさん、スイくん。毎度大変ね。じゃあね』
龍が話したことによりどよめきが広がる。魔力を一気に抜かれて気を失ったミリーを抱え僕は周りを見渡してから言った。
「と、いうわけだ。妹を怒らせてくれるなよ?僕は別に学園が更地になろうが関係ないんだからさ」
にこやかに、さして問題がない風に装って言う。にこやかに、がポイントだ。しきりに頷き返す皆を見て僕は満足した、のだが。
「こりゃあ授業受けられないよな」
僕の呟きは教師の声と共に消え去った。