13/06/11 横浜喫煙室:乙女の夢をぶち壊す様な事を言うな
13/06/11 火 10: 30
喫煙室。観音が吉島さんの基調を終えたのでその報告を聞いている。
「一言で言えば何もない。日本国籍だし、借金もないし、近所の悪い評判もない。東北の田舎から出てきてアパートで独り暮らししている、極めて平凡な独身女性」
観音が調査報告をぱさりと机に投げて、ソファーに背を預ける。
俺はそれを手に取り、ぱらぱらと目を通す。
「ドラマや映画だと、ここで何かしらつけ込めるネタが出るんですけどね」
「現実はこんなもんだよ……逆に言えばマルタイと吉島は純愛ってことかもな」
車は年式の古い軽。ラブホの写真はピタTにジャージと色気もそっけもない格好だった。持ち物も、旭の話によれば数千円で売ってるトートだったとか。
確かにお金でつながってる様には見えないけど。
「純愛ねえ。ハゲジジイと筋肉美女の組合せとか妄想の題材にはよさそうですけど、マルコウには全然関係ないですね」
観音が体を起こした。
「そんなことはない。それはそれで捨てたものじゃないぞ」
意外な答えが返ってきた。
観音の顔つきからすると真面目に言っている様子。
「どういうことですか」
「金の関係なら、マルタイは平気で女を切り捨てて開き直るかもしれない」
「そうですね」
「でも心の関係なら、それを壊したくないはずだからブラフが効くかも」
なるほど。しかし男の立場としては疑問もある。
「でも心でつながっているからこそ開き直る可能性もありますよね?」
「どういうことだ?」
「叩き出されても吉島さんのところに転がり込むという選択肢があるでしょう」
観音が腕を組み、下を向いて唸る。
「ありうるなあ。マルセの男性って基本的に怠け者だし」
「でしょう?」
「でも民族性の問題を個人にあてはめるのもな。マルタイって君の話を聞く限りは勤勉家で努力家だろ。ダルマ妻に嫌悪感抱く人がそういう発想に至るかなあ?」
「マルセに限らず男は怠け者です。日本人男性で喫煙室警備に溺れた豚が断言します」
「乙女の夢をぶち壊す様な事を言うな。しかも無駄に説得力持たせやがって」
この自称七歳、遂に自分で乙女とまで言いやがったか。
そこはスルーするとしてだ。
「何のプラスアルファもないよりはましなんでしょうけど……」
だからといって、使い途のある条件とも思えないしなあ。
「じゃあ、どうする? もう、アクションを起こすだけの機は熟してるぞ」
「うーん……」
やっぱりだめだ。俺に写真を突きだして脅迫という手法は採れない。
第一に基調の結果からすると、やっぱり運否天賦な状況のまま。
まだ打てる手があるはず。せめて人事を尽くし、自分なりの手応えを掴んでから勝負に出たい。みんなが掴んでくれた写真という条件を軽々しく扱いたくはない。
第二に単純に嫌だ。
俺はマルセツを重ねる中でマルタイに情が移り始めている。糖尿病の事を教えてもらい、愚痴を聞き、フェチ話を交わし。現在では「弥生さんがダイエットに成功したら、祝い酒を振る舞いましょう」とまで言われている。
もちろん俺は仕事。警戒だって続けている。利用価値のある道具候補として見ている。それでもできれば、写真を突き出されて苦悩に歪むマルタイは見たくない。
観音からすれば、いや誰から見ても俺はスパイ失格だろう。
自分でも甘いのはわかっている。でも、何とかこのスタンスを維持したままマルコウを進められないものか。
──はたとひらめく。
ああ、これが美しいマルコウか。
上手くいくかわからないが、これでいってみよう。
観音を見るとじっと俺の目を覗き込んでいた。俺の答えを待っているのか。
ほとばしらんばかりの我が熱き想いを込め、ゆっくりはっきりと観音に告げる。
「観音さん、私の彼女になって下さい」
「いいぞ。二人心ゆくまで愛を語らおうじゃないか」




