12/10/01 マッシュ:できます! 生身の人間にもチートを打ち破れる事を私が証明してやります!
12/10/01 月 17: 45
壁時計の針が定時を指すやダッシュで退庁。秋になっても庁内ニートなのは相変わらず。そのおかげでマッシュを存分に楽しめている。
帰宅後は早速IN。俺とねぎの所属するギルド「ピースパーク」のギルドチャット、略してギルチャで挨拶をする。
〈みつき:ちわわー〉
〈えんび:こんー〉
えんびさんはピースパークのギルドマスター、略してギルマス。
ギルドには皆実こと「みなみ」の紹介で入会した。その皆実は先月から受験に備えてマッシュを休養、ギルドも抜けた。
ねぎの姉も仕事が忙しくて引退同然になってしまったとか。
〈えんび:みっちゃん本当に上手くなったよね。始めて五ヶ月とは思えない〉
〈みつき:ありです。えんびさんにはまだまだ追いつけませんけどね〉
皆実が最初に話した通りマッシュは俺、そしてねぎに向いていた。
PS重視ゆえ、IN時間の単純な総量ではなく密度が求められる。集中してやり込む俺達にはうってつけだった。幸いに才能もあったのだろう。努力すればするだけ結果も返るから、俺達二人は夢中になって競い合いを続けている。
〈えんび:そうね。それじゃ今日はこれからワライダケダンジョン行ってみようか〉
ワライダケダンジョンは上級者向けダンジョン。中級者の俺には即死級。だけど死にながら戦闘を覚えるのがマッシュ。腕を上げるにはどんどん上に挑戦しないと。
〈みつき:喜んでついていきます〉
〈えんび:ういうい。じゃあ準備してきて〉
はーい、と返事。準備に取りかかったところで、ねぎがINしてきた。
〈ねぎまぐろ:おはです、挨拶だけしに来ました~〉
〈みつき:おは~〉
〈えんび:こん~〉
ねぎは大学生。昼間は授業とのことで、週末以外は一八時過ぎのINが多い。
〈ねぎまぐろ:では落ちますね~〉
挨拶だけしてすぐ落ちるなんて、何も知らない人の目には滑稽に映るかもしれない。でもINしたら絶対に挨拶するというのは、多くのギルドにおいて鉄則とされている。人見知りのねぎすら守るくらいに。
この鉄則を「面倒」と嫌がる人も多い。だけど「挨拶は大事」と職場で教えられている俺にとっては当然のこと。それゆえ自ら進んで受け容れている。
ピコリンと音が鳴り、画面の隅にチャットボックスが現れる。
〈ねぎまぐろ:おはおは~〉
〈みつき:さっき言ったろが〉
〈ねぎまぐろ:まあ改めて〉
ねぎはギルチャを抜けると、すぐさま俺とのチャットボックスを開く。それもこの五ヶ月間ほぼ毎日。ねぎにとってはもはや、ギルドの挨拶とセットで鉄則になってるのではなかろうか。
ただし五ヶ月前と違い、ねぎに以前の様なチャットのもたつきはない。
〈みつき:改めてじゃないよ。ねぎもたまにはギルチャに参加しろ〉
〈ねぎまぐろ:だって友達いないし話す事ありませんもん〉
〈みつき:だからいつまで経っても俺しか友達できないんだよ〉
〈ねぎまぐろ:みつきさんの他にもFLに友達いっぱいいますもん〉
ああ言えばこう言う。どっちだよ、とツッコミを入れたくなる……が、実は矛盾していなかったり。前後の発言における「友達」のニュアンスが違うのだ。
ギルドではメンバー全員がFL登録する。野良パーティーを組んでダンジョンへ行くと、終わった後はメンバー達でFL登録しあう。それどころか、街中で少し雑談を交わしただけでもFL申請が飛んできたりする。
つまり単に友達と呼ぶだけの存在なら作るのが簡単どころか無尽蔵に増えていく。しかしそれを本来の意味での友達と呼んでいいかは、俺も疑問だ。
〈ねぎまぐろ:それで今日はどこ行きます?〉
ねぎは当然の様に行き先を聞いてくる。それもそのはず。俺達はマッシュを始めてからの五ヶ月間、殆ど一緒に過ごしてるから。
違うのは今日みたいな日。
〈みつき:すまん、今日はえんびさんからワライダケダンジョン誘われてる〉
〈ねぎまぐろ:死んでらっしゃい。あーあ、つまんないなあ〉
〈みつき:お前も来いよ〉
〈ねぎまぐろ:ううん、私はマツコンの練習します〉
マツコン、正式名称「マツタケ狩りコンテスト」は週末に開催されるミニゲームイベント。優勝すると一週間エリンギ中にプレイヤーのキャラを模した銅像が飾られるので全プレイヤーの羨望の的である……はずなのだが。
〈みつき:あれで優勝するのはさすがに無理だろ。動画見たか? チーターには敵わないって。普通のプレイでチートツールに勝つのは物理的に不可能だもの〉
チートは常識でありえない不正プレイ、チーターはそれをする人。
マツコンにはチートツールが存在し、ツール開発者とその取り巻きによって優勝が独占され続けている。しかも先日、開発者は動画によって、ツールの性能が人間の限界能力に優ることを示した。この厳然たる証明は全エリンギの一般プレイヤーを絶望の底に突き落とした。
〈ねぎまぐろ:みつきさんはチーター達に負けて悔しくないんですか〉
〈みつき:悔しいに決まってる。これだけ一緒にいればわかるだろ〉
上を目指す限り、自慢されて悔しく思わない人間なぞいないはず。その手段が不正となれば尚更だ。
〈ねぎまぐろ:だからいつも一緒にいるとも言えますけどねw〉
「w」は(笑)の略。様々なニュアンスで使われるが今回は「照れ」だろう。
〈みつき:でも、今回ばかりはなあ〉
〈ねぎまぐろ:だからって開発者に寄生するだけのミジンコ連中が優勝して銅像を飾るのがむかつかないんですか〉
〈みつき:誰であろうと同じだろ〉
〈ねぎまぐろ:開発者もむかつきますけど、自分でツールを開発している分だけ、まだ許せます〉
わからなくはない。開発者がツールを作るのは、ある意味自力と言いうるから。ただ手段を選んでいないだけの話で。
〈みつき:だからって本気で優勝できると考えちゃいないだろ?〉
〈ねぎまぐろ:できます! 生身の人間にもチートを打ち破れる事を私が証明してやります!〉
この負けず嫌いが。俺だって今回ばかりは現実を見るぞ。
〈みつき:そこまで言うなら、勝算はあるわけ?〉
〈ねぎまぐろ:あります。幸いマツコンの内容は単なるリズムアクションゲーム。そして私は音ゲーで「神」と自称してますから〉
自称かよ。呼んでくれる友達がいないせいだろうけど。独りで太鼓叩いたりステップ踏んだりしてるねぎを想像すると泣いてしまいそうだ。
どう返すべきか悩んでいると、先にねぎのチャットが打ち込まれた。
〈ねぎまぐろ:その私が左手に血豆を作っては潰しての繰り返しで特訓してるんです。それでも負け続けた数週間でしたけど、今週こそエリンギ中に私の銅像を飾ってチーター達に見せつけてやります〉
〈みつき:まずは飾られるに相応しいキャラメイクから始めろよ〉
こんなデフォルトキャラの銅像なぞ、見せつけるどころか嘲笑の的になりそうだ。
〈ねぎまぐろ:ゲームのキャラに個性は要りません。それが私のポリシーです〉
〈みつき:あっそ。まあ頑張れ。応援はしてる〉
〈ねぎまぐろ:ふん。練習いてきま~〉