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印刷所

 黒髪ロングで凛とした顔立ち、根はしっかりしていて情にも厚い。大和撫子という言葉がぴったりな理想の彼女が僕にはいる……という妄想。現実はそう甘くない、美少女はもちろん残念な顔立ちをした女子にすら相手にされない。孤独から身を守ろうとする防衛本能なのだろうか、”脳内彼女”という画期的な空想を手に入れた。今日あった出来事を話したり、愛を語らったり、甘えてみたり……すべて妄想ではあるが、僕にときめきを与えてくれる。自分でも分かっている、病的だと。童貞のまま30歳を迎えると魔法使いになれるという都市伝説があるが、この空想を具現化できる魔法なのだろうか。それなら童貞のまま30歳になることも悪くない。それすらも妄想なら、どんな薬も効かない重度な孤独病と言えるだろう。孤独病を患ったまま29歳になった、彼女がいたことすらないどころか定職すらない。何もない、あるのは病的な妄想だけ。

「おーい疋田ひきた、生データそっちにあるか?」

「あ、はい。あります」

 印刷用のデータをサーバに上げ、仕事をこなす。この小さな町の印刷所でバイトをはじめて早3ヶ月、時給は……人には教えられないくらい安い。人と接する仕事は僕には向いていない、誰とも接せず、印刷機とだけ向き合ってればよい今のバイトに満足している。従業員はバイトの僕含めて5人、全員男だ。最年少は16歳中卒少年の折田おりた、最高齢は60歳前後の小田おださん。折田は少し生意気だが根はとてもいいやつだ。一番気に食わない点を挙げるとするならばヤツには彼女がいることだ。小田さんは前の会社をリストラされ、奥さんにも逃げられたという気の毒な人だ。とても真面目でいい人なのにどうしてそんなことになったのだろうといつも思う。

「疋田君少し休憩しようか」

小田さんが僕の肩に手を置いた。小田さんは胸ポケットからタバコを取り出すと、出入り口付近の喫煙所へ足を運ぶ。僕はタバコが苦手で吸えないが、小田さんに付き合うべく一緒に喫煙所へ行く。本当は一人でスマホのゲームをしていたいのだが、小田さんの誘いは断りにくい。小田さんは自動販売機でブラックコーヒーを買い、それを僕に手渡した。

「君はまだ若いんだから、将来のことを考えないと……私のようになってからは……」

 いつもの説法が始まった。聞いているフリをしながら、脳内にいる彼女に現状の憂鬱を報告する。彼女は優しく微笑み、「彼もまた寂しいのよ」と言う。

「……だからね。さて、持ち場に戻ろうか」

 小田さんの座右の銘は「人生はブラックコーヒーより苦い」。だからいつもブラックコーヒーを奢ってくれる。薄給の僕にとってはありがたいことなのだが、正直なところブラックコーヒーは好きじゃない。どうせ人生苦いのならコーヒーくらい甘くたっていいじゃないか。そんな本音はとても言えないが。

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