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13.07/21    横浜オフィス:私達は相方だしな

13/07/21 日 10: 00


 いつもの横浜事務所。

 観音は目の前で忙しそうにキーボードを叩きつつマウスをクリックしている。しかしやっているのは仕事ではない。

 マッシュである。

 自前のノートパソコンを持込みスマホ経由で接続している。

 そして俺も同じくマッシュで戦闘している。

 ──今朝起きてみると、次のメールが入っていた。

【日直にはマッシュをインストールしたパソコンを持ってこい。遊ぶぞ】

 日直の仕事はあくまで待機。事件が起きたときの態勢さえ整えているなら、基本的には何をしていても構わない。

 せっかく上司が誘ってくれたんだ。喜んでゲームに付き合おうではないか。

 

 本日の観音はポニーテール。ただし、髪を後ろでまとめただけとも言いうる。

 化粧はしているが形だけ整えてる印象。

 服はよれよれのTシャツにジャージ。これは完全に部屋着だ。

 さすがに電車じゃなく自慢のロードスターで来ているとか。

「これが『ねぎ』だ。君相手に外見を気にする必要はないからな」

 色々と言いたい事はあるが前向きに捉える事にしよう。

 完全なすっぴんでない辺り、些少は良心の呵責も窺えるし。


 画面の中のねぎが死ぬ度、目の前の観音が絶叫を繰り返す。

「あー、弓がつまったああああ」「うがあ、フリーズしたあああああ」

 死んだらマウスを机に叩きつけるわ、机を蹴飛ばすわ。

 その様にはドン引きするほかない。

 まさかパソコンの向こう側ではこんな光景が繰り広げられていただなんて。

 この人目を憚らず暴れる様はぼっちスキル以外の何物でもない。

 しかし観音がイライラするのはわかる。

 全ては接続しているスマホの反応速度が遅くて、プレイヤーの動きに追随できないせい。特に速射・連射を要する弓師のねぎにとっては致命的なのだ。

 でも観音だって、それを承知でプレイしているはずなのに……。

 仕方ない、俺もこのぼっちマスターの部下。コーヒーでも入れてやろう。

「落ち着きましょうよ。はいどうぞ」

「ありがとう、ついでに一服しようか、君も聞きたい事があるんだろうし」

 互いの机には既に灰皿。休日出勤時における部屋内での喫煙は暗黙の了解である。

 観音が細長い煙草の箱を取り出す。

 ライターはZIPPO。

「珍しいですね、普段は百円ライターなのに」

 本庁の人事課で見たときはブランド物のライターを使っていたが、現場に来てからは百円ライターばかりだった。

「現場でブランド物の時計やライターを使っていると反感買うおそれがあるからさ。私達にとっては調査に協力してくれる人達こそ本当の『神様』なんだし」

「そうですね」

 観音が煙草に火を点ける。

「ただ、今日のライターは別の意味で他人には見せられないものなんだ。普段は使いたくも使えない──」 

 ZIPPOの蓋を閉じて俺に手渡してくる。

 見るとマッシュのイメージキャラクター「レイ」。白色のドレスにワンドを持った、銀髪の美しい女性がレーザープリントされている。

「──弟が昨年のクリスマスにプレゼントしてくれた特注品だ」

 観音はにんまり顔。

 その笑みからは、ライターに対する思い入れが存分に伝わってくる。

 キズの具合から使い込まれてるのもわかる。

 きっと自室では片時も傍らから離さないのだ。

「あなた、どこまでマッシュが好きなんですか」

 もちろん弟からのプレゼントというのも含めて気に入っているのだろうけど。

「二人とも似たようなものじゃないか」

「まあ、そうですね」

「それよりもあと一〇分で経験値二倍タイムが始まってしまう。話があるなら早いとこ終わらせよう」

 なんか投げ槍だなあ……まあ、この人らしいか。

「それじゃ改めて聞きます。どうしてアメリカ行きやめたんですか」

 観音は肘を机に立てて両手を組み、その上へ唇を隠し気味に乗せる。

 目を瞑る。言葉を探しているのか。

 幾分の沈黙後、観音は目を開け、上目遣い気味に視線を向けてきた。

「面白くないから」

「え?」

「このままワシントンに行ったんじゃ面白くない。せっかく君が私を負かすって言ったんだ。だったらその過程を君の側で見てみたくなった」

「そんな理──」

 観音が右手を突きだし俺の発言を制止する。

「大丈夫だよ。仮にこの先どんな状況になっても、私だって私の道は私が切り開くさ」

 俺の目を見つめながら一息おいて言葉を紡ぐ。

「うん、君も私の側で見てくれるなら、きっと大丈夫だよ」

 観音が顔を真っ赤にして照れた様に笑う。

 と言うか、俺まで真っ赤になるだろうが。

「本気でも冗談でも恥ずかしいじゃないですか。でも、それでも」

「ふん。登録のノウハウを知る私が残れば君の登録は現実味を帯びるから西条課長は都合がいい。君はもちろんシノや旭だって育つかもしれないから千田首席だって都合がいい。本来大迷惑なはずの後任は大喜び。当事者全員が納得済みの場合、内示は正式な辞令ではないから引っ繰り返しても問題はないんだよ」

 観音はつらっと早口で結論をまとめてしまった。

 なら最初からそう言え……とはさすがに言えない。

 ──観音は立ち上がると俺の背後に回り、両肩に手を置いてきた。

「今度は私の聞く番だ。私がアメリカ行きをやめたと聞いて、君はどう思ったんだ? 是非聞かせて欲しいな。ああ、今だけは心の中だけでなく呼び捨てにするのも許してやろう」

 声だけ聞くといつものぶっきらぼうな観音。

 しかし肩からは震えが伝わってくる。

 ああ、やっぱりお前はねぎなんだな。こういう時こそ目を見て話せよ。

「嬉しかった。観音のいない横浜なんている意味がないから」

 ふっと肩から伝わる震えが止まり、観音の声が続く。

「そうだよな、私達は相方だしな」

「ああ、これから何があってもな」

(了)


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 面白かったです。関わった事のない業界の話で、ネットなどで何となく目にしたことがあるものが細かく綴られていて、スピード感を持って読め進めることが出来ました。途中辺りで彼女が誰である事かは想像が出来まし…
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