一話 最弱と揶揄されし入学初日
学園の名はルシアス学園。初代学園長レッドローズが開いた召喚術師育成の為の学園だ。ここで様々な事を学び、卒業することで初めて召喚術師として認可される。
その門を僕はミリーと共にくぐり抜けた。ミリーを見る不躾な視線が幾つかあったがミリーが気にした様子はないので放置する。門をくぐり抜けて右手に入学式場である闘技場があった。迷うことなく、そちらの方へ足を向けて中に入る。すでに何人か座っており、そわそわと会話をしていた。ミリーに手を引かれてそのまま座った。
隣には赤い髪を短くしておどおどしていた少年がいた。えらく緊張していたので少しだけ話してみることにした。
「なぁあんた」
「お、俺か?」
「ああ、えらく緊張しているみたいだったからな。声をかけたんだ」
「そうなのか。悪いな。どうにも才能がある奴ばかりいる所にいると気が萎えてしまうんだ」
「才能がないのか?君は」
「そうなんだ。炎猫フレイムキャットしか召喚できなくてな」
「僕よりマシだろ。ドッペルゲンガーとスライムなんだから」
「お、お兄様!」
妹に注意されて初めて気がついた。ドッペルゲンガーは忌み嫌われていたことに。相手の男を見るときょとんとした顔をしていたがやがて笑い始めた。
「ああ、悪い。まさか俺よりも才能がないのにこんな所にいるとは思わなかったんだ」
「そうか。まぁそうだろうな。僕だって妹がいなかったらこんな所にはいないさ」
「そちらの子か?」
「ひっ」
ミリーは赤髪の男に見られて身がすくみ僕に抱きついてきた。人の目をあることを考えてほしいと言いたい所だがこればっかはどうしようもない。襲われた時の恐怖がまだなくならないのだろうから。
「悪いな。ミリーは昔男に襲われて以来男に見られるだけでこうなるんだ。気を悪くしないでくれ」
「そ、そうなのか。にしてはお前にベッタリだが。まぁいいか悪かったな妹さん」
「い、いえ」
「そういえば自己紹介がまだだったよな。僕はスイル・サイノーグだ。こっちはミリー・サイノーグ」
「サイノーグ……あの名門のか?」
「名ばかりだよ。内面がまともじゃない異常な貴族さ」
「そうか。まぁいいか。俺はラグレット・トゥルカースだ。ラグと呼んでくれ」
「よろしくラグ。良ければ僕のことはスイと呼んでくれ」
「分かったよ」
そうしているうちに席が埋まったのか前に人が出てきて皆静かになった。
そうして入学式が始まった。まずはじめに学園長のお話があり、それから先生の紹介ととんとん拍子に進んでいった。そして、入学代表者の演説が始まった。
「僕の名前はスルグナ・アークトル。ワイバーンを召喚した者だ」
その言葉にざわめきが起こる。ワイバーンとは亜竜と呼ばれ竜でも龍でもない種族であるが似た種族である。竜にも龍にもできない魔力探知があることで有名だ。
鋭い牙、鋭い鉤爪で獲物を殺すワイバーンを召喚できる実力があるのはそうそういない。故に皆驚いているのだ。
「学園代表者として選ばれたことを誇りに思う。今年は名門四家が揃った記念すべき年だ。色々とあるだろうがよろしく頼もう。中にはドッペルゲンガーなどを召喚する愚か者もいるようだが」
そこで更にざわめきが大きくなる。何が誇りに思う、だ。僕は金の力でその座を取ったことを知っている。これでも名門と呼ばれる貴族の末端なのだ。隣のミリーは今にも震えて怒鳴りだしそうだ。本当にやめてもらいたい。妹の怒りを静めるために毎回恥ずかしい思いをしなければならないのだから。
「敢えて誰かは言わないでおくよ。見つけた時が楽しみだからね。ああ、ヒントを」
「そこまでです」
スルグナの声を塞ぐように厳かな声が響きわたる。誰もがその声に黙した。その声の元へ視線をやると女がいた。先程学園長として挨拶していた確かエルフィード・フォーレストだ。学園長はそのままスルグナの元へと歩き、皆の前に立った。
「生徒を貶めるような発言はやめてもらいましょうか」
「ドッペルゲンガーなど召喚するクズに配慮する必要があるのか?」
ピキ。
確かに隣から聞こえた。これは本当にまずい。こうなってはもう止められない。極力隠すように言われていたがもうダメだろう。
妹が立ち上がると同時に学園長が詠唱を放った。
「召喚・エンフォール」
風が舞った。吹き荒れ、会場に風が吹き抜ける。たまらず閉じた目をあけるとそこには美しい鳥が飛んでいた。
魔鳥エンフォール。薄緑色を全身に持ち、その羽は嵐を起こし、その嘴から不可視の光線を放つと言われている伝説の鳥。
その伝説の魔鳥が目の前に現れ、その美しさに目を奪われていた。
「レッドローズの言葉を忘れたか。小童」
驚くことに魔鳥エンフォールがしゃべった。魔力を乗せたその言葉に不思議と頭を平伏させるような魅力を感じた。周りを見てみると中には涙を流している者もいた。
ちなみにその一人はラグだったりする。
「『我の後を継ぐは最も驕らぬ心、最も弱き心、最も優しき心の三つを持つ者なり。我を越えたければ我を継げ』だったかと」
流石のスルグナでも魔鳥の威圧感に気圧されたようだ。
「そなたは驕った。その傲慢さは矯正した方がいい。エルフィ」
「ええ、ありがとうエンフォール」
煙と共に去り、後には静まり返った会場だけが残された。慌てて隣の妹を見てみるとどうにか押さえ込んでいるようだ。いや、良かった。後でご褒美をあげよう。可愛い妹にはご褒美をあげよというし。
「ミリーよく耐えたね。後でご褒美をあげよう」
そういうとミリーは花が咲いたような笑顔になり、僕の腕に抱きついてきた。年頃の妹にそんなことをされると色々と複雑な気分になる。容姿だけでなく、体つきも着痩せするタイプなのか僕の腕に確かな弾力を感じさせる。兄冥利に尽きると言えばいいのか。とにかく、恥ずかしい。
こうしてほんの少しの波風を立てたが入学式は無事閉幕した。僕は妹を連れて外に出た所で声をかけられた。
「よう最弱」
振り返ると憎たらしい笑みを浮かべて立つスルグナがいた。何事かと周りの野次馬は見ているだけで何も言ってこない。妹は僕の後ろに隠れ、震えている。兄としてこれは少し許せかった。
「なんようだ。スルグナ・アークトル」
「聞いたぞ。ドッペルゲンガーとスライムを召喚したと」
辺りにどよめきが起こる。
あいつがそうなのか。ドッペルゲンガーを召喚するなんて。なんでこの学園に入ったのか。死んじゃえ。
霰もない言葉に僕は少しだけ気付いた。そう、少しだけだ。妹が最強であるならば僕は最弱でもいい。僕は本当にそう思っているから。
だから、一つだけ言った。何の憂いもなく、はっきりと。
「ああ。召喚したよ。だからどうした」
その言葉に辺りの言葉は余計に強くなった。誹謗中傷の言葉は増す。ラグが複雑そうな顔で見ていたのは少しだけ救われた気がした。
だが、僕が許しても妹は許さないだろう。けれど、腕を押さえて無理やり我慢させた。
「ドッペルゲンガーなぞを召喚する奴が学園に入る意味があるのか?」
「あるよ。妹を守るために入ったからね」
「ふ、ふはは。くだらない。そんなくだらない理由で入ったのか。覚えておけ。いつかお前は死ぬぞ?」
欲望の混じった目を僕は見逃さなかった。けれど、何も言わなかった。今はまだ、それでいい。今まで反応のなかったドッペルゲンガーが契約したもの同士が使える意思疎通ではっきりと伝えてきたから。
僕はそれを信じてみることにした。妹の体は相変わらず震えている。野次馬は去り、ラグだけが残った。心配そうにしていたが僕は首を振ることで今はいいと伝えた。
「よく、我慢したね」
「お兄様、あんまり、です」
「人ってそういうものなんだ。ミリーは自分のことを考えればいいんだ」
「でも、私はお兄様を」
僕はそこで言葉を重ねるようにして言った。
「ミリー、その言葉は口にしてはいけないよ」
「なんで……」
「僕を困らせないでくれ。ミリーには幸せになってほしいから言っているんだ」
ミリーは涙を流した。僕の胸にまた穴を穿つ。妹が泣く姿は何度見ても心苦しい。ミリーを泣かしたことに自己嫌悪する。本当は分かっていた。けれど、まだ、ダメだ。その時期ではない。僕が力を付けて最強になった時はきっと。
自分だけが描く未来像。ミリーが幸せになるにはどうしても僕が必要なようだ。かく言う僕自身もまたミリーがいなければ成り立たない。
「ありがとうミリー。君の気持ちはとても嬉しいよ」
妹は幼い頃から僕にキスをねだった。何がそんなに嬉しいのかと思っていたけれど、今なら僕も少し分かる気がする。ミリーは兄としても男としても僕のことが好きなのだと。
妹の頬にそっとキスをする。ほんのりと赤く染まった顔で僕を見上げるミリーは物欲しそうな目で見てくる。
僕には妹の気持ちに答えてあげることはできない。何故か今は無理だと心が叫ぶ。未来はどうか分からない。僕にはまだ国を覆す程の力は、ない。いつか力を手にして、必ず妹と……。
最弱と謗られ、好意は返せず、ダメな男だなと僕は妹の頭を撫でながら思った。