12/10/06&08 マッシュ:相方信じるのに理由がいるのかよ
12/10/06 土 20: 15
只今ダンジョンで戦闘中──ピコリンと音が鳴る、ねぎだ。
〈ねぎまぐろ:おはおは〉
〈みつき:おはおは〉
〈ねぎまぐろ:やりましたああああああああ! 優勝しましたあああああああああ〉
────────────え?
〈ねぎまぐろ:みつきさん? どうしました? 喜んでくれないんですか?〉
〈みつき:すまん。リアルで固まってしまってた。マジで?〉
リアルは現実世界を意味するネトゲ用語。「ネット」や「マッシュ」等、ネトゲ内の世界を意味する言葉と対称的に用いる。
〈ねぎまぐろ:マジですよ。村でも町でもいいから見てきて下さいよ〉
急いでダンジョンを出る。半信半疑のまま、近くの街へ向かう。
──うあ、本当だ。ねぎの銅像がでーんと飾られている。
実際に銅像を見た事でようやくねぎの優勝を信じる事ができた。ねぎが俺に嘘を吐くわけはないのだが、それでもにわかに信じがたかった。
〈みつき:やったな!〉
〈ねぎまぐろ:ありあり! これでようやく枕を高くできます〉
〈みつき:これでチーター達にも「ざまあ」ってところか〉
〈ねぎまぐろ:もうそんなのどうでもいいです。優勝を決めた瞬間、放心して倒れちゃったくらいにすっごい達成感を味わえましたから〉
〈みつき:そかそか〉
〈ねぎまぐろ:今日は疲れ果てたのでもう寝ますね。おやすー〉
目の前の無表情なキャラの銅像を見ながら思う。
今日のところは完全に俺の負けだ。
でも、おめでとう。お前みたいな奴と知り合えた事が心から嬉しいよ。
12/10/08 月 22: 00
昨日ねぎはINしなかった。マツコンの疲れが残ってるのかなと思っていたところ、本日もまだINしていない。ねぎが二日連続でINしないなんて初めてだ。
〈みつき:ねぎ来ないですねえ。いつもならとっくに挨拶あるのに〉
〈えんび:ああ、ねぎちゃんなら昨日でギルドを追放したよ〉
はい? 今何て言った? 追放?
〈みつき:えええええええええええええええええ どうして? 何故?〉
〈えんび:ねぎちゃんが一昨日のマツコンで優勝したから〉
はい? さっきの追放とやらより、もっと言葉が飲み込めない。
〈みつき:えええええええええええええええええ どうして? 何故?〉
〈えんび:うるさいよ〉
文字だけなのに冷たく言い放っているのがわかる。しかしここは俺も引けない。
〈みつき:叫びたくもなるでしょう。もっと具体的に話して下さい〉
〈えんび:みっちゃん、匿名掲示板のマッシュ晒しスレは読んでる?〉
〈みつき:あんなの普通の人は読まないでしょ〉
晒しスレとは言わば陰口サイト。「罪状」と呼ばれる何らかの理由をつけて特定のプレイヤーを貶める場である。ただし罪状の九割はでっちあげ。晒す動機は僻みに妬みに嫉み。ヒトの負の感情が渦巻く場だから、読むだけで神経がやられてしまう。
〈えんび:ねぎちゃんが一昨日から晒されてるのよ。罪状はマツコンでのチート〉
〈みつき:ねぎがそんなことするわけないじゃないですか!〉
〈えんび:チーター以外がマツコンで優勝できるわけないじゃない〉
その考え自体は理解できる。俺すら聞いた時は半信半疑だったのだから。でも、ねぎはチートで獲得した勲章を自ら報告してくる奴じゃない。
〈みつき:そこでメンバーを信じて庇うのがマスターじゃないんですか?〉
〈えんび:逆よ。仮に百歩譲ってチートしてないとしましょう。それでも私は追放する。疑いを掛けられて晒されること自体が、ギルドにとっては大迷惑なの〉
ひどすぎる、まるで霞ヶ関だ。ゲームの中でまでこんな台詞は聞きたくなかった。
ねぎ、悔しかったろうな……あれだけの努力の果てに得たのがチーターの汚名だなんて。誇り高きゲーマーのあいつにとって、ギルド追放はどれだけ屈辱だったか。
〈みつき:わかりました〉
〈えんび:わかってくれたならいいよ、みっちゃんも行動には気をつけてね〉
〈みつき:俺もギルド抜けます。お世話になりました〉
〈えんび:え、ちょ、待って〉
ギルチャを抜けるとすぐにギルドの退会手続、すぐさまFLを確認する。
ねぎはINしていた。いつもギルチャの挨拶やねぎからのチャットでINを知るから、FLを見るという発想がすっかり抜け落ちてしまっていた。
──よし。
〈みつき:おはおは〉
出会った頃を思い出させる長い沈黙の後、ようやくねぎが反応した。
〈ねぎまぐろ:もう二度とみつきさんに相手してもらえないと思ってました……〉
挨拶を返し忘れている辺りに落胆ぶりが見て取れる。
〈みつき:なんでだよ〉
〈ねぎまぐろ:だって私チーター扱いされてますし。ギルドも追放されましたし。みつきさんもそういう目で見てるかもと思ったら、怖くて話しかけられなくて〉
〈みつき:チートしたの?〉
〈ねぎまぐろ:するわけないじゃないですか! 冗談でもやめてください!〉
〈みつき:だったら気にするだけ馬鹿らしいだろ。ギルドなら俺もやめたわ〉
〈ねぎまぐろ:え? どうして?〉
〈みつき:お前のいないギルドなんかいる意味ないじゃん〉
〈ねぎまぐろ:……嬉しいです。でもどうしてそこまで信じてくれるんですか?〉
〈みつき:相方信じるのに理由がいるのかよ〉
〈ねぎまぐろ:!〉
相方とはネトゲにおける自分にとって唯一無二な最高の存在。性別が不明なネトゲならではの曖昧な表現だが、俺の指は自然とその単語を打ち込んでいた。
〈みつき:これまでずっと一緒にいて、お前がどんな奴かわからないわけないだろ〉
〈みつき:どうしようもない人見知り。でもプライドが高くて努力家で負けず嫌い。それが俺の知ってるねぎ。お前が実力で優勝したと言うなら本当にそうなんだ〉
〈みつき:俺はお前とお前を見てきた自分の目を信じるよ〉
スパイという業の俺にとって頭から他人を信じ切るのは決して許されない行為だ。
しかしここはマッシュにおける仮想空間。俺は「弥生」ではなく「みつき」。詭弁とは思うが、せめて「みつき」でいる時くらいは他人を心から信じてみたい。
〈ねぎまぐろ:ありがとう♪〉
ねぎが普段使わない文末の音符。彼なりに精一杯の感謝を示したつもりなのだろう。
〈みつき:それで現状はどうなってる?〉
〈ねぎまぐろ:晒しスレにはないことないこと書かれてます。FLもみつきさん以外全員切られました。マッシュ内では【チーター乙】【引退しろ】【お前のリアルは特定した】とかメールが届き続けてます。泣きそうです。辛いです。他人が怖いです〉
でも、ねぎはINしてきた。それはきっと……マッシュが俺達を繋ぐ全てだから。もしINを止めれば、そこで二人の関係は終わってしまうから。
〈みつき:もうスレもメールも見るな。ほとぼり冷めるまでマッシュを休め〉
〈みつき:方法はそれしかない。その間、俺は待ってるからさ〉
〈ねぎまぐろ:わかりました、そうします。みつきさんも一緒に休んで下さいよ〉
軽口叩けるくらいには元気も出たか。ならば叩き返してやろう。
〈みつき:やだよ〉
〈ねぎまぐろ:あはは。でもこれで安心して落ちることができます。おやすみなさい〉
安心して落ちる、か。
ねぎ、本当にお疲れ様。